表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大陸英雄戦記  作者: 悪一
波乱の世紀
426/496

十日間の戦い ‐5日目 河川水上戦その2‐

「――前方1時の方向に敵艦らしき艦影見ゆ。数2、接近中」

「……いやあれは『艦』ではない。船だ」


 大公派海軍フロティ提督は、みすぼらしい姿の船を見てそう吐き捨てた。

 彼の言う通り、敵は軍艦ではなく貨物船であるのだから。


「あんな船がまともに戦えるわけない。進路このまま、全艦攻撃準備!」

「了解。総員戦闘配置、戦闘甲板準備急げ!」


 小型とは言え専門の戦闘艦。両舷28門の砲門を持つ巡防艦は川を遡上してひたすらトルン市街を目指す。そこに立ち塞がるのは粗末な船。


 しかし巡防艦にはある問題がある。

 この時代の戦闘艦は、左右両舷に対しては恐ろしいほどに攻撃力が高いものの、前後に対しては恐ろしく無防備で攻撃力が皆無なのである。


 互いが互いに鼻先を見せ合って接近しているこの状況では、巡防艦の砲門を有効に活用できない。


「艦長。交戦距離に近づいたら艦を90度回頭できるかね?」

「……できなくはない、としか答えられません。なにせ我々は流れに逆らっていますので」


 提督の言葉に、艦長は正直に答えた。

 曰く、ヴィストゥラ川の流れの速さは艦の前進を止める程ではないにせよ、回頭し戦闘して、再回頭して再びトルンに迎えるかどうかは、風と運次第であると言う。


 もし再回頭ができなければ、最悪川に流されて「敵地を目前にして何ら戦果を挙げることなく川の流れを利用して母港に帰っただけの提督」という不名誉極まる評価を大公によって下賜されるだろう。


 しかしここで回頭せずに前進することもまた危険である。

 川幅は「川にしては広い」という程度であるからして、広い海と比べれば当たり前だが狭い。その状況下では回避行動はままならず、また至近距離戦となることは味方に多大なる被害を及ぼす可能性がある。質・量共に上回っているのに、これでは勿体ない。


 どちらにも相応のリスクがあり、故にフロティ提督は悩んだ。

 しかしどちらにせよ、大公派海軍の数的・質的優勢は揺るぎようもなく負ける要素もない。いかにして勝つかが問題だった。


「全艦に伝達。このまま直進、敵船団に対して反航戦を仕掛けそのままトルン市街に突入する!」


 フロティは、待ち伏せを選ばなかった。

 なぜならフロティの任務はトルン市街に突入して大公派陸軍を援護することである。みすぼらしい敵船を滅多打ちにすることではない。


「どちらから攻撃を開始致しますか?」

「……そうだな。川の形から見るに、敵との予想接触地点においては北岸側の方が流れがゆるやかだろう。そこを進むことにしよう」

「ハッ。進路そのまま、右反航戦用意。右舷砲門開け!」


 その命令から20分。

 大公派海軍5隻の戦闘艦は、綺麗な単縦陣でもっていよいよトルン市街外縁に到着しようとしていた。

 川の流れに任せて直進してくる王女派水軍は大公派海軍戦闘艦の12時方向にいる。既に目と鼻の先で、敵の顔も認識できるほどまでの距離に迫っている。それは海の男であればだれもが最も鼓動が早くなる瞬間である。


 だが、なにかがおかしかった。


「……12時方向?」


 12時方向、真正面である。

 自分たちは彼ら王女派水軍とすれ違う形で戦闘しようとしているのに、真正面にいるのはおかしい。斜め前、せいぜい1時半の方向にいなければ、最悪――。


「クソッ、あのバカ来やがった!」


 そこで、フロティは敵の、王女派の真意に気付いた。


「閣下、どういう――」

「敵は我が艦隊に突っ込む気だ。文字通りの意味でな!」


 艦隊の質・量共に大公派が有利な中、王女派が貨物船を徴用して真面目に艦隊戦をするはずがないことを、フロティは想像だにしていなかった。


「艦長、回避だ!」

「は、はい! 回避行動、面舵40!」


 巡防艦「マルボルク」は艦長の命を受けた航海長の手によって大きく右に舵を取る。艦体はヴィストゥラ川の流れを受けながら左に傾きバランスを崩しかける。艦内の固定されていない物が、傾斜によって滑り落ちる。


