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大陸英雄戦記  作者: 悪一
波乱の世紀
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冬にやるべきこと

 シレジア王国が暖かくなり始めるのは概ね3月中旬である。ただし「晴れた日の日中」という言葉が頭に来るのだけれど。


 そのため、軍人は冬の間かなり動きを制限される。無論、動けないわけではないし無理にでも戦争しようと思えばできる。俺の初陣であるシレジア=カールスバート戦争も年初に勃発した。

 ただし全員が全員、厳寒の中で真面に戦えるわけでもなし。士気の低下は著しく、時にそれ以上に厄介な問題ももたらしてくれる、とサラの親友だか先輩だかの医務科所属のイアダさんは言う。


「カールスバート戦争のとき私も徴兵されたけど、まぁきつかったよ。凍傷者も多かったし。もしかしたら戦傷者より凍傷者の方が多かったかもね」


 と。


 その事情は我らが王女派は知っているし、大公派も知っている。

 故に、冬の間は大規模な戦闘は発生しなかった。あるとすれば「偵察部隊が襲われた」だとか「敵の斥候を見つけた」だとか「所属不明の集団を見つけたと思ったけどそんなことはなかったぜ!」だとかである。


 でも大規模な戦闘が行われていないのは却ってよかったかもしれない。


 第一に、この休戦期間を使って俄作りの王女派軍を訓練させることができたことだ。

 かつてタルノフスキ准将が言ったことだが「士官が足りないから素人をかき集めて軍を編成している」という悲しい状況があった。それを、この冬の期間を使って訓練させてある程度使い物にすることができたのだ。


「こら、そこ! 隊列を乱さない! 准尉、しっかりと監視しなさい! 味方の戦列を維持するのが下級士官の仕事でしょうが!」

「は、はい!」

「声が小さいわよ!」

「はい!!」


 サラーズブートキャンプとも言う。

 臨時の演習場となった牧場には、今日も彼女の怒号が飛び交っていた。俺とサラは冬の間、ヨギヘス中将に新任士官の教育訓練の査閲を頼まれたのだ。俺が座学担当でサラが実戦担当。


