表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大陸英雄戦記  作者: 悪一
波乱の世紀
405/496

クロンジノ会戦 ‐傭兵の話‐

1/2

 クロンジノの戦況に再び変化が訪れたのは、14時40分のことだった。


「カリシュ様、敵が再び攻勢に出ました」

「ふん、無能者め。数で押すしか能がないのか!」


 丘上に築いた陣地で護るカリシュ大隊には地の利がある。しかし、戦力差は1対10であるため地の利だけではいかんともしがたい。そのことは彼は理解していなかったが、彼の参謀は理解していた。


「しかし敵は全面攻勢に出た模様です。如何に我々とて、この攻勢を支えきることは不可能かと」

「……つまり逃げろ、と君は言いたいのか?」

「いえ、戦術的後退でございます。陣地を放棄したと見せかけ敵主力をおびき寄せ、そこに丘裏の予備戦力と共に反攻に出ます」


 事前にそう説明しただろ、という言葉を添えそうになった傭兵の参謀は、金の為に努めて冷静にカリシュに提言する。

 そしてそこで反論するほど、カリシュは頭がいいと言うわけでもなかった。第一に、これは必勝の策であると彼自身が盲信しているせいでもある。


「そうだったな。ではそうしろ。具体的な指示は任せるぞ」

「畏まりました」

「あぁそれと、この武勲は私のものだよな?」

「左様です」


 傭兵にとって必要なのは雇用主が契約を順守することであり、武勲や愛郷心は二の次以降であることは言うまでもない。


「よし、では事前の作戦通りに後退する!」


 カリシュはまさに「自分が立てた作戦である」かのようにふるまいつつ、麾下の部隊にそう命じた。


 一方国王派軍――大公派の言う叛乱軍は、ヨギヘス中将率いる1個師団による正面からの陣地強襲を試みていた。無論それは陣地攻略にあっては愚の骨頂であるものの、彼は数の利と潤沢な突撃準備攻撃によって出来る限り損耗を抑えようとした。


 数に優れるヨギヘス師団は、緩やかな傾斜となっているシーモアの丘を確実に少しずつ登って行く。


 そして攻勢開始から僅か20分で、ヨギヘス師団先鋒部隊がシーモアの丘陣地の奪取に成功した。しかしここからが正念場であることは、ヨギヘス中将は承知していた。


「敵の反撃が来るぞ、戦列を整えろ!」


 彼は叫び、戦場を見やる。

 丘上の陣地は、あくまで大公派軍の為にある陣地である。そのため国王派軍にとっては、陣地は陣地として利用できるものではなかった。

 攻勢の中にあって、当然国王派軍はそれなりの疲弊しており、そこで反撃を受けると如何に数の利があろうとも、そして如何に丘裏に部隊がいることがわかっていても苦戦を強いられるものなのである。


「ヨギヘス中将、正面丘裏より敵部隊確認。数およそ5000!」

「迎撃せよ!」


 その状況下で、ヨギヘス師団は1個旅団の反撃を受ける。しかも「罠に掛かったぞ」と歓喜の声を上げる指揮官によって率いられた旅団である。その士気は存外に高かった。


「行け! 罠にかかった叛乱軍を打ちのめせ!」

「ひるむな! 敵の悪あがきだ!」


 両軍の声が、しかも同じシレジア人の声が、シーモアの丘に木霊する。掲げる軍旗は違い、軍服の意匠も殆ど同じ兵士たちが殺し合っていた。


 だがそこで、隙を見せることは許されない。

 そうしてしまえば、死ぬのは自分であるから。いや自分だけならまだいい。肩を並べる戦友たちが死ぬのは、自分が死ぬことよりも許せないことである。


 だから彼らは武器を持ち、同国人同士で殺し合った。


 その光景を、ユゼフはただ何も言わず見ていた。

 内戦と言う実情を、前世のテレビで、あるいはカールスバートで生で見たことがある彼だが、それでも内戦の当事者となるのはこれが初めてで、そして二度と体験したくない気持ちで満たされていたことは間違いない。


「……閣下、頃合いかと」


 だからこそ、彼は何も言わず黙々と自らの職務をこなした。

 ユゼフにも、死なせたくない戦友がいるのだから。



 15時30分。


 ヨギヘス師団は奪取した丘上を早々に放棄した。それは傍からは敗北と見られたかもしれない。

 実際、丘裏に控えていた大公派軍の指揮官カリシュ子爵はそう思っていた。


「ハッ。相手はヨギヘス伯爵だと聞いて警戒していたが、やはり若造だな。だらしのない奴らだ!」

「父上、我が軍の勝利ですぞ。大公殿下もお喜びになるでしょう!」


 カリシュ子爵家の面々は皆一様に喜んでいた。


 見事なまでの誘引作戦と反撃。ただ単純に丘上に6000の部隊を置くのではなく、5000を予備戦力として死角に配置して敵に出血を強いる高度な戦術。と彼らは自慢していた。