 しかし危機は去らない。その行動を待ってましたと言わんばかりに、王女派水軍の先頭にいる貨物船が左に舵を切った。

 川の流れに乗っている貨物船の舵は、大公派海軍巡防艦のそれよりも利きが悪いはずである。しかし巡防艦と比べて小型の貨物船は小回りが利く。

 そのために、貨物船の予想進路と巡防艦の予想進路は重なりあう。


「奴らめ、正気か! 命令変更、左舷魔術砲戦用意! 突っ込んでくるあの船を迎撃するぞ!」

「ハッ! 全艦左舷魔術砲戦用意、準備出来次第各個に射撃開始!」


 艦長は焦りからか、斉射ではなく咄嗟射撃を命じた。

 この状況では仕方ないが、それは統制がとれないまばらな射撃でもあり、命中弾は多くは期待できない。


「避けろ避けろ避けろ!」


 距離が縮まるにつれて命中弾が増える。

 だが船は止まらない。砲門も装飾も装甲もないただの貨物船は、ただひたすらに突っ込んできた。


「白兵戦準備!」


 艦長が叫び、海兵は我に返って白兵戦に備える。

 もしここで旗艦に強行接舷されてあまつさえ占拠されてしまえば、艦隊は統制を失いかねない。


 衝突まで数十秒という距離にまで迫った時、巡防艦「マルボルク」の航海長は操舵輪を一杯に左へ回した。


「――間に合ってくれ!」


 航海長は叫ぶ。船の舵は得てして応答速度は遅いからだ。

 そして彼の祈りが通じたのか、航海長の咄嗟の判断によってマルボルクは一転して取舵を切り始め、衝突コースにいたはずの巡防艦は艦尾を擦っただけで済んだ。


「……ふぅ」

「助かったか……」


 その瞬間、マルボルクに乗っていた誰もが冷や汗を流すとともに安堵したに違いない。敵船の船員の顔どころかその瞳の色が認識できるくらいまで接近したのだから、当然の反応である。


 どんな人間がそんな勇敢な行動を取るのだろうか。海の男としては、敵ながらそんなことをやってのけた者の顔がどうしても知りたい。艦の縁から身を乗り出して、貨物船を見たフロティ少将は――


「なッ――!?」


 驚愕した。

 当然だ。誰も乗っていないのだから。

 いや正確に言えば必要最低限の人間はいる。帆を調整して舵輪を操作する航海要員がいるだけで、他は戦闘要員も白兵戦を行う海兵もいなかった。


 フロティの驚愕の意味はそれだけではなかった。

 貨物船の後ろにいた、もう一隻の貨物船の存在に、たった今気付いたのだから。


 異常接近する先頭艦に気を取られて、後続艦の存在を察知しえなかったのである。


「しまっ――」


 彼がその意味を察知した時には、もうすべてが遅かった。


「――総員、衝撃に備えろ!」


 巡防艦「マルボルク」の左舷に、王女派水軍臨時戦闘艦「ティアナ」が強行接舷したのである。

 マルボルクの左舷は大きく削れ、破片が砲門から船内に飛び込んで多くの乗員が負傷する。それと共に、威勢のいい女性の声と共に、雪崩のように王女派の戦闘員が乗り込んできた。


「白兵戦よ! この船を乗っ取るわ!」


 真紅の髪を持つ女性、サラ・マリノフスカが敵艦に強行接舷して白兵戦を行うのは、今年で2回目となる。しかし1回目と違う点は――、


「雑魚に構うな! 司令官と艦長、士官を全員捕らえればそれでいい!」


 マヤ・クラクフスカという狂戦士が隣に立っているということである。




---




「副司令官、マルボルクが接舷されました! 白兵戦が始まっています!」

「救援に向かいますか!?」


 旗艦が強行接舷されるまでの一部始終を、大公派海軍艦隊の2番艦以降は全て見ていた。全て見ていたが、何もできなかった。

 阻止しようにも、川幅が狭すぎ水流は速すぎたために、迎撃のための回頭が間に合わなかったからである。そしてマルボルク目がけて突進する貨物船がいることを伝えることはできない。


 旗艦マルボルクが接舷された時点で、艦隊の指揮権は小型巡防艦「グディニャ」に座乗していた副司令官マセア准将に委ねられた。


「――まずは接舷に失敗した敵貨物船を叩く。何をしでかすかわからんからな」

「了解、右舷魔術砲戦開始。目標、敵1番艦!」


 グディニャ以下、4隻の艦隊は一斉に攻撃を開始。それを受け止められる貨物船などあるはずもなく、とある補給士官の娘の名を付けられた臨時戦闘艦「ナタリア」は一瞬で火に包まれて戦闘不能となる。


