王都の戦い ‐脱出‐
「宰相府が燃えています!」
「元帥は、大公殿下はどうなさった!?」
「損害不明、現在調査中です!」
「とにかく急ぐんだ!」
そんな悲鳴が、王都に谺していた。
「隊長、我々はどうすればいいでしょうか!?」
「第56魔術中隊が指示を求めてきています!」
マヤとイリアが潜入した宰相府には仮設司令部が設けられていた。そこを開幕一番に襲撃され、そして数分にして仮設司令部がイリアの近接戦用上級魔術「火焔散弾」に焼かれて壊滅的ダメージを受けたことは、王都の要所を確保していた王都防衛師団に混乱をもたらした。
ある部隊は「宰相府を一撃で粉砕した勢力がそこにいることは間違いない。宰相府へ急げ」と命令し、ある部隊「司令部からの命令は変わっていない。現在地を死守する」と指示し、ある部隊は混乱し狼狽するだけでなんら具体的な指示を出さなかった。
それは、カロル大公やウィロボルスキ元帥がかつて危惧した「戦力分散」の愚を犯してしまったということでもあった。しかも、統制を失って。
さらには、この宰相府炎上と言う一大事は戦術的な意義以上の結果をもたらした。
大公派に反対する勢力、即ち国王・王女派がまだ余力を残していると王都市民や大公派に拘束されている国王派に知らしめ、勇気づけてしまったことである。
王都防衛師団第32弓兵中隊隊長「第123期士官学校卒業生」パベウ・チェシュラーク大尉は、宰相府から上がる煙を見て叫んだ。
「これより、私はウィロボルスキ元帥より課せられた軍務を放棄する。――より正確に言えば、私はシレジア王国より課せられた義務を遂行する!」
同じく、第44弓兵中隊副隊長「第123期士官学校卒業生」バルトシュ・リソフスキ中尉は、上官である中隊長を不意打ちでぶん殴って気絶させた後、こう叫んだ。
「私が忠誠を誓ったのはカロル大公ではなく、シレジア王国であり、国王陛下である。故に、私はここを離れる。――私の意思に従う者は、私に続け!」
第123期卒業生。
それはユゼフや、エミリアらと同期の者達である。
そして同期の中ではとびきり美少女で知名度も高く、成績優秀だったエミリアの名と顔を覚えている者も多く、さらに彼女が王女であると発覚した時に、親の意向を無視して密かに忠誠を誓った者も数多くいる。
チェシュラーク大尉やリソフスキ中尉も、そんな人間の1人だった。
さらには、大公派による叛乱が起きる少し前、不正事件という名目によって隊長以下部隊全員が拘束され武装解除された近衛師団第3騎兵連隊という猛獣が今まさに鉄格子をへし折ろうとしていた。
「我々第3騎兵連隊は、檻の中にいるような部隊ではないことを証明せよ!」
「王女殿下万歳!」
「マリノフスカ隊長よ、永遠なれ!」
エミリア王女に忠誠を誓い、それと同等の忠誠をサラ・マリノフスカ少佐に掲げている隊員の一部は熱狂し、そう叫んだという。
その忠誠の力だろうか。何人かが看守の首をへし折り、携帯していた武器を使って強引に鉄格子を破壊している。つまり、実際に脱獄に成功してしまったのである。
そしてそれを「近衛師団第3騎兵連隊の救出」という任務を遂行すべく地下水道から潜入したヘンリク・ミハウ・ローゼンシュトックは唖然としながら、
「……俺が来た意味はあったのか?」
と呟いたと言う。
しかし、彼の問いに答えるのならば「あった」と言える。
第3騎兵連隊が収監されていた場所には、その他多くの国王派の軍人や有力者が拘禁されていた。ヘンリクは彼らの脱獄を支援し地下水道に誘導し、脱出を助けるという大切な任務があったのだから。
こうして王都における国王派の戦力は5名から、1個連隊へと膨れ上がった。さらには多くの貴族関係者や文官も、ラデックの父親が経営するノヴァク商会が調達した馬車等を使い、衛兵に必要経費を払って王都外への脱出に成功する。
僅か5名によって引き起こした小火は、1時間と経たずして内戦の様相を呈する。
宰相府にある司令部を奇襲によって粉砕し、王都防衛師団を混乱に至らしめる。その混乱の中で要人を救出することが、マヤの作戦だった。
しかしここまで事態が転がるとは、さすがにマヤは考えてはいなかった。だがそれは、同時にエミリア王女の影響力が存外に高かったことを証明しているのである。
指揮統制の取れない大公派指揮する王都防衛師団は、日が没するとその混乱に拍車がかかった。その理由は、
「仮設司令部より報告! 大公殿下は無事です! しかし、ウィロボルスキ元帥は生存なれど重傷を負い意識不明とのことです!」
「なんだと!? では、指揮は誰が……」
「指揮は現在、軍務尚書シェルミー伯爵が執っています!」
司令部が壊滅し、混乱を治めるべき高級軍人が指揮を執れずにいたこと。そして軍事の素人が代わって指揮を執っていたからである。
シェルミー伯爵は、その才に見合わぬ地位にあって、その能に相応しくない仕事を押し付けられているのだから、最早憐みすら感じてくる。
結局、シェルミー伯爵は軍事的才能を開花させることはできなかった。彼に出来たのは燃え上がる火事と火事場泥棒を防ごうと奔走する王都防衛師団各隊の判断を追認することだけであり、相次いで蜂起する国王派を黙らせることはできなかった。
唯一の救いは、賢人宮及びその周囲を守る王都防衛師団第11、12、13歩兵大隊各隊が、命からがら生還したカロル大公の意向を受けて賢人宮を動かなかったことである。それによって、国王フランツ・シレジアを始めとした国王派貴族の身柄を奪われずに済んだのである。
混乱が収束したのは、ウィロボルスキ元帥の意識が恢復した翌朝5時30分のこと。
その間に、拘束されていたエミリア王女ら国王派王侯貴族の3割、文官4割、軍人7割が王都の脱出に成功。さらには大公派から離反した一部軍人も王都を脱したのである。




