内戦外交
新章です
「内戦」
それは悲劇の舞台であることは間違いない。
同じ国に属する人間が、2つ、あるいはそれ以上に分かれて争う。それがどんなに悲しむべきことかは、もはや論ずるべくもない。
しかし、悲劇の舞台を楽しみに劇場へ足を運ぶ常連客がいるように、国際社会においてもこの「内戦」と言う名の演劇を楽しむ者も多い。
他人の不幸は蜜の味だとよく言うが、他国の不幸が蜜の味である国も存外多いもので場合によっては、そちらの方が多数派であるかもしれない。
ではシレジア王国初の、最大の、そして最期の内戦である「大陸暦638年の叛乱」の場合はどうだろうか。ひとことで言えば、悲しむ人間の方が少数派であったことは間違いない。しかしそれは同時に、楽しむ者が多数派であるということでもない。
当時、シレジア王国周辺諸国の心境は複雑だったのである。
シレジア王国の内戦において、重要となったのはシレジア王国内の各派閥戦力ではない。大公派が大勢であり、国王派が不利であったことは、国内戦力の点から見れば妥当なものである。
だがその一方で、国際情勢という点から見たらどうなるか。各国の思惑は、まさにそこに集中していたのである。
それは、シレジア王国が長きにわたって図らずも「緩衝国家」として生きながらえてきたと言う、地政学的な問題に起因するものである。
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――リヴォニア貴族連合首都リヒテンベルク 元老院。
その日、リヴォニア貴族連合の最高意思決定機関たる元老院が緊急招集された。
元老院は、15人の元老院議官から構成される合議集団である。国家元首たる君主がいないこの国では、この元老院の議長が元首とされ、そして元老院議官は全員リヴォニア統一戦争において元老院に賛同した伯爵以上の貴族である。
そして特に、元老院創設メンバーとなったウェーバー公爵、ディートリッヒ公爵、ビアシュタット公爵、ヘルメスベルガー公爵、ザイフェルト公爵の5家は、元老院の「常任議官」であり、その身分が保証されていると同時に元老院議長の座も常任議官の輪番になっている。
常任議官以外の10人の議官は「非常任議官」と呼ばれ、2年毎に半数の5家が改選される。前述の通り全てが伯爵以上の階位であり、そして不文律によって2期連続で議官となることはない。
この、一見複雑に見える元老院というシステムは、リヴォニア貴族連合が歩んできた歴史に起因するものである。だがその複雑なシステムが、この国の命運を大きく左右させ、そしてこの時代においても、重要な要素となっている。
「今回集まったのは他でもない。隣国で燃え上がった『火』に関する対処だ」
司会役となるのは元老院議長にして筆頭公爵家の1つ、ザイフェルト公爵家の当主。オットー・ウルリッヒ・フォン・ザイフェルト。
彼は東大陸帝国皇帝となったセルゲイ・ロマノフの遠戚でもある。故に元老院各貴族からは親東大陸帝国派と見做されることが多いが、彼自身はそれを否定していた。
「対処も何もない。我々は『反シレジア同盟』に参加する国である。であれば、シレジアで燃え上がっている火を放置する理由はないであろう!」
これはシレジア王国に領地を接する、非常任議官の発言。それは素早く侵略してあわよくば自分の領地を拡大したいと言う明らかな利己主義的な発言でもあった。
しかしこの発言に対して、すぐさま反論が出る。
「侵略するせよ、どちらかを支援するにせよ、戦争というものは今すぐに始められるものではない。軍の動員、予算の確保、各方面の調整、そして何より国際的な情勢を見る必要がある。短慮な判断は慎むべきだと思うが」
この反対意見を出したのは、どこの国とも国境を接せず交易によって財を成している非常任議官であった。彼にしてみれば、最早軍事的脅威ではなくなったシレジア王国に対してさらなる出征をすることは「自分だけ負担が増えて利益を得るのは他の貴族」という最悪の結末を迎えることに他ならないのである。
「慎重なのはいいことだ。しかし慎重になりすぎて、カールスバートの時のような轍を踏むわけにはいかないだろう」
と、別の議官からの発言。
