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大陸英雄戦記  作者: 悪一
波乱の世紀
429/496

十日間の戦い ‐8日目 大胆無敵‐

 3月22日。

 大公派軍トルン攻略軍最右翼、ライゼルスキ師団麾下モジェスキ旅団。


「正面、敵影確認! 2個騎兵連隊と確認!」

「情報通りか……。となると、これは陽動だな。一応元帥閣下に『敵襲』の連絡を出せ」

「ハッ!」


 トルン市街中心からだいぶ離れた地点に、モジェスキ旅団が護る橋がある。敵の渡河を阻止し、かつ川向うの敵の動向を探るのが彼の目的だが、先日ワイダ旅団が王女派軍の騎兵隊に敗れて以降は、陣地を構築して防御に専念していた。


 そして今回、ラクス元帥から来た情報はモジェスキ准将にとっては貴重で、且つ武勲を建てる絶好の機会であった。

 曰く「敵の作戦命令書を手に入れたが、これが真実なのか罠であるのかは貴官にかかっている」とのこと。


 敵の、つまり王女派軍の作戦命令書には、トルン正面戦線における攻勢が失敗した場合、東にある橋、つまり現在モジェスキ旅団が護る橋を利用して陽動を兼ねた迂回奇襲をする旨が書かれていた。


 もしこれが真実であれば敵は必ずここに陽動の為に来るだろう、と。そして陽動につられた大公派軍の隙をついて、正面戦線から敵は攻勢に出てくるはずだと。


「迎撃準備、魔術斉射用意!」

「了解! 第2歩兵連隊中級魔術斉射用意!」


 そして、作戦命令書は真実であったとモジェスキ准将は考えた。


 であれが彼がやることは難しくない。

 ただひたすら耐えるだけである。


 必要であれば増援を呼べばいいが、2個騎兵連隊の突撃など、周到に準備された防御陣地と増水したヴィストゥラ川を前にすれば突破は不可能と言っても良い。


 事実、モジェスキ旅団はよく耐えた。2個騎兵連隊の突撃をいなし続けている。


「やはり陽動だな、敵の突撃に積極性が感じられない」


 王女派軍騎兵連隊は、魔術の射程距離に入ろうかというところで牽制目的の魔術を放ち、反転し、また再突撃すると言うことを繰り返している。陣地攻略のための突撃というよりは時間稼ぎに見えるそれは、明らかに不自然であることはモジェスキ准将には理解できた。


