ハゲは燃えているか(改)
俺がまだ悲しい現実を知らずに「前世でやったゲームとマンガ知識でチート英雄になってやるぜ!」と思っていた時の話をしよう。
シレジア王国王立士官学校。
王国中部の地方都市プウォツク近郊にある軍学校だ。
敷地面積は校舎や練兵場などの施設を全て足し合わせると「広大」の一言に尽きる。射程の長い魔術を全力でぶっ放しても余裕があるほどには広いからね。たぶん東京ドーム〇個分という表現より、東京ドームがある文京区○個分って言った方が分かり易いと思う。
士官学校は10歳から入学可能だが、上限はない。極端な話60超えても入学できる。まぁ俺みたいに10歳で入学する奴は少数派だ。
士官学校は入学試験は簡単でも日々の訓練や試験のハードルが高いため、入学できても授業についていけず退学、というのは頻繁にある。そのため数年間は自主練や自主勉強して入学するか、あるいは他の高級学校に行ってから士官学校に入学すると言う奴の方が多数派だろう。
故にこの学校では同学年でも年齢はバラバラだ。軍隊に行けば同年齢=同階級とは限らないし、学校時代から慣れろってことなのだろう。
まぁ、俺は前世知識があるから余裕のよっちゃんですよ! ワーハッハッハッハ!
閑話休題。
基本的には5年間、寮で暮らしつつ戦闘について学び、卒業後は軍隊に入る。
成績が普通なら准尉、優秀なら少尉スタートらしい。士官学校に通わなかった軍人や徴兵された人達は少尉になるのも夢のまた夢と言われる中で少尉スタートっていうのは、結構すごいことなのだ。
王国各地から士官学校に入学した約180名が、今日ここに集まった。
校長が「君らは祖国を守るべく」云々かんぬん言ってたがどうでもよろしい。はよ、俺に魔術指南はよ!
隕石降下とか大津波が俺を待っている!
そんな魔法あるかはともかく。
長ったらしい式典終了後、俺は士官学校内を散策していた。これから最低でも5年間はここに住み続けることになる。校舎の配置とかよく覚えなきゃね。
適当に歩いていたら、上級生と思わしき人たちが訓練に励んでいるのが見えた。当たり前だけど馬も相当数がいる。
俺は馬には乗ったことがない。前世でも今世でも。生まれ故郷の村にも馬はいたけど乗せてもらえなかった。なんか幼い時に馬で事故ったことがあるから、らしい。俺は覚えていないのだが。
「ちょっと! それ返しなさいよ!」
「なんだと!? 小娘が調子に乗りやがって!」
「触らないで!」
エロいことするつもりでしょ! ネット小説みたいに! ネット小説みたいに!
と、冗談を言ってる場合じゃないか。
声のする方向を見てみると、赤い髪の女の子が複数の男に囲まれてる。ジリジリと壁際に追い詰められているな。
このままじゃ薄い本みたいな展開にゲフンゲフン、包囲殲滅されるな。
んー、助けるべきかなー?
でも俺、剣術も護身術もなにもできない。魔術も初級……。よし、見なかったことにしよう。
士官学校入学初日に喧嘩して学校を追われて入学金だけ請求されるのも嫌だ。
……でもあの子可愛いな。少し強暴そうな顔つきだけど、デレたらきっとすごいに違いない。
それに今助けたら俺の評価うなぎ上りだろうな。ここから始まるエロゲストーリー。
『ドキッ☆美少女ばかりの士官学校 ~ポロリもあるよ~』
……うん。ポロリが首になりそうだな。軍隊だし。
と俺がやや邪な事を考えていたところ、女の子の状況は更に悪くなっていた。
見たところ彼女自身、それなりに武芸の心得がある様だが多勢に無勢。壁に追い詰められ胸倉を掴まれている。
どう見ても女性に対する扱いのそれではない。
さらに、如何にも三下の雰囲気を醸し出している男が
「へっ、ちょっとこれは『お仕置き』をする必要があるみたいだなぁ?」
三下君は遠くから見てもわかるほど下衆な目をしていた。
目の前の女の子のことを性的な目で見てるし、なんか興奮して舌なめずりベロベロである。
分かり易く言うと、凄い気持ち悪い。
あんなのが将来、准尉とか少尉とかになって兵を率いる人間になるのかと思うと、この国の未来は絶望的だなぁ……。
一方の女の子の方はと言うと
「くっ……」
殺せ……!
