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大陸英雄戦記  作者: 悪一
偶然の世紀
392/496

黄昏の地下水道

「いいかユリア、この世で最も関わってはならないのがユリアが運んでた煙草だぞ」

「そうそう。あと浮気と不倫と不貞もだめよユリアちゃん」

「……それぜんぶいっしょ」


 王都地下水道にて、ユリアは人生で最もやってはいけない事ベスト10をラデックやイリアから教わっていた。

 その脇で、マヤとヘンリクは今後の方針を話し合う。


「それでマヤ、これからどうするんだ?」

「……まず第一に、エミリア殿下とフランツ陛下の御身を大公の手より解放する。そして未だ立場を決めかねている旧国王派や中立派の忠誠を集める。……のが、良いと思うが」


 王都シロンスクと領都クラクフにおいては完全に大公派が優勢となっているため誤解されがちだが、この時点で大公の叛乱はまだその中途だった。計画の半分まで行っていればいい方でもある。

 それは、広いシレジアの領土の端から端まで明確に情報を広げることに時間がかかっていることが理由に挙げられる。


 叛乱、いや改革の事実があり、そして国王と王女が拘束され実権は大公が握った。

 このことを各領貴族に通達するには時間がかかる。実際、このときに至ってもまだ辺境の貴族は事の次第をすべて把握してはいなかった。大公派が全面的に実権を握ったと信じる者もいれば、王都において大規模な戦闘が起きて内戦状態にあるという風聞を信じた貴族もいる。

 当然、平民レベルとなればさらに時間はかかる。


 ただ大公派による叛乱の事実があった、というのだけを把握している状態。


 マヤは、その『時差』を利用するしか手がないと判断したのである。


 だがそれは、ある事実によって実行は困難であったことは間違いない。そこをヘンリクが鋭く指摘した。


「……それしかないのはわかるが、現時点での味方が王都にいない。それに国王派貴族の重鎮が刑務所の中にいることもあって、連中の動きはかなり鈍い」


 そう、マヤたちにはあまりにも味方が少ないのである。現時点で確実に味方となって王都にいるのが、マヤ、ヘンリク、イリア、ラデック、ユリアの5名のみ。


「これだけの戦力……戦力と言っていいかもわからない人数で、陛下と殿下を救出するのは不可能だ」

「……そうだな」


 こればかりは、マヤは認めるしかない現実であった。

 しかし、それ以外の方法もないのもまた事実である。


「我々はやるしかない……それしか選択肢がないのだから」


 胸の前で拳を作り、苦しそうにマヤは断言せざるを得ない。その内心、自分の無力さに打ちひしがれているのだ。


 あぁ、どうして公爵家の娘ではない私は、こうも無力なのだろうか。と。


 しかしそこで永遠に自責の念に拘束されている程、彼女は無力ではなかった。


「陛下と殿下の両方を救うことができないのなら……どちらか一方を救うだけなら、まだ我々5人でもなんとかなる」

「なんとかなる? 上には大公派に与した連中がいる。戦力は少なくとも3個連隊だぞ?」


 ヘンリクの言葉は正しい。

 だが一方で、間違っている。それは彼が治安維持の専門家であって軍事の専門家ではないからでもある。


 マヤは、ヘンリクの言葉に耳を貸さなかった。


「『相手の得意な戦場で戦ってはならない』だよ、ヘンリク殿」


 その代わりに聞いたのは、頭の中で響く声。かつて士官学校で習った、学友の声であり、戦友の声。


「……なに?」

「ヘンリク殿。王都防衛師団の役目はなんだ?」

「それは……文字通り王都の防衛だ」

「具体的には?」

「具体的にもなにも……王都防衛師団は王都の防衛のためにある軍隊だ。それ以上もそれ以下もない」


 ヘンリクの言う通り、王都防衛師団は王都防衛のための軍隊である。

 では「軍隊とは何か」と問われれば、おおよそ「外敵から自国を防衛するために存在する組織」という答えが返ってくるだろう。


 マヤが勝機を見出したのは、まさしくその部分である。


「王都防衛師団は軍隊であって治安維持機構ではない。それは国家警務局の仕事だ。叛乱によって警務局本部は制圧され軍の管轄下にあったが、しかしだからと言って王都防衛師団が急に軍隊から警務局になったわけじゃないだろう?」

「……つまりこういうことか、マヤ。この王都で、暴動でもするのか? 確かに市街地での暴動の対処は王都防衛師団の仕事ではなく、我々国家警務局の仕事だ。だが、俺たち5人では……」

「効果は上がらないだろうな」


 ヘンリクの言葉を、マヤが引き継ぐ。

 だがその後、彼女は逆接の接続詞を挟み、こう続けた。


「だから我々が行うのは『暴動』じゃない。せいぜいが『ボヤ』だよ」


 そこまで来て、ヘンリクは理解する。

 だがそれでも危険が大きいことも同時に理解した。しかしそれでさえマヤにとっては「危険は大きいがそれ即ち成功の可能性があるということだ」と言ってのけるのである。


「どの道、私たちにはそれ以外の道はないのだ。ハイリスクが最善手さ」

「それもそうだな……」


 ヘンリクは納得した、というより折れた。

 折れるしかなかった。


「ヘンリク殿、その上で確認したいことがある。ローゼンシュトック公爵家はどちらにつくのだ?」

「無論、貴族としては国王陛下に忠誠を誓うのが当然のことです」

「――では、国王が代替わりする前に実行しようじゃないか」


 そう言ってマヤは、人生についての話が終わったらしいユリアらに話しかけた。


「ユリア、地上に出ずに宰相府や賢人宮へ行くことは可能か?」

「ここからだとじかんかかる。いちどでたほうがいいよ」

「行けるなら大丈夫だ。地上でも我々は動かなければならないからね。――ラデック殿」

「なんだ?」

「ノヴァク商会は営業中かな?」

「365日営業中だよ。叛乱なんざ知ったこっちゃない」

「なら注文がある。脱出用の馬車と御者が欲しい」

「おうよ。友人価格で安くしとくわ」

「恩に着る」


 ヘンリク、ユリア、ラデックに手伝いを頼む。そしてさも当然だと言わんばかりに、誰も嫌がらずにマヤの言葉を聞き、受け入れた。

 そして最後に、マヤはイリアに向き直る。


「ほえ? なに? 言っておくけど、私家の力も金の力も何もないわよ? お父さんは大絶賛刑務所の中だし……」

「そこはいつか解放するさ。私が頼みたいのは、イリアにしかできないことだよ」

「私ができることなんて、新魔術の開発くらいしか……」

「まさしく、そこだよ」


 マヤは微笑みながら、イリアにあることを伝える。

 するとイリアは、


「――なるほど、お披露目会ってわけね」

「そういうことだ。頼めるか?」

「勿論。私とローゼンシュトック先輩と、もう1人の努力の成果、見せてやりますとも!」


 そう言って、イリアは拳を握った。

 それを確認したマヤは、皆に向き直って宣言する。


「警務局の騒ぎが広がる前に、私は行動する。公爵家の娘としてではなく、1人の責任ある人間として、1人のエミリア殿下の友人として。だから――だから、皆の力を貸してほしい」


 マヤのその言葉に、誰も言葉を発しなかった。

 ただ強く、強く頷いただけ。




 時に、大陸暦638年9月20日16時45分。

 シレジア王国で発生した叛乱において、最初の戦いが行われようとしていた。

次回「行くぞ!ペイバックタイムだ!」

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