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大陸英雄戦記  作者: 悪一
波乱の世紀
431/496

十日間の戦い ‐10日目 終結‐

Q.遅刻よ!

A.道が混んでた

 3月24日。

 ラクス元帥麾下のトルン攻略軍は辛うじて指揮命令系統を維持したまま撤退することに成功した。

 だがその損害は、大公派軍にとってあまりにも大きすぎた。


 戦いの前、7万を数えた軍勢は2万弱にまで減り、帰ってこない者の半数は天へと旅立ち、残りの半数は王女派軍の捕虜となっている。その中には名だたる貴族の子息も含まれており、大公派軍の被った損害は数よりも甚大である。

 またラクス元帥自身が殿軍となったために、彼も捕虜となった。


 後世「十日間の戦い」と呼ばれた、シレジア内戦における最も大規模な戦いは、大公派軍の戦略的・戦術的大敗で以って終結した。


 しかしその一方で、王女派軍も大きな損害を受けたことは間違いない。


 増援含めて5万の軍隊のうち2万が戦死ないし戦傷。特に最終攻勢時における損害が酷く、それ故に満足にラクス軍団を追撃できなかったことも戦略的には痛かった。


 だが、勝ったことには間違いはない。

 その点で言えば、まだ王女派軍には救いがある。


 ……敵も味方も、愛するシレジア臣民であるという救いようがない事実から目を背ければ、の話だが。




---




「……中佐、終わりましたか?」

「この戦いは終わりましたよ、フィーネさん」


 戦いの後、非戦闘要員であるフィーネさんがやっと安堵の表情を浮かべた。トルンの惨状は酷いものだし、民間人の死者も多く出ている中、彼女は情報支援を続けてくれていた。


「この勝利を無駄にしないためにも、フィーネさんに、ちょっとお願いしたいことがあるんです」

「わかっています。この戦いの勝利を多少誇張して諸外国に届けますよ」


 不敵な笑みを浮かべて、俺の意図を察してくれた。


 おそらく明日の帝国のタブロイド紙の一面はこうだ。


『カロル大公大敗北!? シレジア王女戦勝目前号!』


 ……これはダメなやつだった。


「でも、ひとつ条件があります」


 そう言って、フィーネさんはいつものように等価交換を望んできた。


「私の出来ることでしたら、なんでもします」

「ふふっ。今『なんでもする』と仰いましたね?」

「……」


 先ほどのよりもさらに不敵な笑みを浮かべたフィーネさんのお誘いは、断ることができなかった。まぁ、その、なんだ。戦勝に浮かれてしまったのだと自己弁護をしよう。


 ……サラさんに怒られて、サラさんにも同じことをしなければならなくなったのもこの際ご褒美である。体力のない俺に無茶をさせないでほしかったが。


 翌日、3月25日。


 捕虜代表と称して、大公派軍ジグムント・ラクス元帥がエミリア王女と面会した。

 普通であればローゼンシュトック大将あたりの仕事だが、エミリア王女たっての希望であり、護衛としてマヤさんが、助言役として俺もその面会に同席した。


 話し合われるのは、捕虜の処遇。


「――彼らの多くは、信念や大義ではなく、単に命令されて動いた者です。我々士官はともかく、兵達にはどうか寛大なる処置を」


 つまるところ、叛逆の罪で裁かれることを懸念しているのである。


 我々「士官」と言っているところから、貴族の士官らはどう扱っても良いらしい。ライゼルスキ少将も男爵家の次男であり、政治的にも重要な人間だ。

 今後エミリア王女が王国の覇権を握るのであれば、今回の階段は重要な物になる。


 ……でも。


「――頭を挙げてください、元帥閣下」


 エミリア殿下は、慈母のような笑みと声で彼に言った。


「私は兵も、士官も、敵として害するつもりは毛頭ありません。彼らは私の愛する王国臣民なのですから」

「……よろしいのですか?」


 敵であるはずの、元帥が驚いたような顔でそう疑問の声を出した。

 俺も同じことを殿下に言いたかったのだが、我らが愛する殿下がそう言うのだからたぶんいいのだろう。


 エミリア殿下はその場で降伏条件について述べる。その概要は予めローゼンシュトック大将と話し合ったものだが、細部は異なっていた。



 一、捕虜に対して士官と兵の名簿をそれぞれ2部作成する。1部はローゼンシュトック大将が指名した士官が保管し、1部はラクス元帥が指名した士官が保管する。


 二、この内戦が正式に終結し、各々の処遇が王国政府によって決められるまで、士官たちに対しては武器の接収は行わず、また王国政府並びに王女麾下の軍に忠誠を誓い、政府及び軍に弓引くことをしない限り、士官・兵は仮釈放される。


