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大陸英雄戦記  作者: 悪一
波乱の世紀
423/496

十日間の戦い ‐3日目 遭遇戦‐

 3月17日。

 大公派軍の攻勢は失敗し、我ら王女派軍は敵に対して多少の出血を強いることに成功した。


 そのためか、この日の朝は平和だった。戦線正面は陣地を挟んでの睨み合いで、戦火は交えていない。つまるところ膠着状態、敵が攻めあぐねている状態だ。


「中佐の見立てでは、勝率はいかほどですか?」


 一旦司令部に下がってこれからのことについてウンウン唸っていた時、フィーネさんが傍に寄ってきた。


「……良くて30%」


 ので、正直に答えた。


「……低すぎませんか?」

「これでも高い方なんですよ」


 そう答えたら、彼女は意外そうな顔をする。目をパチクリさせて固まる姿はちょっとかわいい。しかし残念ながら、そんな顔をされたところで勝率が上がるわけでもないけれど。


「参りましたね。中佐とはここでお別れですか。寂しくなりますね」

「時々不安になるんですけど、フィーネさんって私のこと好きなんですよね?」

「えぇ。大好きです。愛していますよ中佐」


 お、おう。真正面から改めてそう言われるとなんか恥ずかしいな。


「中佐が負けてしまった時用に、オストマルク軍のふりができるように軍服を用意しておきましたので安心して負けてください」

「わー、準備いいなー」


 フィーネさんの優しさに涙が出そうになる。

 しかも冗談ではなく本当に用意されていた。しかもサイズがそれぞれ違う男性士官服が2着、女性士官服が3着。つまり俺・ラデック・サラさん・エミリア殿下・マヤさん用ということだろうか。


 本当に優しくて涙が出る。

 でも、使わないに越したことはない。なんとか頑張ってオストマルク軍への移籍コースから外れないといけないが……。


「我ら王女派軍の戦力は約4万弱。対して敵は7万弱。2日戦って戦果は恐らく双方ともほぼ同数。絶対的な不利は変わらず、どうしようかと頭を悩ませてるところでして」

「しかし中佐は、ラスキノで戦力差5倍を跳ね返した……と、お父様が言っていましたよ?」

「あの時とは状況がだいぶ違うんですよ」


 ラスキノとトルンの戦況の一番の違いは、味方がいるかいないかだ。


 都市防衛戦における防衛側の勝利条件は概ね2つ。長期戦によって敵に兵站の負荷を強いて士気を低下させ撤退に追い込むか、都市攻撃中の敵の背後から味方の増援が襲い掛かるかである。


 まず前者はとんでもなく時間がかかる。完全に包囲下にあって補給が途絶えた辺境都市ラスキノでも1ヶ月は耐えきれたし、帝国軍も1ヶ月の間兵站に問題は起きなかった。

 年単位で都市攻防戦をした例もあるし、そうでなくても半年くらいは余裕で持つ。


 それができない短気な将軍がいれば短期決戦を挑んで無駄に兵力を削って兵士の心を叩き割るのだろうが、今回の敵は良将と誉れ高いラクス元帥だという。敵の無能さに期待するのは諦めた方が良い。


 では後者、包囲中の敵のさらに外側から……というのはどうだろうか。

 これも無理だ。全然無理。なにせ王女派軍の戦力は全体で5から6万しかない。それだけ集めてもトルンを攻撃中の大公派軍より数の上では劣勢なのだ。


「しかもラスキノの時、俺らを助けてくれたシレジア王国軍の将軍はラクス元帥なんですよね……」

「既に敵も想像してるだろう、ということですか」

「それよりももっと厄介な事があります」

「……なんです?」


 なに、単純な話だ。

 こちらが敵の背後を突くかもしれないと考えるのなら、いっそ自分でやってしまおうと言うことである。


 そしてそのために、今「彼女」は部隊を率いてもらっている。いや別に彼女が「全然出番がない!」と騒いでいたからではないよ? 大丈夫。ローゼンシュトック閣下の許可は取ってあるから。


「……余計不安になってきましたが、大丈夫ですか?」

「大丈夫でしょう」


 たぶん。




---




 彼女こと、サラ・マリノフスカ中佐。近衛師団第3騎兵連隊副連隊長。

 若さに似合わぬ肩書と能力を持つ彼女だからこそ、この任務はうってつけであった。その任務とは、


「……結局『偵察』じゃないの!」


 騎兵隊の機動力を生かした、敵後方偵察である。


「私はこう、敵陣に突入して敵将の首を刈り取る出番が欲しかったのに……」


 冬の間は訓練の連続、いざ戦いが始まっても出番がなく、やっと第3騎兵連隊に出撃命令が出たと思えば偵察任務とあれば……地団太を踏むしかない。

 しかしそこで命令に反して敵陣強襲などを試みる彼女でもない。なにせこの偵察任務を与えたのは他ならぬユゼフ・ワレサである。彼の信頼を裏切るわけにはいかないし、それをする度胸は彼女にはない。


「……嫌われたくないもの。ちゃんとやるわ」


 という、単純な理由で。


 騎兵隊は軍隊の目であり耳であり、口でもあり手でも足でもある。敵情を把握し伝令を伝え、敵の輸送隊を襲い物資を略奪したり敵陣に突入して戦果を拡張する。

 便利であり、故に使いどころを誤ると戦に負ける。


 それはサラも知っている。

 というより、かつて士官学校でユゼフが教えてくれたことである。サラにとってあの居残り授業は、教科書よりも偉大なものなのだ。


 第3騎兵連隊はトルン北部から時計回りに機動して偵察行動を開始。連隊を3つの大隊に分けて行動し、サラ・マリノフスカ率いる大隊は最もヴィストゥラ川に最も遠い位置で馬を走らせていた。


