ローゼンシュトック
ローゼンシュトック公爵家現当主は、ヘンリクさんの父親である。
名はヤン・マレク・ローゼンシュトック、シレジア王国軍大将。春戦争後に北部方面軍司令官に任ぜられ、そして現在、エミリア王女らを擁護する王国軍臨時総司令官に就任している。
そしてヘンリクさんの厳つい顔は、どうやら父親譲りらしい。
「――わかった。貴官の提案を作戦会議にかけよう。私見だが、これが現在のところ我々が取れる最善の選択肢であることは間違いないと思う」
「ありがとうございます、閣下」
マヤさんに話した例の提案、国王派軍と大公派軍の境界に位置するトルンに対する攻勢作戦を、具体的な作戦案としてローゼンシュトック大将閣下に具申した。
無論、ヘンリクさんのコネを使って。
20にもならない農民出身の佐官の提案なんて通るわけない。だから最大限コネを使わなければならない。そう、高度な柔軟性で臨機応変に対処しようとして盛大にずっこけた……ナイフだかフォークだかスプーンだかの准将のように。
自分でもちょっとどうかと思うが、必要な事だ。政治的な色合いが強い作戦で、劣勢となっている国王派には政治的に強い一撃を欲しているという事情がある。
まぁ彼の作戦のような補給に難があり政治的な意思が強い敵地への侵攻作戦と考えると、せめて指揮官が優秀であればと願うものである。作戦中に昼寝をしないくらいの指揮官が。
そう言う意味では、今俺の目の前にいる閣下自身が率いてくれればと思うのだ。
「もし出征するとして、部隊はローゼンシュトック閣下が直接率いるのでしょうか?」
「そうだ。――と言いたいところだが、生憎こちらも色々忙しくてな」
が、ダメ。
曰く、国王派は未だ寄せ集めの軍隊という体で、指揮系統の再編やら部下の士気忠誠がまだ整っていないということらしい。
「今現在、すぐに動かせる師団は3個師団しかない。それ以上は、ここローゼンシュトック領を含めた他の貴族領の防備にも影響が出るのだ」
「……私の提案を受け入れてくれれば、3個師団あれば十分と考える次第です」
トルンに攻勢をかけ、永続的に確保するとなると少し不安はある。でもない物ねだりをしたところで状況が良くなるわけでもない。
「そこでだ。作戦立案者であるワレサ少佐に馴染みのある人間の下に、君を置こうと思ってね」
「はぁ……って、え?」
馴染みのある人間って、ローゼンシュトック閣下がなぜそれを知っているんだ?
いやだって初めて会った人間だし、ローゼンシュトック公爵家と関わりの深い人生を送っていたわけでもない。そんでもって俺となじみの深い将官なんてそう多くはない。それこそ、エミリア殿下くらいなものだ。
俺の疑問を余所に、ローゼンシュトック閣下は従卒を呼んで、その人物を来させるよう命令した。数分しないうちに、部屋がノックされる。
「ヨギヘスです」
聞いたことあるような、ないような声と名前の持ち主だった。
「よろしい、入ってくれ」
「ハッ」
大将閣下に促され入室してきたのは精悍な顔つきを持つ30そこそこの男。ギリギリお兄さんと呼んでも多分問題ないくらい顔が若い。階級章を見ると王国軍中将で、胸には多くの勲章をぶら下げていた。
そしてなぜかその人は俺のことをチラ見したあと、ローゼンシュトック閣下に向き直る。
「ヨギヘス中将。先程、興味深い作戦案が提出された。私はこの作戦案に賛成だが、貴官はどう思う?」
先ほど俺が提出した作戦案を、そのままヨギヘス中将とやらに渡すローゼンシュトック閣下。そしてヨギヘス中将は、その概要を読んだところで何度も首を縦に動かした。
「修正箇所がいくつか必要でしょうが、概ねにおいて、私もこの作戦案に賛成します」
「わかった。では時間が惜しい。作戦会議を経ず、我々だけでこの作戦案を採用することにしよう。第7、第11、第12師団をこの作戦に投入する。作戦の指揮官は君だ」
「畏まりました。慎んで、任務を遂行致します」
そう言って敬礼し、退室しようとしたヨギヘス中将をローゼンシュトック閣下は呼び止める。
「……それでだな中将。もうひとつ相談がある」
「なんでしょう?」
ヨギヘス中将が聞くと、ローゼンシュトック閣下は唐突に俺の方を指差した。心の中でそんな予感がしたけれど実際差されるとびくっとする。
「そこに立っている少佐を、貴官の師団に預ける。今作戦の立案者だ。たぶん役に立つだろう」
「なるほど……。わかりました。少しお借りします」
「あぁ、返さなくてもいいぞ」
「ハッ」
いや笑顔で会話しないでくれる? 何の話をしているのかサッパリよくわかるけど何を言っているのかわからない。どういうことなの。
ていうか馴染みのある人の下で、ってローゼンシュトック閣下言ったよね? 俺、この人のこと知らないんだけど!?
「さて、と。……君が噂のユゼフ・ワレサ少佐だね?」
「は、はい。て、待ってください。噂って……?」
また碌でもない噂かな?
「成人していない士官があちこちで武勲を立てている状況で、噂にならないとでも?」
「ごもっともです」
反論できなかった。
確かに冷静に考えてみれば碌な人生歩んできてないぞ俺。
「まぁ、君のことは私の友人からよく聞いているよ。ついて来てくれ。君の新しい上司に会わせてやろう」
「え、あ、はい!」
はてさて、誰の事だろうか。
まぁ誰でもいいが、贅沢を言うのであればサラさんたちとは離れたくはないなぁ……。