 三、現在王国政府が占領中の地域に住む兵や士官においては、帰郷が許される。それ以外の領域に住む者に対しては仮の住居が用意される。王国政府並びに当該地域の法に従う限り、正式な処遇が決定されるまで彼らには身体的自由が保障される。


 四、軍需物資や軍馬等の公的資産はこの場に留め置かれ、ローゼンシュトック大将が指名する士官に渡すこと。尚、これには私有財産には及ばず、また士官の帯剣も含まれない。


 五、以上のことを士官たちに署名させ、また士官たちは兵にそのことを認識させて各人に署名させる。署名は2部作成し、一と同様にそれぞれの士官が保管する。



「――以上です」


 エミリア殿下は、ハッキリとした発音でその降伏条件を述べた。


 寛大、その一言に尽きる。

 王国法を守る限り彼らは拘束されず、財産も没収されず、故郷に帰ることも赦される。


 そのことに関しては、無論反発も起きた。けどエミリア殿下は、頑として譲らなかった。曰く、


『もう、不幸な戦争は終わったのです』


 と。

 この戦いの終結が、戦争そのものの終結になると殿下は考えたのである。大公派軍は主力の殆どを失い、基幹要員もいなくなった。一度の大敗北は貴族の離反を招くだろう。


 戦争は事実上終わったのだ。


「……わかりました。その条件を呑みます」


 ラクス元帥は、エミリア殿下の降伏条件を呑んだ。



 会談が終わり、ラクス元帥とエミリア王女はトルン市庁舎から出る。ローゼンシュトック大将麾下の士官を数人連れて、彼はいずこかへと消えた。

 そしてそれを見守る群衆――大半は王女派軍の兵士だった――は、ラクス元帥に聞こえるように歓呼の声を挙げた。


「エミリア王女殿下、万歳!」

「勝利万歳!」

「王国万歳!」


 と。

 我々は勝ったのだ、そして貴様らは負けたのだ、とこれ見よがしに彼らは声を挙げた。


 ……見ていて、あまり気持ち良いものではない。

 マヤさんも顔を顰めて、彼らに何かを言おうとしたのか口を開いた。でも、何かを言う前にそれを遮る、凛々しい声が聞こえた。


「――おやめなさい!」


 言うまでもなく、エミリア殿下だった。

 その一言に、誰もが困惑した。けど続く言葉に、誰もが納得した。


「……既に彼らは、私たちと同じ臣民に、同胞に戻ったのです。その同胞たちの没落を喜ぶようなことは、私には出来ません」


 これ内戦だ。

 醜い王位継承争いのなれの果てだ。そして将兵らは、 一部の王侯貴族を別として、それに巻き込まれただけである。

 ここで歓呼の声をあげていたずらに敵愾心を煽ることは、終わりかけた内戦にかえって油を注ぐようなもの、という政治的な意図があったことは確かである。


 だがそれ以上に、エミリア殿下が感情的にその「歓呼の声」を嫌がったのは、その表情を見れば明瞭であった。




---




 会談終了後、ラクス元帥はそのまま捕虜たちの下へ訪れた。

 あれだけいた軍団は、今や彼らを残すのみ。逃げることが出来た軍団は、もはや軍の体裁を成していないのだから。


 そしてラクス元帥は、王国軍元帥としての最後の仕事をした。


 2万の軍勢の前に、彼は口を開いた。





 十日間に及んだ、諸君らの比類無き勇気と強靱な奮闘の末、我々は愛する王女殿下の軍隊に屈した。


 諸君らは多くの苦難を乗り越え、果敢に戦い続けた勇者である。

 しかしこの結果に至ったのは、諸君らの力量不足でもなく、また私が諸君らが勝つことを信じなかったからではない。


 ただ、諸君らの勇敢さと勤勉さによって成し遂げられる何ものも、戦いを続けることで予想される損失を埋め合わせできるものではないと、私は感じたからである。


 誰もが誇りに思う諸君らの奮闘ぶりを、諸君らの勇敢ぶりを、諸君らの勤勉さを、この惨めな内戦によって無駄にすることにはできないと、私は感じたからである。



 諸君らは、故郷へ帰ることができる。

 その勇敢さと勤勉さを誇りに思い、それを胸に仕舞い故郷の愛する者達の下へ帰ってほしい。


 我らの信じる神が、諸君らに祝福と、加護と、慈悲をもたらすことを祈る。




 諸君らの忠勤に対して私は心より称賛し、そして素晴らしい記憶と共に、私は諸君らに別れを告げよう。




「――さらばだ」



演説の元ネタ:ロバート・E・リー将軍

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