いや「殺せ」とは言ってないけどそんな目をしていた。
おそらくこのまま放っておけば彼女は、取り囲んでいる彼らの性的欲求の捌け口として利用される羽目になるのだろう。それを見て見ぬフリをできるほど、俺は肝が据わっちゃいない。
それに、母の言葉もある。「悪いことはダメ」ってね。
今あの女の子を見捨てるのは、悪いことに決まっている。あと俺は「NTR」とか「強姦もの」の薄い本は苦手なんでね。いや本当に純愛物風味の表紙なのに中身が「強姦もの」なのはやめてほしい。
それはさておき、やるだけやってみるか。
ダメだったら改めていい手を考えればいい。一瞬でも彼女に逃げる隙ができればいいわけだし。
……よし。
さて、寡兵でもって大軍を打ち破る方法というのは、古今東西ふたつの方法が有力だ。たぶんこの世界でもそうだ。
そのひとつが奇襲、即ち不意打ちである。
俺は意識を集中させ、手の上に水の球を作り出そうとする「水球」という、この世界の人間なら誰でも扱える水系初級魔術である。戦闘から洗濯までなんでもござれな便利魔術だ。
この「水球」はバスケットボール程度の大きさの水の塊を生成し、そして掌から勢いよく射出することができる。
威力は弱いものの、至近距離から当てると死ぬほど痛い。当たり所が悪いと気絶することもあるが死ぬことはない。
あの郎党集団に向け視界外からの攻撃で敵集団を混乱させる。その間にあの女の子が逃げれば俺の勝ちだ。
火系初級魔術の「火球」でもよかったけど、誤射して女の子に当たったらまずい。
水なら少し死ぬ程痛いだけで濡れるだけだし、それにもし男がやんごとなき身分のお方だったら俺が社会的に死ぬ。
俺はリーダーっぽいハゲに照準を合わせて掌を突きだし、そして思い切り叫んだ。いや別に叫んだところで威力が上がるわけでもないのだが。
ま、陽動だから派手にやる必要はあるか。
「水球!!」
掌から生成されたバスケットボール大の水塊が勢いよく射出され、高速で直進する。
「いだっ!?」
そしてそれはどうやら運よく狙った通りのハゲ男に当たった。水も滴るいいハゲ男っていう奴だな。
もしかしたら水球が命中した衝撃で数少ない毛根も絶命したかもしれないが。
当然俺の存在に気付いたハゲ男とその仲間たちが一斉に振り返って睨みつけてきた。
「……てめえ、何しやがる」
怖い。ハゲと言うこともあってマフィアみたいな雰囲気が漂ってる。何も知らないフリした方が良かったかもしれない。
でもやってしまったもんは仕方ない。「鳴らした教会の鐘の音は戻っては来ない」とも言うしね。
「いえ、一人の女性に対して複数の男が壁際に追い詰めるという未開の野蛮人みたいなことをしている輩を見かけたので、つい」
とりあえず挑発して注意をひきつけてみたのだが「ブチッ」というハゲ男の脳の血管が切れた音がした。もうだめかもしれんね。てか気が短すぎやしませんか。
「おい、お前。俺様に喧嘩売ったこと後悔させてや……」
だがそのハゲ男の脅し文句は最後まで発せられることはなかった。なぜなら突如自分の頭が燃え上がったからだ。
「……えっ?」
ハゲ男は、一瞬何が起こったのかを理解していなかった。呆けるだけで、燃え上がる自分の頭をどうにかしようと動くこともなかった。
そしてハゲ男が混乱しているとき、さらに事態があらぬ方向へと転がった。
「えっ?」
「あ?」
仲間の男たちの頭もなぜか燃えていたのである。俺は何もしてないよ。
「死ねぇ!!」
と、そう叫んだのは囲まれていた女の子だった。どうやら彼女が至近距離から火球をぶっ放したようだ。
ひでぇことしやがる。ありゃ今後数年は新しい髪の毛生えてこないよ。
男たちは狂乱状態になりながらその場で火を消そうと暴れ回っている。水球を頭からかぶればいいと思うが、こんな状態じゃ魔術どころじゃないか。
そして気づけば、その赤髪の女の子は離脱に成功したようだ。……とりあえず追いかけてみよう。
事情知りたいし、あとついでに住所とかL○NEのIDとかも教えてほしい。