 だからこそ彼は彼の旅団だけで対処しようとした。それは別になにか致命的なミスを冒したわけではなく、指揮官であればごく普通の判断だった。

 それに増援が必要なのは陽動部隊に対してではなく、敵の主攻部隊に対してである。こんなところで呼ぶ奴はいない。


 一方、旅団が敵騎兵連隊と交戦した、という情報は早馬の伝令ですぐにラクス元帥の下に届いた。


「閣下、敵が陽動作戦を開始しました」

「わかった。時期に正面の戦線から攻勢が始まるはずだ。防衛と反撃の準備をしろ」

「ハッ!」


 この時、ラクス元帥は勝利を半ば確信していた。

 敵の作戦を全て把握し、それを逆手にとって敵守備隊殲滅の機会を与えられたのだから。


「これで、この戦いも終わる……」


 そう、思われていた。




---




「サラ、言い訳を聞こうか」

「違うのユゼフ、まずは一戦して様子を窺おうかと思って……」

「…………」

「ごめんなさい……」


 やれやれ……。

 騎兵魂の塊であるサラに偵察させたのが間違いだったか。ここに来て無断突撃とは思わなんだ。


「まぁ、具体的に禁止命令を出したわけじゃないし、連隊長も追認してたから今回はお咎めなし。でも今度からは気を付けるように」

「ありがと……」


 そう言って、しゅんとするサラである。

 かわいいっちゃかわいいのだが、この調子で大事な一戦を任せてしまうのもダメだろう。個人的な感情を無視しても、近衛騎兵連隊には彼女が必要なのだ。


 個人的な感情ありにしたら? いなきゃ困る。


「で、それはそれとしてサラ。敵情はどうだった?」

「えっ……と、やっぱりユゼフの言う通り陣地は構築されてた。でも戦力は事前予想より少なかったわ」

「どれくらい?」

「概算で1個旅団。あと陣地の左……じゃなくて、南側はあまり軍旗が立っていなかったわね」


 ふむ。ということは敵は最右翼。1個師団が張り付いていると思ったのに1個旅団か。


「ありがとうサラ、大きな収穫だよ。それに無断突撃のおかげで、敵も『これは陽動だ』と油断したかもしれない。勝てるよ、これ」

「……当然よ! 私とユゼフがいるんだもの、負けるわけないじゃないの!」


 よし、元に戻ったな。彼女の士気についてはもう問題ないだろう。


「話は済んだかい、ユゼフくん?」

「大丈夫ですよ、マヤさん。色々とね」

「ふーん? で、勝つ方策はできたのかい? サラ殿の情報が正しければ――というか正しいのだろうが――かなり苦戦するのではないかな?」

「でしょうね」


 川沿いに防御陣地、渡河手段は狭い橋のみ。騎兵隊だろうが歩兵隊だろうが、突破は難しい。だけど敵はこちらの真の意図に気付いていない。


 つまりどういうことか? 簡単である。


「もったいぶらないでくれ。君のことだ、どうせ何か案があるんだろう?」

「そんな人を超人みたいに言わないでくださいよ」


 案はあるよ。単純な案がね。


「数に物を言わせてひたすら突撃します」

「…………?」

「なにハトが豆食ってポーみたいな顔してるんですか」

「いや、そんな諺聞いたことないのだが……って、その前になんだ。今なんと言ったんだ」

「物量に任せてゴリ押しします」

「…………」


 マヤさんが頭を抱えていた。


 何、簡単な話だ。

 敵は1個旅団約5000。対する俺ら王女派軍は5個師団約5万である。下手な小細工は無用、数に任せて押し切る!


 そのことをヨギヘス中将に知らせると、彼は高笑いをした。


「ここに来て頭の悪そうな作戦だな、中佐。まぁ嫌いじゃないがね」

「恐縮です」

「ハハッ。……と、だがこのまま物量で押すだけでは芸がない。少しは工夫しようか」


 そう言ってヨギヘス中将は髪を意味ありげにかきあげた後、タルノフスキ准将と相談して具体的な方法について模索し、俺の案はヨギヘス中将の修正を加えて了承された。


 12時50分。


 まず最初に、戦力差に物を言わせて上級魔術による攻撃を行う。突撃の為の準備攻撃だが、敵は相当に準備された陣地である。恐らく効果は限定的だ。


「突撃だ! 第4騎兵連隊前進! ただし無理をするなよ!」

「ハッ!」


 まず、1個騎兵連隊が渡河を試みて突進。


「閣下、反撃が激しく前進不可能! 第4騎兵連隊に甚大な損害が――」

「無理をせず後退させろ。代わって第15騎兵連隊、突撃!」


 入れ替わる形でさらに1個騎兵連隊を投入。


「ダメです! 弾かれました!」

「怯むな! 3個歩兵連隊を投入せよ!」


 さらに戦力を投入する。


 押しては退いて、押しては退いてを繰り返す。突撃部隊と後退部隊が交錯する時に上級魔術による支援攻撃を行い、敵に休み暇も行きつく暇も与えない。


「――ラトー少佐戦死! 第115歩兵大隊壊滅!」

「レシェティツキ准将の旅団に出撃準備を。医務兵も輜重兵も総動員だ!」


 そんなことを、4時間にも亘って繰り返したのである。

 波状攻撃、あるいは人海戦術。


「タルノ、損害は?」

「概算で死傷5000。もっと増えるだろうな」

「1個旅団相手に損耗率1割とは愚将と呼ばれても仕方ないだろうな。――だが」


 その後、ヨギヘス中将は何も言わなった。

 俺もタルノフスキ准将も、全員がわかっているのだ。


 騎兵連隊の、軍神サラの無断突撃から既に6時間以上が経過している。にも拘わらず、敵の増援がない。


 どういう事情があるのかは想像するしかないが、俺が用意した偽の作戦命令書と、偽の作戦命令書を本当だと信じきっているトルンに残る友軍1個師団が効果を発揮している、と見ていいだろうな。


 敵は、ラクス元帥は慎重な方だ。

 慎重だからこそ、トルンに残る部隊が主攻であると信じているのかもしれない。「南岸の奇襲は作戦命令書にある通り陽動だ。ここを動くわけにはいかない」と。


 でも、


「――そろそろ、敵も限界と思われます」


 俺の予想が当たっているかどうかなんて、些細な問題だ。


「そうだな。……予備戦力を投入する。ギールグッド准将の旅団に連絡、決着をつけるぞ!」

大公派軍が拾った「作戦命令書」

挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)


本当の「作戦」

挿絵(By みてみん)

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