「問題は『マルボルク』だが……我々の目的はトルンの攻撃だ」

「で、では見捨てるおつもりですか!?」

「いや、それも問題だろう。……3番艦『ヴァルサー』に伝達。『ヴァルサー』は『マルボルク』の援護に回れ。他の艦はこのまま直進、トルンを攻撃する」

「了解!」


 副司令官の命令により、艦隊は二分される。

 旗艦「マルボルク」と小型巡防艦「ヴァルサー」は河川をそのまま直進してトルン突入を試みる。


 旗艦を失ったところで指揮命令系統が継承されるだけで意味はないのだと、マセア准将は勝ちの見えたこの戦いに笑みを浮かべる。


 だがその彼の前には、とある腹黒士官が用意した二重三重の罠が待っていた。


 ――と言うより、二重三重の罠が突っ込んできた。


「なんなんだ、あれは!」


 マセア准将の視線の先にあったもの。それはヴィストゥラ川に係留されて宿舎として使われた自走できないはずの宿泊船が、川の流れを利用してゆっくりと確実にこちらに迫ってくる様子である。


 しかも5隻以上が横隊を組んで、なぜか真っ赤に燃え盛りながら自らの船目がけて突っ込んでくるのである。恐怖以外の何物でもない。


 頑丈なロープで固定され繋がれた無人の宿泊船は一蓮托生となって、自らの船体と積載した多くの可燃物を燃やしながら特攻する。


 それを前に、さしものマセア准将は狼狽えた。


「か、回頭せよ! 魔術砲戦用意、弾種『海神貫徹弾エギール』!」


 彼は突撃する火の船を撃沈してなんとか道を作ろうとした。

 だが炎の塊が突撃してくる中で冷静な対応が出来るかと言えばそうでなく、またマセア准将の混乱ぶりが麾下の艦隊に伝染したのか、その陣形は大きく乱れた。


 また遡上中の艦が回頭することは、マルボルク艦長が予期した通りのことを引き起こす。川の流れに逆らえきれず、そのまま流されてしまうということ。

 錨を下ろしてなんとか踏みとどまろうとしても、そこに火の船が衝突してしまえば意味がない。


 マセア准将の座乗する小型巡防艦『グディニャ』はなんとか接近する宿泊船を撃沈して難を逃れたものの、幸運な艦ばかりではない。

 トルンに突入しようとした3隻の内1隻が回避し切れず宿泊船と激突し、その時の衝撃で下流に流されてしまった。


 このような混乱の中では、最早トルン突入は不可能である。態勢を立て直し、再度突撃の機会を図るのが最善と思われた。


「……ここで撤退すれば、我々の損失は最小限に出来る。敵も余力はないはずだ。……一度スタリトルンのラインまで戻るぞ!」


 マセア准将は味方の被害の拡大を防ぐために撤退を開始。

 損傷した1隻を援護しつつ、宿泊船排除しつつそれを追い越し、強行接舷された旗艦「マルボルク」とその援護に向かった「ヴァルサー」と合流しようとした。


「――前方に『マルボルク』を確認。左舷側が酷く損傷しています」

「……接舷されたのだ。仕方あるまい。しかし一度戻れば再度出撃可能だろう。問題ない」


 そのはずだった。


「……? なぁ、おかしくないか?」

「何がだ?」


 誰かが異変に気付いた。

 旗艦「マルボルク」はともかくとして、もう1隻の味方の姿、「ヴァルサー」の艦影が見えなかったからである。


 その答えは、単純明快。


「ま、マルボルクが攻撃を!」

「何!? どういうことだ、我々は味方だぞ! 信号を送れ!」

「了解! ――ダメです、第二斉射弾の魔術発動光が!」

「まさか――」


 そのまさかであった。

 既に旗艦「マルボルク」は、味方ではなくなったのである。


「この船は今日から『ティアナ・ナタリア』って名前になったわ! 貨物船の仇を討つわよ!」

「あー、サラ。名前はともかくあまり無茶しないでくれ。1対3でしかも損傷してるんだから」

「その時はあの船を強奪すればいいんじゃないかな?」

「マヤさんも何言ってるんですか……」




 3月19日18時40分。

 大公派海軍は、元旗艦「マルボルク」を前に戦意を完全に喪失。小型巡防艦「ヴァルサー」も失うという大損害であったが、残存する3隻は損傷を受けたもののマセア准将の指揮の下脱出に成功。


 一方王女派水軍は、臨時戦闘艦(貨物船)の「ティアナ」と「ナタリア」、そして宿泊船6隻を失ったものの、大公派海軍の巡防艦「マルボルク」を鹵獲した。マルボルクは沈没した臨時戦闘艦の名を受け継ぎ「ティアナ・ナタリア」と命名され、王女に忠誠を誓った船員諸共、王女軍の新たな戦力となってトルンに寄港した。


サラ・マリノフスカ。1年で2回も敵艦を強奪した美少女。


魔王かな?

なお身も心もとある男のものらしい。羨まけしからん。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