「この戦が終わった暁には、父上は王国軍元帥となられるかもしれませんな!」

「では、貴様を大将にしてやろうか!」

「ありがたき幸せです!」


 彼らは緒戦の勝利に浮かれていた。職業軍人であればあり得ないような戯言も言ってみせた。そして彼らの脇で、金で雇われた傭兵は眉を顰めていた。

 そして彼は、カリシュ子爵に気付かれないような小声で呟いた。


「……おかしい」


 と。

 彼が見ていたのは、敵味方の死体。

 丘上に来たばかりで、狭くない戦場であるため総数は数えられないが、それでも彼は傭兵とは言え軍人である。概ねどれくらいの数の死体が転がっているかはわかる。


 しかしこの時、彼が見たのは、あまりにも少ない死体だった。敵も、味方も。馬の死体も見当たらない。

 そして全てを合わせて、概算で1000にも満たない。両軍合わせて1000にも満たないのである。あれだけのことをやって。


 そしてふと視線を上げれば、戦闘の影響で破壊された、シーモアの丘の陣地である。


「…………」


 傭兵にとって、何が一番大事だろうか。


 矜持か。――否である。彼は誇り高き傭兵ではない。

 では金か。――否である。金だけあっても生きてはいけない。

 職業軍人の様に、戦友であるのか。――否である。戦友とは商売仇と同義である。

 愛国心あるいは郷土愛か。当然、ありえない。


 生きていく上で大事なものは何か。

 それは当たり前だが、自分の生命である。死んでしまえば契約云々の話ではない。最悪の場合、雇用主を殺して物理的に契約を不履行にする。


「――カリシュ子爵」

「おぉ、参謀殿。此度の戦、協力感謝するぞ。追加報酬は期待しておいてくれ」

「ありがとうございます、子爵殿。――以降の戦闘は下火になるでしょう。本隊が来れば最早安泰でございます。そこでですが、付近の町に行って追加の補給物資を調達した方がいいかと思いますが」

「ふむ……? あぁ、そうだな。陣地が破壊されて物資がなくなっておるわ。町に行って徴発を……」

「恐れながら子爵殿。徴発ではなく『購入』に致しましょう。単なる徴発では反感を招きますが対価を用意すれば人心は向上し、子爵殿に忠誠を誓うでしょう」

「ハッハッハ。さすが参謀殿だ。よろしい、いいだろう。では君が直接行って、物資を調達してきてほしい。金も用意しよう。――これで足りるかな?」


 そう言って、子爵は控えていた側近が持っていた金を傭兵に渡した。ついでに、と言って監視役として子爵の私兵数人を傭兵につける。


「ありがとうございます、子爵殿。では早速行ってまいりますので、失礼」


 こうして傭兵は、手際よく手切れ金を手に入れた。

 これから起こるであろうことを予想して。




---




「コヴァ、合図は?」

「まだですよ、マリノフスカ中佐。しかし丘上の戦闘はほぼ終わっているので、そろそろかと」


 シーモアの丘から南に離れている森に、サラ・マリノフスカらの所属する近衛師団第3騎兵連隊はいた。

 そして丘の北には、ヨギヘス師団麾下の騎兵連隊も潜んでいる。


 クロンジノ会戦におけるユゼフの作戦は至極簡単であった。

 丘上に陣取ってヨギヘス師団を誘引し、予備戦力で以ってそれを叩くと言う大公派軍の作戦を逆手に取ったのである。つまり、丘上に誘引したのは大公派軍ではなく、国王派軍であったということ。

 そしてシーモアの丘の全戦力が丘上に集中したその時、迂回起動させていた2個騎兵連隊で以って包囲殲滅するという作戦である。


 言葉にすれば単純な作戦ではあるが、緊要地形である丘をあえて敵に渡すことによって殲滅すると考えると、非常識な作戦であっただろう。


「タルノ准将も優秀な人だったけど、悪どさで言えばユゼフが上手ね……」


 サラが直接率いる1個小隊で偵察行動をしている森の中、彼女はひとりごちた。

 しかし、ほとんど作戦が成功したような状況にあっても彼女は油断してはいない。なんだかんだと言ってどこか間の抜けたユゼフが考えた作戦だ。何か穴があっても不思議じゃない。


