トルン制圧
大陸暦638年12月12日、トルン近郊。
「敵前衛集団を攻撃しつつ本隊は偽装後退。大公派を市街地から引き剥がせ!」
トルン攻略作戦最終段階、トルンの制圧作戦が行われている。
クロンジノ会戦によって、俺ら国王派は大公派よりも戦力を上回りつつ損害を最小限に抑えて大公派1個旅団を殲滅させた。
そのまま有利地形たるシーモアの丘を保持しつつ遅れてやってきたトルン守備隊本隊を迎撃。数の差と地形の差を利用して被害最小限戦果最大限で一気に突破しよう、と考えたのだけど。
「そのまま殲滅されてくれれば楽だったのだがな」
「報告書も書かずに済みますしね」
ご覧の通り、敵はトルンに一旦退却してしまった。
クロンジノのシーモアの丘を確保し、前衛1個旅団を殲滅して本隊の戦力も削ることが出来たが、勝利まであと一歩のところで逃げられてしまった。
理由は、ヨギヘス師団が強行軍と連戦で兵の疲労があって追撃戦に耐えられなかったことにある。兵がついてこれない作戦を考えて実行しようとしてしまった俺のミスでもある。
「ここのところ勝ちすぎてたからな……反省しないと」
油断大敵。下っ端をこき使うのが楽だからと言って無茶な作戦は立てないこと。言い換えれば牛が荷運びできる上に食糧にもなるからと言って補給丸投げで作戦を立ててはいけない。うん。
「まぁ、そうは言ってもすぐに別の作戦案を立てることができるのはワレサ中佐の良い所だ。あまり気にすることでもない」
「これしきの作戦、タルノフスキ閣下にも思いついたと思いますが」
「否定はしないが、強行軍に将校斥候に連戦までして疲労した肉体でものの数分で良い作戦が考えられるかと言えば微妙だな。私も将官になってから体力は落ちてしまったし……」
出世も考え物……なのだろうか? 確かに将官以上になると前線に立つことより会議とかで方々と調整することの方が多そうだ。
現場が好きと言うわけではないけれど、会議三昧は御免こうむる。
「6年で5回昇進したの、後悔してるのですか?」
「半分後悔しているよ。私のこの昇進、父の影響があるだろうからな」
半分、ということは半分は満足しているのか。
准将の父親は前――いや、現法務尚書タルノフスキ伯爵だ。不公正を嫌うという貴族としては珍しい厳格な方だと聞くが、そんな人に対してでも人事局と言うのは「配慮」をするものらしい。准将自体は有能な方だからいいけど、これが無能だった目も当てられない。
「しかし貴官がそれを言うのは可笑しな話だぞ、農民出身のユゼフ・ワレサ中佐? 貴官と同期どころか先輩である士官の階級を易々と抜いているじゃないか」
「……まぁ、そうなんですけれど」
卒業直後に大尉任官と言う時点でなにもかもおかしいけど、それを抜きにしても2年で2回昇進している。なんだこの昇進チート。
636年士官学校卒で638年時点で中佐。自分のことでなければ書類の改竄を疑うレベルだ。サラと並んで同期の中で2番目に早い。1番はエミリア殿下で准将。
……そう言えば、サラたち以外で同期には会ってないな。みんな元気かなぁ。
「まぁ、貴官がこれからも同じように活躍するのであれば、来年あたりに私と階級が並ぶかもしれんな」
「それを言うのであれば、准将閣下も来年にはヨギヘス閣下と階級が並んでいるのでは?」
「確かに。あの野郎は優秀だが素行も悪くてな。来年には二階級特退してるかもしれない」
「なんですかその斬新な予想」
タルノフスキ准将と俺は、指揮を執るヨギヘス中将の傍にいて時々アドバイスをしたり雑談をしたりしながら、存外しぶとく戦う大公派軍を市街地から引き剥がそうとしていた。
トルンは、当たり前だがシレジア人の住むシレジアの町だ。こんなことで町の被害が大きくなる市街戦は避けたい。だから敵軍を平野部まで誘い込もうと四苦八苦しているところだ。
そしてその成果は、数時間程してようやく実った。
「――前衛、フォルトゥナ准将より連絡! 『愚鈍な猟犬は羊に食いついた』です!」
……。
「戦場で文学的な報告をする暇があるくらいには余裕がある、ということですかね?」
「そういうことだな。それに、あまり堅苦しい報告が来てもつまらないだろう?」
果たしてそう言う問題なのか?
「まぁいいじゃないか。さてワレサ中佐、どうするんだい?」
俺とタルノフスキ准将の間に入り、そう聞いてきたのは軍団司令官のヨギヘス中将。
「そうですね。欲を言えばもう少し敵が前進して来るのを待ちたいですけれど、下手に引き伸ばしにして逃げられたら面倒です。一気にやっちゃいましょう」
「そうだね。俺もそう思う」
中将はにやりと笑うと視線を伝令の兵に再度向ける。
「左翼、第3騎兵連隊及び第12師団に連絡! 敵右翼に対し左翼方向から側背攻撃を仕掛け、敵軍をトルンから引き剥がせ。無理に追撃はしないで言い。それが済み次第、フォルトゥナ准将の旅団にトルン市街を制圧させろ!」
「ハッ!」
それから十数分して、戦場が変化する。
左翼第12師団が時計回りに機動して敵トルン守備隊の右翼を横撃して片翼包囲。さらに最左翼から第3騎兵連隊が回り込んで敵軍に混乱を――って待って混乱どころか追撃殲滅戦が始まってる!?
「これ絶対サラだ……」
「さすが精鋭の近衛騎兵だな。ここから見ていても練度がまるで違うのがわかる」
さすがサラさん。略してさすサラ。
でもやめて、生きた心地がしないからやめて! 敵の攻撃に夢中になって敵軍に逆包囲されたらどうするつもりだ! ……サラならそれも突破しそうで怖いな!
でもここでリスクを冒すわけにはいかない。自制を促した方がいいだろう。
「ヨギヘス閣下。ここは……」
「あぁ、わかっている。この気を逃すな! 中央及び右翼師団も前進!」
そっちじゃないです。
……あぁ、もういいや。成り行きに任せよう。サラのことだ、ケロッと帰ってきそうだよ。
予想外に戦場を混沌にさせた第3騎兵連隊の活躍によって、大公派トルン守備隊は壊滅的損害を受けてトルンを放棄。
フォルトゥナ准将率いる旅団が微弱な抵抗を粉砕してトルン市街を制圧。
こうして、トルン攻略作戦は終了した。
トルンから王都シロンスクまでの距離は、通常行軍で10日。騎兵隊の強行軍で、僅か3日。戦略的価値はとても大きい。
……そしてトルン攻略から暫く経った日、トルンは2つのものにみまわれた。
1つは、12月ならではの厳寒。前日以上に冷え込み、そして雪まで降り出した。
そしてもう1つは……。
「お久しぶりです。会いたかったですよ、ユゼフ中佐」
「私もですよ。フィーネさん」
オストマルク帝国からの使者である。