 今はとりあえず実戦でどう動くかを訓練中で、それをサラに丸投げして俺はその光景を眺めてサボえふっえふっ参考にしている。


「やはりサラ中佐は教官の素質がありますね。軍を辞めて学校の教師となればよかったのでは」


 と、いつの間にか俺の隣に座ったらしいフィーネさんが、吹き付ける風に身体を震わせつつサラを見てそう評した。

 俺自身そう思わなくもないのだけど……、


「いや、ダメだと思いますよ」

「その心は?」

「知り合ったばかりの頃のサラって、結構頭残念だったので」


 なにせ実技壊滅の俺と揃いも揃って赤点を垂れ流した仲である。尤も士官学校において脳筋は褒め言葉だったのでサラの評価はそんなにひどくなかった。



「なるほど。……でも今もあまり変わっていないのでは?」

「それは言わない約束です」


 バカと天才は紙一重なのである。実際、サラほど戦場において頼もしい存在はいない。

 曲がりなりにもサラの卒業時の成績は騎兵科次席である。どこぞの頭しか能のない男とは全然……いや本当、全然違うんですよ……。


「ところでフィーネさん」

「なんでしょう?」

「近くないですか?」


 寒いのはわかるけどここまで密着して座る必要はないよね? 別にいいけど。


「中佐、そこは何も言わず肩を抱いて引き寄せるものですよ?」

「それをやると今度は私が寒いので」


 涙も凍るシレジアで下手に四肢を動かすと風にあたる面積が増えて体温が奪われる。なるべく身を縮ませなければならない。

 あと恥ずかしい。


「意気地がありませんね」


 と、そう言ってからフィーネさんがもたれ掛かってきた。

 あぁ、これサラに見られたら面倒なことになりそうだな……。


「それマリノフスカ嬢に見られたら面倒なことになりそうだな、ユゼフ」


 と、背後からまた別の人物が。

 声と口調で判別できるので確認するまでもないが、声のした方向を振り返る。そこにいたのは、


「……誰かと思ったら金持ちの新婚さんじゃないですか。しかも家族全員そろって」


 ラデックとその嫁リゼルさん、正確に言えばリゼルさんとその婿ラデック。


「こんにちは、ユゼフさん。お久しぶりです。フィーネさんも、随分幸せそうで何よりです」

「お互い様ですよ。お久しぶりです」


 リゼルさんは双子の赤ん坊を抱いたまま軽くお辞儀をした。

 夫妻のの愛の結晶にして子供である双子の女の子である。名前は確か、姉がティアナで妹がナタリア。もっとも赤ん坊で双子ということもあってどっちがどっちだかわからん。


 当然彼女らは厚着をしているし、さらには何かあった時用なのか、背後にはリゼルさんのお付きの者が数人立っていた。冬に野外でメイド服って寒くないのだろうか。


 フィーネさんの隣にリゼルさんが座り、ラデックがその隣に座って横一列になる。流石にその状況で、フィーネさんは俺の肩にもたれ掛かるのはやめた。


「あぁ、フィーネさん。そのままでいいんですよ。恋人同士なんですから」

「いえ、大丈夫です。気にしないでください」


 彼女の言う通り気にしなくていい。恥ずかしいし。

 フィーネさんは興味をリゼルさんらの子供に移して、赤ん坊の頬を突っついたり手を握ったりして遊んでいる。そして時々こっちをチラ見する。


 うん。見なかったことにしよう。


「で、リゼルさん。今日はどうしたんですか? まさか子供の自慢をするだけにここに来たわけじゃないでしょう?」

「あらユゼフさん。私が特に用もなく友人と会ってはいけないんですか?」

「私のことを友人だと思ってくれていることに感謝はしますけど、その場合でも時と場所を選ぶものでしょう?」


 ここは王女派の本拠地であるローゼンシュトック公爵領の領都オルシュティン。リゼルさんの立場を考えると、ホイホイ遊びに来れる場所ではない。

 つまり彼女は、冬の間にやれることその2をしに来たのである。


「確かにそうですわね。わかりました。早速、本題に入りましょう。子供たちをこんな寒い中に長く居させるわけにはいきませんし」

「助かります」


 俺も寒空の中に長々といたいわけじゃない。


 先ほどまでのラデック愛に満ち溢れたリゼルさんの顔は一転して商売人になった。相変わらず笑みを浮かべているが、どちらかと言えば抱いている赤ん坊が泣き始めるんじゃないかと不安になる不穏な笑みであった。


「ユゼフさん。結論から申し上げますが、現時点において、我がグリルパルツァー商会はシレジア王女派を表立って支援することはできません」

「……なるほど」


 商売人というよりは官僚的な回答だった。


「現時点において」「表立って」支援はできない。


 グリルパルツァー商会の面倒な立場を体現する一文だ。


「ラデックがいるから多少なんとかしてくれる、というのはないですか?」

「なんとかした結果がこれです。これ以上は不可能です」


 まぁ、そうだろう。グリルパルツァー商会がシレジア王女派と心中してやる義理なんてないのだから。


 俺やエミリア殿下らがグリルパルツァー商会に要請……というより、願っていたのは、商会が全面的に王女派支持を鮮明にしてそれに向けた具体的な援助をすることである。

 たとえば資金援助や軍需物資の援助、大公派の動向を探ることなどなど。


 しかしリゼルさん曰く、それは無理らしい。


「そもそも、現時点では大公派が有利と本社は言っています。加えて、我々は王女派が負けて困る要素がありません。商会が保有していた資産や資本は主にクラクフにあり、そして今クラクフは大公派の領域です。戦勝の可能性が高い陣営の後方に、我々の『利益』が安全に確保されていると考えれば……あとは早く内戦が終結してくれることを祈るのみです」


 それがグリルパルツァー商会社長の次女、シレジア支社長リゼル・エリザベート・フォン・グリルパルツァーの言葉だった。


 商会がまず守らなければならないのはシレジア王国でもエミリア殿下でもラデックでもリゼルさんの幸せでもなく、商会の利益と権益である。

 そして商会の権益は、リゼルさんの言う通り、大公派に寝返ったクラクフスキ公爵家の領地の中に集中している。そこが安泰である限り、商会はシレジアがどう転ぼうと知ったことではない。


