王都の戦い ‐保険と本命‐
更新遅れて申し訳ありません。
王都市街各所で立ち込める煙を見て、王都中心部に建つ宰相府内にいる王族2人は各々どう思ったのか。
宰相府の主、事実上この国のトップとなったカロル大公は、
「――どうやら、アルフレトの娘が来たようだな」
と、冷静に事を構えていた。
既にこの時、カロル大公はマヤ・クラクフスカの脱獄を知っていたし、王都に来ている可能性も考慮していた。無論そうなれば、王都において何らかのアクションを起こすのもまた明白であると考えていた。
故に、対策は考えている。
「王都防衛師団へ通達。例の作戦の通り、王都各所の要所のみを確保せよ。暴動の鎮圧は、その後でよい」
今や王都で少数派となった国王派は戦力が少ない。王都全域を制圧できるはずもないし、最低限の策も行えない。
それは賢人宮で監視下に置かれている国王フランツ・シレジア、宰相府に監禁されている王女エミリア・シレジア、王都貴族区画や郊外の刑務所で拘束されている国王派貴族の面々の人身を確保し、しかる後に王都を脱する、という策である。
ともかくも戦力の差がありすぎる。とすれば、敵はこちらの戦力を分散させようとする。
その結果が。この王都に多く立ち込める煙である。
この煙、もとい火災と暴動に対処するために、王都防衛師団や国家警務局はかなり手を割かざるを得ないだろう。そこを突けばいい、というわけである。
それを、マヤを筆頭とする国王派が取るのではないかとカロル大公や、カロル大公に与する軍高官――例えば、王国軍総合作戦本部本部長ウィロボルスキ元帥は考えた。
それに対する策というのもまた単純。
ウィロボルスキ元帥が提出した対策案はこうである。
『敵が襲撃すると思われる要所、つまり賢人宮、宰相府、貴族区画、郊外刑務所及び交通の要所を信頼できる軍に制圧させ、その上で治安当局が個別に対処する。この時、軍は原則動かしてはならない』
敵が襲撃したい地点に軍が居座れば、そうそう襲撃されることはないし、襲撃されたとしても戦力差で圧倒できる、というわけである。
カロル大公はこの提案を是とし、新軍務尚書シェルミー伯爵を責任者として作戦を実行する、というのを決定したのがつい先日のことだった。
シェルミー伯爵はその日、初めて軍務尚書として宰相府へ入り、そして宰相府に集合した王都防衛師団各隊に対して命令を発した。
「王都防衛師団第11歩兵大隊は賢人宮の警備を、第12、第13歩兵大隊は賢人宮周囲の貴族区画に陣地を構築しここを防衛せよ。第21、22歩兵大隊は戦勝記念公園に集合してそこを守備、近衛師団第2騎兵連隊は宰相府に留まり大公殿下を警護するように」
軍事的知識に乏しく従軍経験もなく、事務方のトップでしかない軍務尚書シェルミー伯爵が責任者となったのは、政治的な思惑があった。つまりシェルミー伯爵に功を立てさせることによって、彼がその職責についたことの正当性を内外に主張する思惑があったのである。
戦力差から言って確実に勝てる相手だし、事前準備も怠らなかったし、軍事的知識に長けて武勲も立てているウィロボルスキ元帥の助言と補佐もある。どう考えても負ける要素はなかったはずである。
「第155偵察小隊より報告。現在王都15箇所にて火災が発生。一部には公共施設も炎上しております」
「工兵小隊を送り、重要度の高い施設の鎮火に専念。住宅街は後回しで良い。市民は強制的にでもよい、家に帰せ!」
「ハッ!」
宰相府1階のロビーに設けられた仮設司令部では、王都防衛師団がその練度を見せつけていた。ただしそこには、本来王都防衛師団を率いるべき師団長がいない。なぜなら彼は、現在刑務所の中にいるのだから。
「王都を守る部隊だけあって、近衛師団に引けをとらない練度です。暴動鎮圧は時間の問題でしょう」
司令部で指揮を執っていたウィロボルスキ元帥が、部隊をそう評した。
それはまず間違いない。彼らは近衛師団に並ぶ精鋭であり、さらには大公に忠誠を誓う貴族の子弟ばかりで構成されている。士気練度ともに旺盛なのだ。
しかし大公は、だからこそ彼らの油断を警戒する。
「油断するな。敵がいつまでも我々の思い通りに行動すると思わないことだ」
「承知しております」