637年から638年初頭にかけて勃発したカールスバート内戦において、リヴォニア貴族連合は介入の意思を見せていた。しかしそれは内戦の早期終結と、先程のような元老院内での意見の不一致もあってリヴォニアの内戦介入は終ぞなかった。
もし介入が早ければカールスバートの西側領域を手に入れられたのではないか、と悔しがる者が多かった。特にカールスバートと国境を接している領を持つ貴族からの反発は凄まじく、公然と元老院を非難したのである。
これらの事例からわかるように、リヴォニア貴族連合の「元老院」というシステムの欠点が露呈したのも、この時代であった。
つまり、権限がある程度集中化されている専制君主制に対し、各貴族が活発に意見を交わすことによって意思決定を行う合議制は、決断に至るまでの時間が長くなってしまったのである。
建国初期においては、元老院の各議官は国家のためにと徹底的な議論を尽くし、そして各議官は優秀であり有能であった故に、上手く機能していたのである。
「シレジアに対する出征をするのであれば、賛成する貴族だけで遠征軍を編成すればいい! 私たちを巻き込まないでほしい!」
「なんだと、それは同じ連合に参加する貴族の言葉なのか!?」
「であれば、同じ連合に参加している我々の意見も尊重してほしいものだな! 君の言う出征計画に、我々になんの利があるのだ!?」
リヴォニア貴族連合建国から既に138年。建国当初の、勤勉なリヴォニア貴族というのは最早元老院には存在せず、ただ自領の利益だけを求める貴族によって構成された不毛な意見交換の場と化していたのである。
衆愚政治とも言う。
もっとも、貴族しかいない元老院の場合「貴愚政治」と表現した方がいいかもしれないが。
これが非常任議官だけの問題であるならば、まだマシだっただろう。
しかし残念なことに、常任議官の間でも「貴愚政治」は浸透していた。
「我がヘルメスベルガー公爵家としては、オストマルク帝国や東大陸帝国がどう出るかも重要な判断材料であると考えている」
常任議官であり、次期元老院議長の座を手にする予定のヴィクトア・ジークフリート・フォン・ヘルメスベルガー公爵は、出征賛成派に対してトドメとも言える発言をした。
彼の意見は、表面上は良識的である。少なくとも非常任議官よりは明らかに。
しかしその裏では、オストマルク帝国と歩調を合わせるべきだと考えていた。ヘルメスベルガー公爵家は、オストマルク帝国ロマノフ・ヘルメスベルガー皇帝家との政治的、経済的、そして外交的繋がりが深いためである。
そしてオストマルク帝国は、ごく一部のサディスティックな皇族を除けば全体的にシレジア王国に友好的であった。現時点ではオストマルク帝国がどう判断するかはわかっていない。故に、
「シレジア出征計画に正義はない。最早あの国は死に体で、介入は情勢を掻き乱すだけだ。それに我々の敵はシレジアだけではない。西大陸帝国や神聖ティレニア教皇国が、内戦介入する我々の背中や下腹部を突き刺してくる可能性もある。慎重になるべきだ」
と、反論したわけである。
常任議官には、非常任議官が持っていない「拒否権」という特権がある。それは元老院が多数決によって採決したことも、拒否権を発動することによって否決に持ち込むことができる。
ヘルメスベルガー公爵は、その拒否権を遠回しにチラつかせたのである。
「その通り、公爵殿の言う通りであります!」
「ヘルメスベルガー公爵殿の意見に賛成です!」
常任議官の反対を得た出征反対派非常任議官はこぞって叫んだ。
その後数十分に亘って、出征賛成派議官と反対派議官の議論、と言うより口論が続いたものの、ヘルメスベルガー公爵が意思を曲げることはなく、
「投票結果。賛成8、反対4、棄権3。ヘルメスベルガー公爵が拒否権を発動したことにより、当案は否決とします」
元老院議長ザイフェルト公爵はそう宣言するしかなく、彼は人知れず頭を抱えるしかなかった。
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キリス第二帝国帝都キリス 叡智宮謁見の間。
第七次オストマルク=キリス戦争の結果、キリス第二帝国は建国以来最大の敗戦を経験したと言っても過言ではなかった。
キリス第二帝国が、大陸における「瀕死の病人」と揶揄されるようになったのもこの時代からである。
