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大陸英雄戦記  作者: 悪一
波乱の世紀
427/496

十日間の戦い ‐6日目 決断‐

 3月20日。


 遡上してくる敵艦隊を追い払いついでに巡防艦を強奪して、ヴィストゥラ川での戦いに勝利したのはいいものの、状況自体はこちら側が不利。


 長期戦となれば数の上では劣勢にある我らが王女殿下の軍隊。なんでこんなに数が少ない中で戦わなければならないんだ、いっそオストマルクに亡命した方が楽なんじゃないかと思わなくもないが、エミリア殿下を裏切ることになるので、今は頑張ろう。


 それに……殿下のおかげで少しは状況が変わりそうだし。


「……これはなんだ?」

「見ての通りです、ローゼンシュトック閣下」


 問題は、実質的な指揮官であるローゼンシュトック大将の許可を取らなかったことにある。

 それは領都オルシュティンを防衛していたはずの、ベルナツキ少将が指揮する部隊が、強行軍の末、明日トルンに到着すると言うことである。

 さらにトルン市内及び周辺で、退役軍人や志願兵などを召集した臨時部隊も結成された。


 それらは合せて1個師団。練度は低いが、防御陣地で亀のように立て籠もるくらいのことはできる。

 そしてその増員された王女派軍によって、俺はある作戦を立案して、現在ローゼンシュトック閣下に上申しているところである。


 殿下に「敵に引き摺られているユゼフさんは嫌い」だと言われたからか、少し大胆すぎる作戦にはなってしまったが。


「若いな。こんな大胆な作戦を考えて、さらにそれを実行しようとするなんて」

「お褒め戴きありがとうございます」


 だってエミリア殿下に嫌われたくないし。


「しかし――だからこそ、私は慎重にならなくてはならない」


 そう言って閣下は、執務机の上にポンと作戦計画書を投げ出す。手ごたえが全然ない。

 さすがにダメだろうか。エミリア殿下に言ってゴリ押しするという手がないわけではないのだけど、作戦実行となると全員の意思を確認しておかないと、いざと言う時に動きが悪くなる。


 説得しないとダメだ。


「閣下、これは勝つための方策です。亀のように殻に引き籠り、いつか自分たちに春が来ることを祈っているようなことを願うための作戦ではありません」

「……言うではないか」


 俺の言葉は、殆ど上官非難のようなものだ。

 お前のやってることは負けないための戦いで、敗北主義者で、勝利を掴み損ねてるすっとこどっこいだ! と言ってる様な、そんな感じ。


「しかしワレサ中佐。君の作成したこの作戦案はあまりにも大胆――いや、危険性を孕むものだ。その点は理解しているか?」

「無論、理解しています。ですが閣下、勝利というものはいつも危険を伴うもので、危険のない勝利などまずありえません」


 戦術というのは、基本的にはローリスクならローリターンであり、ハイリスクならハイリターンである。もし自軍が優勢であれば、ハイリスクな手を打たずとも着実な手で1個1個敵を潰していけばいつかは勝てる。


 ……だが現状において、その手を使っているのは大公派のラクス元帥だ。


「大公派軍ラクス元帥は、誰もが認める良将です。そのような相手に、真っ当な戦術が通るとも思えません」


 ローゼンシュトック大将が無能だとは思わない。むしろシレジア王国軍の他の将帥同様、有能で、そして信頼できる方だ。

 だがラクス元帥の能力はおそらくローゼンシュトック大将以上である。


 まず大軍を擁してトルンを攻撃して戦力の優勢を生かして戦う。野戦で勝利した後の都市強襲は、一度不利と見た後はすぐに撤退して長期戦に備えている。

 そして今も、ラクス元帥はトルンにいる。この状況になってから既に数日経つが、敵の士気が衰えた様子はない。


「彼の軍隊を撃滅するためには、危険を承知で大胆な行動に出るべきです」

「だがラクス元帥は慎重な方だ。このような子供騙しの手にかかるとは思えない」


 子供騙し、ね。

 まぁ奇襲とかそういうものは傍から見れば子供騙しだろうが。


「無論、バレないよう情報操作します」


 作戦開始にあたっての陽動は勿論、噂を流したり、脱出した市民を装ってスパイを敵に紛れ込ませ嘘情報をリークしたり、あるいはこちらの戦力を過大に見せるための工作もする。あまりやりたくはないが、トルン市民も動員して。


「大胆なのはいいが、しかし間違えれば敵にとって有利な策となるかもしれんぞ」

「わかっています。……ですがラクス元帥は『慎重』という評価を受けつつもある意味我々より大胆な方です。まさに、大胆不敵なのです」

「……というと?」


 簡単だ。

 ラクス元帥は数の暴力に任せるようなことをしていない。政治的な要請を受けてトルンに攻撃を仕掛けてきたせいもあるだろうが、ここ数日の行動を見るにラクス元帥は短期戦に持ち込みたいのだ。


 騎兵隊による迂回起動でこちらの補給線を断とうとする、艦隊を突入させて王女派軍の混乱を誘発させようとする。

 それらはサラみたいな軍神と幸運に恵まれて排除できたが、もし彼らがもう一度同じことをしたら……たぶん、防ぎ切れないだろう。


 慎重なはずのラクス元帥が指揮する大公派軍がそれをやったのだ。慎重だが、時に大胆。指揮官として、これ以上ないほどに優秀。


「我々も彼に見習って、大胆な行動に出るべきです」


 勿論、戦力劣勢下なのだ。失敗は許されない。失敗しないためにも、大胆な行動の中でも慎重さが求められる。


「さらに言えば――我々はこのまま立て籠もっていても絶対に勝てません。時間は敵の味方で、そして国際社会も敵の味方です」

「…………」


 ローゼンシュトック閣下の眉が少し上がった。


 元オストマルク帝国シレジア大使館駐在武官の俺が言うのだ。外交のことに関してはある意味ローゼンシュトック閣下よりは詳しい。


 大公派は親東大陸帝国派。

 現時点においては東大陸帝国は事態を静観しているが、しかしそれがいつ「介入」となるかわからない。


 それがなくとも大公派の方が国力や人口と言う面で王女派に勝っている。

 内戦が長引けば、それこそどこぞのアメリカ連合国のように「優秀な人材と兵の士気があったのに長期戦になって最終的に国力の差でボコボコにされた」と言うことになりかねない。


「内戦を短期的に終わらせる意味でも、この作戦に意味はあります。そしてラクス元帥は『慎重』であることを逆にこちらが利用すれば、成功確率は上がるでしょう」


 それに、どうせここで勝たなければ負けるのだ。

 なら作戦失敗して内戦に負けても大差はない。死刑宣告が1ヶ月後なのか1年後なのかというのはそれほど重要じゃないだろう。


「……やれやれ。君が実績のない若手士官であれば、どれほどよかったことか」


 俺の一連の説得を聞いたローゼンシュトック閣下は、そんな言葉と共に大きな溜め息を吐いた。

 曰く、素人の戯言と言って追い返す訳にもいかないくらい、作戦計画書には見るべき点が多いと言うことらしい。


「よろしい。今日の作戦会議でこれを提案しておく。当然、作成者である君も出るんだ。いいな?」

「ハッ」




 そしてこの日、両軍共に攻勢に出ることはなく、多少の小競り合いのみで6日目が終わった。

今更ですがこのラノ2016単行本部門でBEST40位中40位で最下位という喜んでいいのかわからない順位になりました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。

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