表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大陸英雄戦記  作者: 悪一
波乱の世紀
419/496

出陣要請

 大陸暦639年2月28日。

 シレジア王国王都シロンスク、宰相府応接室にて。


「それはいつになると言っているんですか!」


 ひとりの男が、王国宰相たるカロル・シレジア大公に怒鳴り散らしていた。


「こちらも何度も述べた通り、今はまだ寒く軍事行動を取ることはできぬ。少なくとも雪が解ける時期でないと……」

「その言葉は聞き飽きましたぞ! 既にトルンが占領されて3ヶ月経っている!」


 カロル大公に陳情、もとい苦情を入れたのは大公派貴族の伯爵。シレジア東部に領地を持つ中年の貴族である。才能や人格に関しては……まぁ、好意的に評価すれば「そこそこ」である。


 そんな伯爵が大公の下に訪れた理由はただひとつ。冬が訪れる前に王女派の手に落ちたトルンの問題である。トルンは別に、伯爵の領地であるわけではない。だからそんなに必死になって叫ぶ理由もないように見える。だがなぜ伯爵が問題にしているのかと言えば――


「トルンが王女派に落ちたおかげでヴィストゥラ川の河川交通は止まっている! 王都やグダンスクの港に卸していた我が領地の工芸品や原材料品の輸送が全く行えなくなっているのだぞ!」

「伯爵領の状況については、理解しているつもりだ。しかし――」

「しかしもなにもない! この状況が続けば、我が領地の経済は破綻してしまう!」


 ――と、いうことである。

 伯爵の領地は農産品の生産力が弱い代わりに、工芸品や工業原材料品、騎兵や荷馬車に使う馬の生産等によって財を成していた。しかしそれらを輸送していたヴィストゥラ川の河川交通が、前年の王女派の攻勢によって滞ってからは殆どが止まっていた。

 無論、陸送という手はある。だが陸送は河川輸送に比して効率が落ちてコストが跳ね上がる。また大消費地である王都や、国外との貿易拠点であるグダンスクまで陸送するなど無茶な話である。


「近い将来、状況が改善されなければ、我々と大公との関係は見直さなければなりませんな!」

「伯爵、それは叛乱ということか? 私に刃向う気かね?」

「状況が改善されれば、我々は今まで通り資金や物資の援助は惜しみません」


 そして貴族の支持を得なければならないこの内戦下にあっては、ひとつの貴族の離反はなんとしても避けたい。雪崩を打つように、離反が加速する可能性があるためだ。


「わかった。軍部に相談して、トルン奪還の指示を近いうちに出そう。すぐには無理だが、4月頃には伯爵の領地は以前の状態にまで戻る」


 政治は軍事の上に立つ。

 それはカロル大公も理解している。


「それはありがたい。奪還作戦において必要な物資や人員がいれば、我が領地は進んで提供致そう」

「助かる」


 だからこそ、この不毛な内戦の行く末に頭を抱えているのだ。




---




 3月5日。

 ローゼンシュトック公爵領領都オルシュティンにある公爵邸に設置された司令部にて。


「攻勢の予兆? まだ冬だけど?」


 前線司令部の指揮官、俺の直属の上司たるヨギヘス中将にそう伝えた所、そんな答えが返ってきた。


「確かな筋からの情報です。信憑性は高いかと」

「どこからの情報だい? 例の、君の友人の商会?」


 ヨギヘス中将の言う友人の商会というのが、果たしてどちらを差すのかはわからない。でも今回の場合はどちらも不正解である。


「いえ。某国の大使館からです」

「……なるほど。先日の客か」

「はい」


 つまり、在王国キリス第二帝国大使館駐在の武官からの情報だ。メリナ・アナトリコン陛下からのありがたい情報支援である。

 キリス第二帝国の支援は民間の商会を通じた資金の援助及び貸付、大使館と領事館を利用した諜報活動による情報支援、シレジア内戦に各国が介入しないようできるだけの対外工作をすることなど、かなり本格的なものである。

 こんなにしてもらって、本当にエミリア王女に「オストマルク帝国との仲介」を求めるというのがあり得るのだろうか。きっとグライコス地方の問題に関してもキリスの味方につけと言うのだろうが、現在オストマルクが役に立たないのでキリスに頼るしかない。


 まぁ、将来の外務尚書の胃の心配はこの際後にして、と。


「動機は恐らく、我々が大公派の首にナイフを突きつけた挙句に首を絞めているからでしょう。いくつかの領地で反感と猜疑心が産まれているようで」

「なるほど、どっかの誰かのせいというわけだ」


 誰のせいでしょうね。純粋な心を持つ俺にはわからない。


「規模は?」

「不明です。しかしなんとしても取り返したいと敵も思っているでしょうから、かなり大規模なものになるかと思います」

「全力で攻勢を仕掛ける……とは考えにくいけど、5から6個師団の攻勢は覚悟しておかないとな」

「敵がトルンを攻めてくることは兵站の事情を考慮すればほぼ確定的。こちらは全力で防衛できます」

「でも領都を空にしておくことはできないよ。最低でも1個師団、余裕があれば2個師団は欲しい」

「そうすると、トルン防衛に使える戦力は3個か4個ですか」

「戦力劣勢は運命づけられているようなものだ。今更それを云々できるほど人間万能じゃないよ」


 ごもっとも。

 一度でいいから最初から最後まで戦力優勢で戦争がしたい。


「けど、兵の訓練はほぼ冬の間に終了している。最低限の人員は揃った」

「あとは有用な防衛計画を立てるだけですね」

「ローゼンシュトック閣下とも打ち合わせして、早急に計画を立てよう。敵の攻勢時期が不明な分、早めに対策しておかないと。君も作戦立案会議に参加するように」

「了解です」


 シレジアの冬は、もうすぐ終わり。

 そしてそれは、新たなる戦いの季節が始まるということに他ならない。





性懲りもなく新作投下。異世界転移戦記でございます。


「異世界の魔王軍の近代化を目的とする兵站改革を主軸とした業務計画覚書」

http://ncode.syosetu.com/n5015dq/


兵站の話が主です。10万字書き終えているのでエタの心配はしなくて大丈夫です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