 だがその穴は、意外な形で塞がれた。


「――中佐。前方から人影です」

「……人影? 何人よ?」

「1人だけです」


 その報告に、サラは呆気にとられるしかなかった。

 1人がこちらにのこのことやってくる? 住民なんてもういないだろうし、いたとしても戦闘中にこんなところにいないはずだ、という考えである。


 サラが単眼鏡を覗くと、そこには確かに人が1人いた。どこかみすぼらしい格好だが、しかしその服は血に汚れていた。


「……一応警戒。敵かもしれない」


 彼女はそう言ったものの、敵対するにしては1人でホイホイやってくる人間がいるはずもないと頭の隅で感じていた。一騎当千の英雄など、創作上の産物でしかないとどっかのユゼフが言っていたからである。

 そしてその考えは当たっていた。

 やってきた人間は、サラのことを見つけると両手を挙げ、抵抗の意志がないことを示したのである。


「あんた、何者よ!」

「――んだよ、国王派は美人の嬢ちゃんがいるのかよ。そっちにつけばよかったぜ」


 サラの問いに対し、その人物は飄々と答えた。会話が成り立っていないが、それだけで敵意がないこともわかったし、所属もわかった。


「……大公派の軍人かしら?」

「あぁ。正確に言えば元大公派の傭兵だよ。退職金も貰ってきたばっかりだ」


 それは、カリシュ子爵に嘘を言って陣地から離れた傭兵だった。


「どうも罠の臭いがしたから一人で逃げ帰ってきたんだよ。丘上のウスノロは勝利の美酒に酔ってるところだ。さっさと攻め落としちまいな」


 そして彼は、退職金を渡してくれた元雇用主の情報をホイホイと教えた。彼にとって、カリシュ子爵の生命を心配する義理はないし、美少女と会話した方が心が躍る。


「そう、わかった。感謝するわ。――コヴァ、連隊に戦闘準備命令を伝えて。それと連隊長にも報告」

「了解です」


 コヴァルスキ曹長がサラの下から離れ、そしてサラが残る。

 副連隊長が不審者と戦場で向かい合って会話するというのは常識的に考えれば危険な行為だが、残念ながらこの連隊の副連隊長は常識から外れている。


「……で、あんたはどうすんの?」

「そうだな。こんなところで出会った綺麗な嬢ちゃんと逢引したいね」

「ふんっ。生憎だけど、私はもう心に決めた人がいるし、生娘でもないわ」

「そりゃ残念。ちと遅かったな」


 傭兵が軽く残念がる中、サラの背後にいる第3騎兵連隊第15小隊の面々は残念を通り越して悲哀に満ちた表情をしていた。当然、サラはそんなことに気付いてはいない。


「嬢ちゃんのことは諦めて、どっかの町で戦争終わるまで大人しくしとくよ」

「……なんなら、うちに来ない? 士官・下士官が不足してるらしいから」


 サラは、出撃前にユゼフらから聞いたことを思い出し、目の前の傭兵に提案してみた。士官が不足していると言うのなら、この傭兵を雇用するのは悪くないでは、と彼女は考えたからである。

 だがサラの予想に反し、傭兵はそれを固辞した。


「いや、それはやめておいた方がいいだろう」

「……なんでよ?」

「まぁ、嬢ちゃん綺麗だから特別に教えてやるけどよ。……敵だろうが味方だろうが、一度裏切った奴はもう二度と信じちゃいけないぜ」


 経験論だけどな、と言って彼は続ける。


「今回の内戦、たぶん裏切り合戦になるだろうよ。もしかしたら嬢ちゃんの部下も裏切るかもしれないし、裏切った奴が嬢ちゃんの部下になるかもしれない。まぁ戦力が足りないなら一時的に部下に入れるだろうが……そいつは信用するな」

「…………その言葉は信用できるの?」

「さぁね。傭兵なんてもっと信用できない生き物だからな」


 そう言って、彼は煙草をふかしつつ、何も言わず右手を軽く振って別れを告げる。サラの脇を通り過ぎ、少し歩いたところで彼女に呼び止められた。


「あんた、名前は?」

「――ギャルド・デュナン。と、しておこうかな?」

「信用できないわね」

「それが正しい反応だよ、中佐」


 そう言って、デュナンと名乗った男はにやりと笑い、そしてそれ以降、サラや連隊員と言葉を交わすことなく去って行った。


「……ユゼフ並に変な男も世の中にはいるのね」


 サラはそう呟いた直後、ヨギヘス師団本隊上空の空が輝いた。作戦開始を告げる信号弾である。

 途端、彼女は気持ちを切り替える。傭兵と入れ替わる形で、サラの下には既に多くの隊員が集まっていた。


 サラは、声を荒げた。


「総員騎乗! 敵陣地に向け、突撃!」

「「「応!」」」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