終わりの始まり
数個の煙が天高く登る光景を、エミリアは馬車の中から見ていた。
煙の麓にあるのは王都。だが王都の城壁は既に地平線ギリギリで、かなり離れたことがわかる。
「殿下。我々はヘンリク殿の伝手を頼りに、ローゼンシュトック公爵領へと向かいますが、よろしいでしょうか?」
馬車に相乗りするマヤの言葉にも、エミリアは反応できなかった。
隣国にいるユゼフとの連絡が取れない事や、それに対する提案などもマヤは口にしていたが、エミリアはそれに反応しなかった。
まさかこんな光景を目にしながら、悲しくも王都を脱する日が来ようものとは。そんな気持ちでいっぱいで、あらゆる感覚が機能不全寸前にまで陥ったのである。
自分は何の為にいるのか。
国民の為にいるのである。
そう信じて、父を説得して士官学校に入学した。
自ら前線に立ち、己の信ずる道を歩み続けてきた。
『貴女は……いや、貴女達はやりすぎたんです』
先日、アルフレト・クラクフスキ公爵が放った言葉が頭から離れないでいた。
主君として信用できないと、そう言ったのである。主君らしく生きるために努力し続けた自分を否定された。
悩む自分に対して、マヤは言った。
『一緒に考えましょう、殿下』
それは心強くもあり、そして、未だに見出すことのできない「答え」に対する曖昧な返答であったかもしれない。
だからこそだろうか。エミリアは、声にならぬ声で叫んだのである。
『助けて』
と。
そしてエミリアは、愛する父を王都に残して――彼女自身は「置き去り」と考えて――馬車という名の、時代の奔流に流され続けていた。
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明けて9月21日。
カロル大公は、一部が黒ずんだ宰相府を見つめていた。
マヤを始めとする国王・王女派の残党の能力を、彼は軽視していたわけではない。にも関わらず、彼らは「王女」を取られてしまった。
無事な王女の存在は、王女派にとって象徴的な存在となる。
王都防衛師団においても忠誠心の欠落が明らかになっただけに、敵対勢力に象徴的存在が出来てしまったことは、さらなる大公派の空中分解を予期させるに十分である。
「――だとしても、既に我々は叛乱の鐘の音を鳴らした」
誰に対して言うでもなく、彼は宣誓するかのように宰相府に向かって呟いた。
この国の未来は、既に短かった。
大国に囲まれ、歴史に流され続けるシレジア王国にとって、残された選択肢はそう多くもない。
その少ない選択肢の中から、カロル大公は「叛乱」という手段に出た。それが「最も国民の為となる行動」であることを信じていた。
常人の目には、それが狂気の沙汰と映ることなど、カロル大公はとっくに知っていた。
しかし、いやだからこそ、彼は決断したのである。
狂気の沙汰に見えるからこそ、自分のような人間が行動しなければならないのだと。
「歴史に残る大罪人となっても構わない。赦しを請おうなどとも、当然思わない。地獄の底に未来があるのなら、私は躊躇わず地獄に落ちよう」
そのために、私はいるのだから。
「――大公殿下!」
考え事に集中したせいで、すぐ近くまで伝令の兵が来ていたことに気付かなかった。
「なんだ?」
「アルフレト・クラクフスキ公爵が、9月30日に王都へ戻ってくるそうです。領地と近隣国に関する報告と、王都の状況視察の為とのことです」
後悔するのは、親友と、その親友の家族を巻き込んでしまったことだろうか。叛乱が成功しても失敗しても、彼は何かを失うのだから。
「それと殿下。王都防衛師団工兵中隊が宰相府の修理を始めたいとのことですが……」
「いや、宰相府は後回しで良い。市街地が優先だ。それと報告にあった地下水道の見張りの強化を――」
カロルは、国王代行として、宰相として、そして叛乱主謀者の手腕を振るう。
まだ計画は始まったばかり。
計画が計画通りに動くためには、さらなる決断と努力が必要。
「その時」が来るまで、自分に休むことは許されない。
大陸暦638年9月。
シレジア王国史において初めて勃発した内戦――そして王国史において最後に勃発した内戦は、こうして始まった。
次回予告(CV.銀河○丈)
始めから感じていた、心のどこかで。
強い願望の裏にある絶望を。
激しい志の底に潜む悲しみを。
似た者同士。
王女が王女であるために、彼女は捨ててきたものの数を数える。
声にならない声が聞こえてくる。
次回 「仲間」
一足先に自由になった彼らのために。
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というわけで、無駄に長くなりましたが「偶然の世紀」編終了でございます。
次章は、長い間本編に出てくることはなく、ユ○アンが見た幻想の中のヤ○提督の如く出番のなかったユゼフくんと、それ以上に出番がなかった彼女たちがついに、やっと、帰ってきます。
長く不在だったせいで作者自身もキャラを忘れかけていますがそこはご愛嬌。
次章「エミリア殿下覚醒」編(仮称) お楽しみに!




