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大陸英雄戦記  作者: 悪一
波乱の世紀
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とあるお姫様

 12月24日。


 それは宗教的に重要な意味を持つ日の前日。

 あるいはサラさんが勢い余ってユリアの弟か妹を欲しがって襲う日の前日。


 そして俺にとっては、翌日の事の為にマヤさんにいくつか相談する日である。


「君が私に相談か、珍しいな」

「そうでもないですよ。それに、相談というよりお願いなんですが」

「より珍しい事だ。なんだい。君の望みならなんでも聞こう」


 ん? 今なんでもするって言ったよね?


「言ったが? 君になら抱かれてもいいなとは思っている」

「無駄に男らしいですね。まぁそっち方面のお願いではないので安心してほしいのですが」


 エミリア殿下が落ち込んでから、どうもマヤさんの精神状態もおかしくなってきているんじゃないかと思い始める今日この頃である。それをいち早く解決へと導くための相談。


「マヤさん、お金貸してください。返せる見込み、全くないですけれど」

「……」


 マヤさんが目をパチクリさせて棒立ちになるのは、なかなか貴重な光景であると思う。




---




 私は王女です。


 いえ、王女でした。


 今は、ただの反乱分子です。


 公式には、そうなっています。



 あの日、私は父を置いて王都から逃げ出しました。

 何もできず、何もかも捨て、仲間や友人と共に、惨めに逃げ出しました。


 マヤはあの日、一緒に考えてくれると言いました。

 助けて欲しいと泣き叫ぶ私を、地獄の底から救い出してくれました。


 それなのに私はまだ、地獄にいるのです。



 内戦が始まったから?

 それもあります。


 私が無能だから?

 それもあります。


 一緒に考えてくれると言ってくれたマヤや、ラデックさんたちが、考えるまでもなく私を象徴として祭り上げようとしてくるから、というのもあります。


 それを非難するつもりはまったくありません。むしろ、それが正しく、それが私の信頼できる友人たちであるということ。そうすることがマヤたちにとって最善だと信じている道だからこそ、私にそれとなく、そう伝えるから。


 それら以上に、私を悩ます問題があるのです。


 私は何の為に、何の為に、何の為に、生まれ、生きて、そして今、こうして悩んでいるのでしょう。


 答えが出ない迷宮どころか、私は明確な問いにさえ辿りついていない。

 あまりにも多くの事がありすぎて、あまりにも多くの事が私に突き刺さって。


『私は領民を守りたいだけ』


 クラクフスキ公爵の言葉が、頭に残ります。


 民を守るために為政者がいるのであれば、私はカロル大公の下に残るべきだったのでしょうか。そしてそのためには、国家という枠組みは、どうでもいいものなのでしょうか。


 あぁ、なるほど。

 私には覚悟がないのだ。


 覚悟がない。

 何か大切なものを失うことを厭わず、前に出る覚悟がないのだ。


 その覚悟の無さに、どうしようもなく悩んでいるのだ。




 そんなある日。

 正確に言えば、大陸暦638年12月25日。


 真冬にも拘らず、何もかもが凍る季節であるのに、その日は少し暖かく、少し、太陽が眩しい日でした。

 この天気のように、私もすぐに変わることが出来たらと、そう思って。


「おはようございます、殿下」


 今日はいつもと違って、着替えの手伝いは近侍メイドがしました。食事の準備も、近侍がやりました。そして何をするわけでもなく、ただ私はその生命の活動を維持するだけの努力をします。


 何をするわけでもないのではなく、何もできないだけですけれど。


 無力な私には、何をする余地もないのですけれど。


「殿下、お客様がお見えになっています」

「……」


 何もしたくないと言う気持ちが、声にならない声として周囲に伝わります。どうせ、私を叛乱軍の象徴として祭り上げたいという意思を持つ者でしょうから。


 でも近侍は、私の意思を確認することなく言葉を続けます。


「ユゼフ・ワレサ中佐、という者ですが、通してよろしいでしょうか?」

「……?」


 ユゼフさん。

 私の、親友の1人。


 でも階級は少佐のはずでは……いや、違う。近侍は間違っていないのだろう。いつの間にか昇進していたことを、私は知らなかっただけの話です。親友なのに。


「……申し訳ありません。今日は少し気分が……」


 悪いので、と言おうとしたところで、扉が勢いよく開きました。

 こんなことをする人はサラさんくらいでしょう。でも今は、彼女の元気の良さが、少し心に突き刺さりそうで、怖いです。だからなかなか顔を上げられなくて、私は手元を見つめたままでした。


 足音が近づいてきます。

 威勢のいい音でした。近侍が止めようとしますが、それすらも振り払う仕草は、やはりサラさんのものでしょうか。でも、その親友の姿を、今は見たくない。


 そして足音と、並々ならぬ雰囲気を持つその人は、私のすぐ近くで止まります。

 視線を動かせばその者の靴が見えました。


 でもその時、少し違和感を感じました。

 だって、それは私が知っているサラさんの靴ではありません。サラさんは近衛騎兵連隊所属ですから、もっといい靴を履いているはずなのに。


 不思議に思って、私が視線を上げると、そこにいたのはサラさんではありませんでした。


「殿下」

「……ユゼフさん」


 そう、彼でした。

 彼は、彼らしくもなく、私に会いに来たのです。


「あの、何か用でしょうか……」


 ユゼフさんらしくない行動の果てに、どんな言葉が出てくるのか。説得でしょうか、慰めでしょうか、罵倒でしょうか、それとも、最後通告でしょうか。

 いろんな想像が頭の中を駆け巡りましたが、そのどれもが不正解でした。


 いつだって彼は、私の予想を超える行動をする人だったと、ようやく思い出しました。



「殿下、デートしましょう!」


 ………………………………………………………………………………………………。


「は、はい」


 余りにも予想外過ぎて、余りにも突拍子がなさ過ぎて、思わず、頷いてしまいました。


 そして私は今、私服でオルシュティンの町を歩いています。ユゼフさんと、2人きりで。

 あの、どうしてこうなったんでしょうか?

王女攻略作戦始まります

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