敗戦の結果、キリス第二帝国は西部グライコス地方を失い、エーゲ海に浮かぶクレタ島という拠点も制海権と共に失った。
グライコス地方に新たに建てられた「グライコス大公国」は名目上は完全自由なる独立国であったものの、事実上はオストマルク帝国の傀儡国家であり、軍事や外交だけでなく内政においてもオストマルクの強い権力の下にあった。
オストマルク帝国は将来、事務的とも言える手続きを取ってグライコス大公国を併呑するのは明らかであり、そしてそれはキリス第二帝国にとって国防上看過できない事態でもある。
故に皇帝バシレイオスⅣ世は国内貴族の批判を真正面から受けて、大宰相と共に退位。
代わって即位したのは、齢14にしてバシレイオスⅣ世の愛妾の娘、メリナ・アナトリコン。大宰相には先帝バシレイオスⅣ世政権下で書記官長を勤めたコスタス侯爵。
キリス第二帝国の未来は、うら若き新皇帝にして女帝メリナと、大宰相コスタス侯爵の両肩にかかっていた。
「シレジアで内戦か」
メリナは、長く伸びた髪を鬱陶しく掻き揚げながら、目の前で膝を折るコスタス侯爵に尋ねた。
「左様です、陛下。去る8月31日、シレジア王国内で長きにわたり水面下で対立していた国王フランツと王弟カロル大公がついに剣を交えたとのことです。王都は戒厳令下にあったため報告が遅れたこと、誠に申し訳なく……」
「その点については其方の責任ではない。謝罪など不要だ」
両人にとってシレジアで起きた内戦というのは、非常に興味深いものだった。たとえキリスと国境を接していなくとも、キリス第二帝国最大の仮想敵国、オストマルク帝国とは国境を接している。
「私たちは強力な敵国と対峙しなければならない状態にある。だからこそ、同盟を模索しなくてはならない、ということか。かつてシレジアがやったように」
歳相応の、どこか舌足らずな喋り方で、メリナはコスタスに語りかける。
即位したばかりのメリナは政治の素人であり、帝位継承権が与えられてないも同然であったために、彼女は女帝としては不適格だった。
だがメリナ自身はそれを自覚しており、だからこそ、せめて斜陽の帝国の君主として奮起した。
「『遠交近攻』の策が正しいとすれば、私たちの味方はシレジアであるということか」
遠交近攻の策。
遠きと交わり近きを攻める。敵に二正面戦争を強いて相対的な有為を得る戦略である。強大な帝国に立ち向かう瀕死の病人にとっては、最善の策であるはずだ……と、メリナは考えたのである。
「……となると、シレジアでの内戦がどう転ぶかによって、私たちの命運も決まると言うことか」
キリス第二帝国最後の皇帝として歴史の中に消えるか、帝国を再建させた皇帝として讃えられるか。
女帝メリナ最初の外交政策が、シレジア内戦への対応だったわけである。
「其方はどう思う、大宰相コスタス」
「現在優勢となっているのは大公カロル・シレジア。彼の者は東大陸帝国と深い繋がりがあります。一方劣勢に立たされている国王フランツには、そのような伝手はないようです」
カールスバートとも繋がりはありますが、弱国故に今回は無視してよろしいかと存じます、と彼は続ける。
「オストマルク帝国のほうはどうだ?」
「……やや複雑です」
コスタス曰く、国内で「シレジア分割派」と「シレジア同盟派」の論争が再燃しかけているとのこと。
それはオストマルク帝国皇子ヴァルターが火を煽った結果、なりを潜めていた分割派諸貴族が再び息を吹き返したのである。依然、シレジア同盟派筆頭の外務大臣クーデンホーフ侯爵が優勢であるが、内戦の趨勢次第ではどうなるかがわからない。
「…………」
コスタスの報告を聞いて、メリナは考え込む。
コスタスは元書記官長。書記官長とは、他国において外務大臣に相当する職責である。つまりコスタスは外交の専門家である。
彼の報告には多分に推測が含まれていたものの、彼の人となりを考えれば信頼性は高い。と彼女は判断した。
そして信用できる情報を前に判断し決断できるだけの器量が、女帝メリナにはあった。
「――大宰相コスタス侯爵」
「ハッ」
キリス第二帝国にとってオストマルク帝国は、過去7度戦火を交えた不倶戴天の敵である。
故に、女帝メリナの決断は明瞭であった。
その決断が表に出るのは、まだ先の話である。
「内戦」
意味:介入して国益を拡大する絶好の機会。




