攻勢開始
今回の戦争は、内戦だ。
内戦ということは、自国民同士で戦うことだ。
自国内で、自国民同士で戦う。
それ故に、普通の戦争とは少し違う戦い方をする。
「――トルン近郊の村民の情報によれば、敵、つまり大公派はトルンに相当数の守備隊を置いていることがわかった」
それは、普通に地元住民が敵情を教えてくれることだ。なにせ同国民だから話が早い。これが敵国への侵攻作戦だったらそうはならないだろう。
そして情報を教えてくれたら物資やら金を配ってお礼とする。勤勉な人間がいたら「なんだったらトルンに行って何人いるか数えてきます!」とか言うだろう。
……いや実際いたんだけれども。
なんだか戦争というよりは「王都はどうやって行けばいいの? あぁ、この街道まっすぐ? ありがとう!」という感じである。
そしてそれは、歴戦の補給士官であるラデックも思ったようだ。
「戦争やってるんだよな、俺ら?」
「戦争なんてこんなもんだよ」
自信はあまりない。
大陸暦638年12月3日。
シレジア内戦が始まってから2ヶ月と少し、国王派最初の大規模攻勢はこの日に開始された。目標は国王派勢力と大公派勢力の境界都市トルン。通常行軍で10日なので、何も妨害がなければ13日には到着する。
勿論、そんなことはないだろう。
俺らがやっている情報収集を、敵がやらないわけがない。
国王派の戦力はヘルマン・ヨギヘス中将率いる3個師団と精鋭の近衛師団第3騎兵連隊、合わせて約3万3000名。対する大公派の戦力は――、
「ラデック、予想される敵戦力は?」
「周辺の農村からトルンに向けて搬出される農産物の量を戦前戦後で比べるとかなり増えてる。トルンの人口、戦線向こうの農村の生産・備蓄量、んでもってこのクソ寒い天気から予想するに……トルンの大公派軍は概算で2万乃至3万と言ったところだな」
いやはや、さすが歴戦の補給士官である。本当に。
勿論、国内だからこういう情報が手に入りやすいというのもある。
「仮に敵軍3万だとすると、戦力差はほぼ同数か」
「でもよ、こっちは士官不足に陥ってるんじゃないか、ってユゼフ言ってなかったか?」
「言ったけど……でもたぶん、向こうも事情は似たようなものかもしれないよ」
大貴族の出の上級士官はいるけど、主に下級貴族や平民からなる下級士官が不足している……というのはあり得そうだ。国王派は大貴族出身の上級士官と大貴族の子弟の下級士官がいないけど。
……どっちもどっちだよね、そうだよね?
まぁ、悩んだところで仕方ない。戦力差はないと考えた方が良い。
「となると、いい感じの地形を選ばないと。こっち側に有利な地形は……」
というわけで地図と睨めっこである。
現在日時 大陸暦638年12月8日の朝。
場所 ローゼンシュトック公爵領領都オルシュティンとトルンの中間地点にある町、ブロドニッツァ。
ここまでは、特に何も問題なく軍団を動かすことが出来た。問題は、敵の情報網に引っ掛かるだろうブロドニッツァ以西である。
その場所で、敵より早く野戦における有利地形を見つけて到達しなければならない。
有利地形とは見渡しがよく敵を一方的に見て攻撃できる丘、敵の攻勢を抑制できる森林や湖沼・河川、騎兵戦力が最大限活用できる平原などなど。
そしてなにより国王派、大公派が進軍する街道近くにある場所……。
「クロンジノ」
それを見つけて、思わず呟いてしまった。
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俺は具体的な作戦案を、ラデックの推定した敵軍の予想戦力を添えてヨギヘス師団参謀長タルノフスキ准将に提出した。
准将閣下が一読した後、賛成か反対かを問う前に、まるで面接試験をするかのように准将閣下は俺にいくつか質問を投げつけてきた。
「クロンジノか。その場所を貴官が選んだ理由は?」
「はい。クロンジノは、ブロドニッツァとトルンの中間地点にあり、両軍が激突する可能性の高い場所であることがまず前程にあります。その上でクロンジノには、河川と湖沼があり、また丘陵も存在し、それを確保できれば我が軍は数以上の働きが出来ると考えます」
なにせ国王派はエミリア殿下が意気消沈してるおかげで士気に影響を与えており、それがなくとも大公派との絶対的兵力に劣っている。犠牲を最小限にしつつ勝てたら、勢いがつくだろうという話だ。
って、作戦案に書いてあるんだけどね。
「なるほど。しかしここからクロンジノまでは通常行軍で2日の距離、それに対しトルンからクロンジノまでは1日程の距離にある。となると、我々の動きを知った敵軍が、君の言った有利地形を手に入れるために動く、とは考えられないか?」
「十分に考えられます。ですので、敵軍との競走に勝つために士気と練度に優れた1個師団を偵察として先行させます。強行軍であれば1日でつくでしょう。そして当地に敵が居た場合は偵察師団に排除を、劣勢であれば本隊到着まで敵戦力を削る等を行います」
もし必要なら、サラのいる第3騎兵連隊もついでに先行させればいいだろう。あの連隊なら、というかサラなら同じ1個騎兵連隊であればまず負けないだろう。
好きな人を最前線に送るなんて……とは考えたことはない。むしろ彼女にとっては最前線の方が安全かもしれないと考える次第である。だってサラだし。
その後何度か質問があったけど、それは全て予想の範囲内で作戦案には書いてあった。だからその通りに答えて、かつ一部は思い直して変更したりする。
准将は俺の答えを聞き終わった後、若干笑みを浮かべた。
「やはり君に戦術99点を与えたのは間違っていなかったよ」
「ありがとうございます、閣下」
教育係から合格点を貰えたということは、満足して良いことだろう。皮肉じゃなければ。
でも准将閣下の笑顔に妙な違和感を感じるのは気のせいだろうか?




