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大陸英雄戦記  作者: 悪一
波乱の世紀
425/496

十日間の戦い ‐5日目 河川水上戦その1‐

 3月19日の午後。

 その時トルンが強い西風に襲われたのは疑いようもなく天の気紛れである。


「西からとはついている。これで一昨日の敗北はむしろ勝利の為の伏線に出来るわけだ」


 その天の気紛れを確実に自軍の勝利のために最大限利用するのは、指揮官の度量である。

 ラクス元帥にとって幸運であり、王女派軍司令官にとっては不運な出来事。


「右翼リンドナー師団は直ちにトルンに対して攻撃を開始。敵防衛陣地の火点を潰しつつ敵の注意を東に向けさせろ。左翼部隊も前進、ただし無理はするな!」


 こうして「十日間の戦い」の第五幕が上がる。




---




 1日挟んで、再び大公派軍は攻勢をかけてきた。


「ローゼンシュトック閣下、左翼側に攻撃が集中して崩壊寸前です」

「わかっている。しかし陣地放棄は許されんぞ。ネーミア旅団は当地を死守。予備戦力を左翼に投入して戦線の穴を埋める。指揮は私が取ろう」

「ハッ」


 ローゼンシュトック大将以下王女派軍トルン守備隊は4万を切っている。この戦力では左右両翼を守りきることはできない。だから内線を上手く利用して、一方面における攻勢を弾き返した後にもう一方の戦線を押し返すことが肝要。

 つまり何が言いたいかと言うと、ローゼンシュトック軍団が左翼側の攻勢をなんとかするまで、右翼に配置された我らヨギヘス師団はたった1個師団で敵の攻勢を防ぎ切らなければならない。


「無理無理無理無理!」

「何言ってんのよ、ユゼフらしくないわね!」


 いや喜々として敵に立ち向かってるサラの方がおかしいんだってば!

 無理だって! 左翼側は陣地未完成なんだよ!? その上また攻勢を仕掛けられたら今度は持たないって!


「安心してユゼフ!」


 しかし我らが勝利の女神はこの絶望的な戦況にあっても微笑みと共に、


「死ぬときは一緒よ!」


 などと割と洒落にならないことを言うのである。


 さて、状況はご覧の通りである。

 敵右翼の攻撃は苛烈で、敵の主攻が東側なのはわかる。それは先日の戦いで、西側の防御陣の穴は敵の罠ではないか、という心理を大公派軍左翼に植え付けることが出来た……だと思いたいが。


「どうにも敵の攻撃が散漫だな。やる気が感じられない」


 と言ったのは、もう一人の戦女神ことマヤさん。


「私も同じ意見ね」


 そしてサラもマヤさんに同意する。

 二人の戦女神がそうだと言うのだから、俺の嫌な予感と言うのは恐らくあたっているのだろう。


 傍から見ればごく普通の攻城戦なのだが、敵に積極性が感じられない。勿論こっちは必死に防衛戦の指揮を執っているわけだが、敵の積極性のなさに救われて戦線を維持できている。


 だからこそ、不穏な何かを感じる訳だ。


「陽動かな?」


 陽動のための疑似的な攻勢ということであれば、なるほど大公派軍の積極性の無さはわかる。主たる作戦が決行されて趨勢が決まった段階で本気を出すつもりなのだろう。

 俺の呟きに真っ先に反応したのはマヤさんだった。でもそれは警戒感からではなく、どちらかと言えば安心感から来る呟き。


「だとすれば、敵の陽動は失敗だな。敵主力が東側とわかっている以上、予備戦力は東に行くのだから」


 敵は王女派軍予備戦力が西に行く事を期待して西から疑似的な攻勢を仕掛けてきた。しかしなんらかの理由でタイミングがずれて、東側とほぼ同時の攻勢となって陽動に意味はなくなったのではないか、というのがマヤさんの推理。

 

 しかし、当たってる気がしない。


「敵の指揮官は慎重なことで有名らしいですよ。そんな慎重な指揮官が、こんな些細なミスを犯すでしょうか」


 もしマヤさんの推理通りの戦術をラクス元帥が練ったとしたら、時間を明確にして文書に残し各部隊の指揮官にその旨の通知が確実になった段階で始めただろう。そうでなければ、陽動は無駄撃ちになる。


「しかし市街南側陣地での戦火は全ての方面で始まっている。一昨日、敵が謀った迂回機動戦は我々の勝利で、その後の偵察部隊からの報告はない。心配ないのでは?」

「…………でも」

「敵の失策というのは、戦場ではあり得るだろう?」


 確かにあり得る。

 でも戦力劣勢の中、敵の失策に期待して判断を誤るのはまずいことだ。

 しかしだからと言って敵の本意がどこにあるのかは全くの不明だった。……その時までは。


「おい、ユゼフ! 敵だ!」


 叫ぶ声は、久々に聴いた友の声。というかいたのか、ラデックよ。


「知ってるよラデック。ていうか最前線にいる俺らの方が知って――」

「なに寝ぼけたこと言ってるんだ! そういうこと言ってるんじゃねぇよ!」


 ひどく慌てる彼の顔はあまり見るものではない。兵站に致命的なミスを犯したとしても「やっべー」くらいで済ませてすぐに修正する男なのだ、彼は。

 そんなラデックが慌てるようなことと言えば、結論はひとつ。


「ヴィストゥラ川下流側から遡上してくる船に輸送隊が襲われた! 大公派軍の攻撃だ!」


 自らの領域である、兵站になんらかの物理的なダメージが入った時だけだ。


「――クソッ、そういうことか!」


 敵の目的は、予想通り陽動だった。

 ただし方角は、まるっきり逆。




---




「左舷側、攻撃止め!」


 シレジア王国「海軍」フロティ少将の指揮する艦隊は、雪解けで増水するヴィストゥラ川を、西からの強い風と広い河川に吹く特有の江風を全力で利用しながら、亀のような速度で遡上する。

