これはデートですか?
街を歩くうら若き男女のペアが一組いて、彼らが買い物をしたり喫茶店で紅茶を飲んでいるとしたら、それはデートなのか。
答えは「半分『否』」である。
「……なんで俺がこんなことを」
「仕方あるまい。まさか殿下を本当に護衛なしでふたりきりにするわけにもいかないだろう。しかも相手がポンコツのユゼフくんだぞ?」
「まぁ、そうだな……」
喫茶店で紅茶を飲む二人の男女、ラデックとマヤはデートをしていない。そもそもラデックは既婚者であり、マヤは結婚そのものを考えてない親不孝者である。
彼らがそんなことをするのは、本当にデートをしている二人の男女を遠目から監視、あるいは観察、名目上は護衛するためである。
「護衛と言っても俺もユゼフと大差ないと思いますが」
「ユゼフくんよりはマシだし、他に誰を連れて行けと言うのだ」
「マリノフスカ嬢あたりで」
「彼女は目立ちすぎるし、それに恋人が他の女とデートしている場面を見て平静を保っていられるかどうか」
「ごもっとも」
愉しくもなく、紅茶の香りを楽しむ余裕すらないこのうら若き二人の男女は、10メートル程離れた場所にある服屋で買い物を楽しむ男女、即ちユゼフ・ワレサとエミリア・シレジアという二人の男女を観察していた。
これはどう見てもデートである。
「なぁラデックくん。私の目には、ユゼフくんがまともにデートをしているように見えるのだが」
「それは昨日俺があいつに教えたからですよ」
「なん……だと……? 貴様、友人の浮気に加担したのか!?」
「落ち着いてください! 俺はてっきりマリノフスカ嬢かリンツ嬢とデートするもんだと思ったんですよ! ユゼフの野郎、最後はぐらかしたから二人同時にするのかと思ったが……まさか殿下とは思わなくて」
「……まぁ、私も昨日の時点で殿下とユゼフくんがデートすることは知っていたが……」
そこで二人は会話を止め、再び視線を友人たちに向ける。
視線の先にあるのは、楽しそうに笑みを浮かべるエミリアの姿と、慣れないことをしてあたふたするユゼフの姿がある。
それを見ながら、マヤとラデックは同時に呟くのだ。
「「どうしてこうなった」」
と。
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こういう情勢下にあってデートなど、楽しめるはずはない。誘われた時、そう思いました。
ユゼフさんが、こういうことをし慣れていないのに誘ってくれたことに、どういう意図があるのかとも思いました。
しかしデートの最中になにかそれとなく説得するわけでもなく諭す訳でもなく、ただ純粋に街を歩いて、普通に会話もして、その内警戒心が薄れて行きました。
「ラデックからこの店を勧められたんですが……ちょっと安っぽいですかね?」
そこはいわゆる大衆食堂で、確かに私のような身分が来るような店ではありません。でもそれを云々する権利など私にはありません。王族たる資格があるのかも怪しい私です。だから私は「大丈夫です」とだけ答えました。
「でも殿下の口に合うかどうか……」
「本当に大丈夫ですよ。美味しい物には貴賤は関係ありませんから」
「ならよかったです、エミリア殿下」
……殿下、という言葉がちょっと心の中で重く圧し掛かります。
どこに行っても私は「殿下」という身分なのだと、思い出させてくれます。
だから、というわけではありませんが、試しに提案してみました。
「あ、あの、ユゼフさん。お願いがあるのですが……」
「なんでしょう?」
「あの、『殿下』と呼ぶのはやめてほしいかなと……」
私がそう言うと、ユゼフさんは少し考え、そして私の考えとは別の結論に達します。
「あぁ、確かに街中で『殿下』はまずいですよね」
「そ、そうです……」
と、そこまで言ったところで後悔しました。
殿下呼びでないとすれば、私はなんて呼ばれるんでしょうか? 様付けでも、身分差があることがばれてしまいます。ここは士官学校ではないのですから。
「じゃあ、不敬かもしれませんが呼び捨てにしましょうか。あぁ、それに敬語も不適かもしれませんね……」
「……え、えっと」
さん付けでもなく様付でもなく、まさかの呼び捨てです。しかも敬語までしないって。
待ちましょう。さすがにそれは――、
「エミリア」
「ひゃ、ひゃい」
あ、ダメです。変なところから声が出ました。
「エミリア、何食べる?」
「え、えっと、えと……」
身から出た錆とは言え、急に呼び捨てはダメです。タメ口はダメです。サラさんにしかされたことありませんし、ましてや殿方になんて……。
「あ、あの。ユゼフさん」
「うん? どうしたエミリア」
店の中の暖房が効いてるせいでも、風邪をひいてるわけでもありませんが、多分私は今顔を真っ赤にしていると思います。
「やっぱり恥ずかしいので、普段通りで……」
そう言ったら、ユゼフさんはおかしそうに少し笑った後、
「私も、少し恥ずかしかったです」
そんなことを言いました。
ちょっとずるいです。
「うーん。ファッションに関しては素人ですけど、やっぱりエミリア殿下は軍服よりもこっちの方が似合ってると思いますよ」
「で、でもこれは子供っぽいような……」
「『子供っぽい服』なんて大人になってからじゃ着られませんよ?」
「そう言う問題では……」
気がつけば、私は普通に楽しんでいました。
王女としてではなく、普通の、17歳の女の子として。もっとも、普通の女の子というのがよくわかりませんが。思えば私の周りにいる人たちは、みんな普通じゃないんですよね……。
「試着しちゃいましょう、殿下」
「えっ。これ本当に着るんですか?」
「服ですからね、飾っても仕方ないでしょう」
「そうですけれど! そういう問題ではなく!」
一番変なのはユゼフさんだと思います。たぶん、これは普通のデートじゃないと直感でわかりました。
「あ、店員さん試着していいですかー?」
「勝手に話を進めないでください!」
ユゼフさんのくせに女性を振り回すなんて、ユゼフさんらしくないですよ! いつもはあなた、振り回されてる側じゃないですか!
「でも殿下、どうせなら着たいでしょ?」
「べ、別にそんなことは……ない、ですよ?」
「着たいんですね」
「…………ちょっとは」
「なら着ちゃいましょう。それにエミリア殿下が全然服に興味を持ってくれなくて困ってるって、前にマヤさんが言ってましたし」
「余計な事を……」
私のプライバシーはどうなっているんでしょうか。今度、マヤに言っておかないと。
「じゃ、着ましょうか。あぁどうせならこういう変わった物も着てみます? 折角ですから」
「ゆ、ユゼフさん! なんですかその服!?」
「メイド服ですが?」
「それは知ってます!」
このお店はいったいなんなんですか!?
「あ、これはクラクフあたりの伝統衣装ですね。これも似合うんじゃないですか?」
「ユゼフさん、もしかしてあなたは私の事を着せ替え人形か何かだと思ってませんか?」
「嫌ですねぇ。仮にも王族の方を着せ替え人形だなんて思ってませんよ。確かに殿下は小さくてかわいらしいですけれども」
「ま、真顔でそんなこと言わないでください。恥ずかしいです……」
私の知ってるユゼフさんじゃありません。
どうしてこうなったんですか、誰か説明してください。