「これじゃあ敵と遭遇しそうにありませんね、隊長」


 彼女の部下、ルネ・コヴァルスキ曹長は嘆息しつつも安心したかのような声で言う。それは「敵に出会わず生きて帰れる喜び」と「敵に出会えなかった上司の面倒を見る不安」が混ざりあった結果である。

 だが、コヴァルスキ曹長の期待に反して、サラは上機嫌だった。


「そんなことはないわよ?」

「……なんで?」


 そう言いつつ、彼はもう半分わかりかけている。何せ彼もなんだかんだ言ってサラと付き合いが長い。最前線で最も信頼できる上司であるサラ・マリノフスカは、人並み外れた「勘」を持っている。


 つまりこの時点でサラは敵の接近を予感していたし、コヴァルスキも察せざるを得なかった。


「ルービック少尉。『敵影視認』の報告を連隊長に伝えといて。1個小隊預けるわ」

「了解しました。直ちに」


 その会話を聞いていたコヴァルスキは益々頭を抱えた。

「敵影視認」なんて、どう頑張っても自分の目で見えない位置にいる「敵影」をこの上司は見ることができるらしい。しかもそれが性質の悪い真実なのだから余計に厄介である。


 そして彼は思うのである。


 あぁ、こんな常識度外視の鬼神を相手にしなければならない大公派軍が可哀そうだ――と。


「コヴァ、何ボサッとしてんの。戦闘準備!」

「……了解!」


 だが彼も生粋の近衛騎兵であり、長い間鬼神の下で戦ってきた身である。

 戦いの前に気分を高揚させるサラ・マリノフスカ同様、ルネ・コヴァルスキも士気を高めていた。




---




「なぜこんなところに、彼らがいるんだ!」


 大公派軍所属、ワイダ准将はそう叫ぶしかない。

 彼はラクス元帥の命令に従って、敵の後背を襲い王女派軍の補給線を脅かすために迂回していた。


 戦力劣勢の中、王女派軍は戦線正面に戦力の殆どを置いておかなかなければ突破される。そう考えての少数戦力による迂回奇襲戦だったのだが……ラクス元帥の読みとワイダ准将の期待は大きく外れた。


 悲劇の始まりは1時間前。

 橋を渡り反時計回りに迂回起動をしていたワイダ旅団が、敵の騎兵隊を発見する。斥候との遭遇というのは、よくあることであるし、ワイダ准将もそれは予期していた。


「ダウナー騎兵中隊に連絡、敵の斥候を排除せよ」


 奇襲は隠密行動が重点。ワイダ旅団の迂回が早い段階でばれてしまえば、敵に対策する時間を与えてしまう。だから斥候を排除すべきである。


 なのに、その騎兵中隊がいっこうに帰ってこない。

 斥候如きに苦戦するほど大公派軍の騎兵隊は弱くはないのに、なぜか帰ってこなかった。


 まさか、という疑念がよぎる。

 まさか斥候を追走した先に敵の主力がいるのではないかという不安がよぎる。


「リンデル騎兵中隊! ダウナー騎兵中隊の捜索と前方哨戒にあたれ。接敵した場合は捜索を中断し後退せよ!」


 彼はすぐさま次の命令を下し、さらに騎兵中隊を送り込む。

 だがリンデル騎兵中隊がダウナー騎兵中隊、あるいは敵を発見する前に、ワイダ准将は叫んだのだ。


「なぜ彼らがここにいるんだ!?」


 ワイダ旅団右側面から襲い掛かる、サラ・マリノフスカ中佐率いる近衛騎兵大隊を見ながら、彼は叫ぶしかなかった。


 つまるところ、彼は既に敵中にいたのである。

 サラという少女の類稀なる勘、もしくは状況認識能力の高さに彼は敗れた。


 彼女は恵まれた視力と聴力を駆使し、地図を見て敵の気持ちになって考えて、彼女の推理を裏付ける物証を見つけて連隊長に報告した。

 そして囮の斥候によって、最大の脅威である敵騎兵隊をある程度釣り出した後に、連隊長と連携して敵旅団を包囲。あらゆる方面から奇襲をかけたのだ。


 右側面から、左側面から、時に正面から、背後から。

 第3騎兵連隊の練度の高さがなければ成しえないその機動は、常人には理解できない。


 ただ一つ言えることは、ワイダ准将に戦局に多大な影響を及ぼす感情を植え付けたことである。つまり、


「て、敵の戦力は、もしかしたら我らよりも多いのではないか!? 早く戻って、元帥にすぐに報告しなければならない!」


 という、誤解である。戦場の霧というものだった。

 彼の旅団の戦闘詳報によれば、この日出会った王女派軍の戦力は約1万だったと言う。


 現実は、近衛騎兵3000であったのに。



 3日目の、トルン東の遭遇戦は規模から言えば大きくはなかった。

 大公派軍も混乱しつつも撤退には成功し、戦死者は少なかった。それはワイダ准将が必死の撤退戦を指揮した結果でもあるのだが、残念なことに、それが後世正当に評価されたかと言えば微妙であった。


 対する近衛師団第3騎兵連隊はワイダ准将の旅団より被害は僅少であり、トルン帰還後にサラが発した言葉は、以下の通り。


「敵の1個旅団を追い返してきたわ! さすがユゼフ、あれを予想してたなんて!」


 それを聞いたユゼフが盛大に溜め息を吐いたことは言うまでもない。

【略図】

挿絵(By みてみん)

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