 その途上、彼らは王女派軍輸送隊を攻撃して壊滅させた。


「こちらの被害は?」

「ありません。敵輸送隊は壊滅的ダメージを受け散り散りになりました」

「大変結構。このまま川を遡上するぞ!」


 フロティ少将指揮する艦隊は、巡防艦フリゲート「マルボルク」以下戦闘艦5隻。彼らはラクス元帥の要請を受けて、シレジア王国海軍の軍港があるグダンスクから遡上してここまで来た。

 旗艦「マルボルク」以外の戦闘艦は小型で、海軍強国たるアルビオン連合王国などが見たら腹を抱えて笑うレベルの規模の艦隊である。


 しかしだからと言って、軽視できる存在であるわけではない。

 巡防艦と言えども防御力は高く、海戦に最適化されたとはいえ高い攻撃能力を持つ海戦用上級魔術は陸戦兵力から見れば脅威そのもの。


 左右両舷から放たれる魔術攻撃をまともに受ければ、まともな対抗手段を持たない輸送隊などはまさに赤子同等存在にまで落ちる。


「スタリトルンを通過、11時方向にトルン市街を確認!」


 マストの上に立つ水兵が叫ぶ。

 スタリトルンは、ヴィストゥラ川河畔に存在する村の名前である。シレジア内戦が起きる前、このスタリトルン村は河川を往来する多くの船舶にとってよき目標となった。


「スタリトルンからトルン中心市街まではだいたい10キロだったな。航海長、現在の速度は?」

「現在速度4ノット。風向風速はほぼ変わらず」


 つまりトルン到着まで1時間強。

 風によって前後するものの、彼らは確実にトルンまで近づく。


「麾下全艦、戦闘準備」


 王女派軍に残された時間は、とても少なかった。




---




「ラデック、使える船はあるか!?」

「戦闘艦なんてあればとっくに知らせてるよ!」


 王国海軍の数少ない戦闘艦が遡上してくる、というのは想定外もいいところだ。海岸に近いところならまだしも、こんなところにまで、しかも増水してる時期に来るとはね!

 けど来てしまったものは仕方ない。今はとにかく迎撃の準備だ。


 ヨギヘス師団は敵左翼からの攻勢を受けており動けない。

 しかも船がやってきたことを知った時点で敵が本気を出したらしく、抽出できたのは一個大隊だけ。


 ローゼンシュトック閣下の軍団も左翼救援の為に動けない。これだけでうまくやるしかない。


「戦闘艦じゃなければあるってことだな?」

「……一応な。中型貨物船2隻と宿泊船が数隻あるな」

「自走は?」

「貨物船はできるが、宿泊船は無理だ。やるなら曳航するしかねぇぞ」

「上出来! 徴発して戦闘に参加させる。船の乗組員にも応援を頼んでくれ!」

「じゃあ沈めるなよ! 補償金払うんだから!」

「保障はできん!」

「おい」


 できるわけないだろ、戦争中なんだから。


 操船は船の乗組員から志願させ、戦闘員はヨギヘス師団から必要数を引き抜いて対処。貨物船は急場凌ぎの魔改造を行ってなんとか最低限の戦闘に耐えるようにした。

 こうして2つの貨物船は、王女派水軍臨時戦闘艦となった。味気ない船名がついてたから、それぞれを適当に「ティアナ」「ナタリア」と名付けた。


 名前の元ネタは――


「って、それ俺の娘の名前じゃねーか! 沈めるなよ、絶対沈めるなよ!?」


 ラデックとリゼルさんの間に生まれた愛の結晶である。今彼女たちは戦闘地域にいないけど、元気かな。結構可愛かったし、あれ将来絶対美少女になるよ。

 まぁそれはさておき。


「沈んだとしても戦果上がってからにするから安心しろ」

「その前に沈むな!」


 いやいや大丈夫。きっとこの戦闘艦に似て勝気な子になるでしょう。

 結局、一度決めた艦名をとある兵站士官の反論ひとつで覆るはずはなく、臨時戦闘艦の名前は「ティアナ」と「ナタリア」となった。


「そんなことよりもラデック、自走できない宿泊船は川幅いっぱいに数珠つなぎで係留してくれ。敵艦を防ぐバリケードにする」

「ついでに可燃物でも乗せておくか?」

「いいねそれ。船はフーメルマン橋に並べておいて、可燃物満載にしといてくれ。いざとなったらそいつらを下流に流す」

「あいよ」


 工兵隊や地元住民の協力を得て突貫工事。しかしその間にも敵は着実に近づいてくる。


「ラデック、敵艦が見えた!」

「まだ間に合わない。なんとかしてこい!」


 そんな無茶な……とは思わない。

 敵が来ることには変わらないのだから、何とかするしかない。


「サラ、マヤさん! 手伝ってください! 敵海軍を迎え撃ちます!」

「任せなさい!」

「了解!」


 そして、戦端が開かれた。

1話に纏める予定が思ったより長くなったので分割しました



・略図

挿絵(By みてみん)


河川を遡上する大公派軍艦隊に対して、王女派は急遽水軍を編成しましたが準備不足も良い所です。

しかし大公派軍が防御を突破してしまえば、トルンは南北に分断されて王女派軍は孤立します。シレジア王国の海軍力が低いせいで、大公派軍が敵前上陸出来るだけの船は用意できなかったことがせめてもの救いでしょう。

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