 で、どのルートが一番安全なのかと言えば、商会が現時点で有利な大公派と協力して内戦を早期に終結させることだ。


「大公殿下は、グリルパルツァー商会に何か言ってきましたか?」

「それはもう。しかも大公殿下は産業省の元官吏というだけあって、誰かと違って交渉が上手でしたね。不当な支配地域を除く地域において全面的且つ無期限の特権を与える……というお話がありました。もう少し譲歩が欲しかったですけれど」

「それはそれは……」


 エミリア殿下と商会の繋がりを断とうと、大公派も必死に切り崩しにかかっているということだ。クラクフスキ公爵家にオストマルク帝国政府にグリルパルツァー商会に、忙しいことだ。


 しかも「シレジア王国内」ではなく「不当な支配地域を除く地域」と来たもんだ。それ完全に「王女派支配地域で商売するな」と言っているよね?


「その話、乗りました?」

「当然です。それが最善じゃないにしても、現状の与えられた選択肢の中では最善ですから」

「商売上手ですね」


 というか殆ど詐欺だ。大公派の提示する条件を呑んで特権を得ていながらこうして堂々と王女派支配地域のど真ん中にやってきているのだから。会うだけなら契約違反じゃないもんとか言うつもりだろうけど。


「まぁ、そう言うわけですので、繰り返しになりますが、現時点において、我がグリルパルツァー商会はシレジア王女派を表立って支援することはできません」


 含みのある一文。

 まさにこれが肝心。


「なるほど。『ところで』ラデック。お前の実家の『ノヴァク商会』はどうなってるの?」


 別に本当に他意はない話の方向転換。本当です、信じてください。

 俺が質問すると、ラデックは大きな溜め息を吐いた。どうやらダメらしい。


「そりゃあ内戦だなんだで大慌てだよ。でも『王国内』での仕事に大きな支障はないな」

「我がグリルパルツァー商会の力もあって王国内での流通に問題はありませんよ。自慢ではないですけどね」


 やはり商売人の根気と底力は凄まじい。


「でもノヴァク商会は宝飾品の販売を専門としてるんだろう? 宝飾品なんて内戦じゃ売れないんじゃないか?」


 内戦中に喜んで宝飾品買うのは少し躊躇われる。それはシレジアでも同じ。宝飾品買う暇があるなら武器を買え、人を雇えと言う話である。


「そうだな。だから親父もちょっと困ってるらしいぜ。だからどっかの金持ちが買ってくれないかなぁ」

「ハハハ。あ、そうだ、いいこと思いついた。エミリア殿下に勧めたらどうだ? 王族だから支払い能力はあるんじゃないか?」

「お、ユゼフも商売人の才覚に目覚めたんじゃないか? 早速交渉してみるよ。今なら品質の良いグライコス産の真珠が手に入るしな」

「景気がいいな」

「まぁ、戦争なんてそんなもんだろう?」

「商談が順調のようで何よりですけどラデックさん、グライコス地方は戦争が終わったばかりで混乱が続いています。流通に『多少の』影響が出ています」

「おやリゼルさん。先ほど『流通に問題はない』と言ったのに、それはないですよ」

「先程も言いましたがそれは『王国内』でのお話ですから。グライコス地方はてんでダメみたいです。それに私の管轄外ですから詳しいことはわかりません」

「なるほど。なら『仕方ない』ですね」

「あぁ、でもご安心くださいユゼフさん。我が商会は『顧客が必要な物、求めている物は必ず手配する』と約束しますよ。当然、相応の対価は戴きますけど」

「感謝します、リゼルさん」

「その言葉は、愛しのラデックさんにお願いします。先ほど言ったように、大公派に釘を刺されて動きが制限されていますから」

「あぁ、すみません。そうでした。ありがとな、ラデック」

「気にする必要はないぜ」

「忍びねえな」


 あー、エミリア殿下たちもこれで喜ぶだろうなー。


 と、考えていたところでリゼルさんと俺の間に挟まれて会話の一部始終を聞いていたであろうフィーネさんがひとこと。


「とんだ茶番ですね」


 戦争も商売も騙される方が悪いからね。




 その後、訓練を終えたサラが俺らの所に来た。

 まぁ当然の如く面倒なことになったのだが、リゼルさんの抱いている子供を見るとすぐに興味をそちらに移してはしゃいでいた。


 んでもって時々こっちをチラチラ見ていた。


「そちらはそちらで、近い将来可愛い『双子』を見れそうですね」


 リゼルさんの言葉に、誰もが苦笑いである。

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