元帥はそうは言ったものの、半ば暴動は鎮圧されたも同然であると考えていた。
暴動発生の報からだいぶ時間が経っても、要所が攻撃されたと言う報は入っていないし、麾下の隊からの報告も途絶えていない。訓練の方が難しいのではないかと思えるほどに、事は順調だった。
だがその認識は、暴動発生から暫く経った18時50分に覆る。
大公が最初に聞いたのは、何かが破壊される音であった。そしてその音と同時に、振動を感じた。
「――今のはなんだ!?」
ウィロボルスキ元帥が慌てて司令部の面々に問い掛けるが、誰もが頭上に疑問符を浮かべるのみ。ただわかるのは、音と振動が同時に来たと言うことから考えて、宰相府の近くで何かが起きたと言うことだった。
しかしそれでさえも、彼らの認識は間違いであることをすぐに知ることとなる。
「――閣下、大変です!!」
閣下、というのは果たして軍務尚書閣下のことなのか元帥閣下なのか宰相閣下なのかはわからなかった。しかし慌てふためいて報告にやってきたものの服装はどう見ても軍服ではない。つまり、宰相府の人間だったということ。
「どうした、なにがあった?」
故に、大公が応答する。
報告にやってきた初老の男は、叫ぶようにして主人に事の次第を簡潔に伝えたのである。
「賊です、賊がこの屋敷に侵入しました!」
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暴動発生前の、16時50分。
「――我々には戦力がない。故に救出対象には、遺憾ながら優先順位をつけるしかない」
地下水道にて反撃作戦の骨子を、マヤが話していた。
作戦目標は国王派要人の救出、戦力はマヤ・ラデック・ヘンリク・イリア・ユリア、ユリアは子供であるため除外され、4人となる。
その人数で、何十名もの要人を救出するなど物理的に不可能だった。
「第一に国王陛下、第二にエミリア王女殿下、第三に国王派貴族、第四に国王陛下とエミリア殿下の護衛部隊であった近衛師団第1、第3騎兵連隊。これについては皆異存はないと思う」
マヤの問いに、全員が頷いた。
それを見たマヤが提案した策は、大公やウィロボルスキ元帥が考えていた「敵の策略」とほぼ同じであった。つまり市内各所で暴動乃至火災を起こして戦力を分散させるという策である。
だが唯一、違ったところがある。
「でも、これは保険だ」
「保険?」
「あぁ」
本命の策ではなく、保険。
分散されたらいいな、と言う程度の策でしかなかったのである。
「本命は、こっちだ」
そう言ってマヤが指差したのは、戦力外であるはずの幼女だった。
「――あー、クラクフスカ嬢。正気か?」
ラデックはつい思わず突っ込んだ。そりゃそうだ。子供が本命であるはずがない。
「違う違う、そういう意味じゃないよ。ユリア殿が先ほど教えてくれたことだ」
「教えてくれたこと? 宰相府まで地下水道で行く方法か?」
「いや、それより前だ」
「それより前って……煙草の件か?」
「正解」
煙草――と称する謎の商品を、国家警務局の人間が密売していたという話。ユリアはそれがなんなのか気にも留めず、ただその日を生きるためにその行為に協力していた。
そのことが、本命だと言う。
「なんの関係があるんだ?」
「簡単だよ」
マヤは誰に似たのか、誰の真似をしているのか、不敵な笑みを浮かべて言い放った。
「煙草密売犯を脅して、協力者に仕立てあげるんだよ。情報や人員、その他諸々のね」
「…………」
「…………」
「…………」
マヤとユリア以外の全員が、心の中で呟いた。
あぁ。間違いなく「あいつ」の悪影響だ、と。
更新遅れて申し訳ありません(土下座)。
お詫び、と言ってはなんですが「砂漠の嵐編 第357話:ユゼフの帰還」にて最近出番のないユゼフくんとサラさんとフィーネさんのエピソードを追加しました。
物語の主軸とは関係ないですし、追加と言っても数百文字程度なので読まなくても大丈夫です。
べ、別に「あ、このエピソード挿入するの忘れちゃった!しかもこの話、今後の展開考えるとこれ以降の話に入れられないや!こっそり追記しとこ!」とか思ってないんだからね!勘違いしないでよね!
はい、すみません。これからもお見捨てなきよう……




