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大陸英雄戦記  作者: 悪一
偶然の世紀
390/496

合流

 9月20日。

 王都シロンスク、国家警務局魔術師専用特別留置所。


「さっさと出しなさいよ、この変態看守!」

「だれが変態よこの囚人!」


 その中に、内務尚書ランドフスキ男爵の娘、魔術研究局所属のイリア・ランドフスカ魔研大尉が(女性看守と盛大に口喧嘩しながら)居座っていた。


 8月31日にはじまる大公派による政変によって、彼女は2週間以上この留置所にいるのである。この魔術師専用特別留置所は、いつでもどこでも強大な魔術が使用できる上級魔術師を拘留するために作られた専用施設である。

 壁は分厚く破壊は困難。扉は鉄格子だが、それは上級魔術を使用しようとする囚人に対して容易に反撃できるようにするため。


 だがかえってそれが、イリアのプライバシーを晒す結果となる。

 いくら相手が女性とは言え、四六時中監視されているというのはとてつもないストレスであるから。


「ったく、外の様子はどうなってるのよ?」


 ここ2週間、まともに洗えていない髪をいじりながら、イリアは看守に尋ねる。

 しかし看守から帰ってくる答えはいつも同じ。


「外の様子なんて知る必要はないわ。あなたが気にしなくちゃいけないのは、遺言書の内容でしょ」


 ということである。

 シレジア唯一の政治秘密警察を抱えていた内務省、そのトップの娘。危険だと判断されて死刑……となってもおかしくはない。実際はまだそのような判決は出ていないのだが、反対派に対する一斉粛清がいつ始まってもおかしくないような状況であることは間違いはない。


 毎日毎日、聞いても返ってくるのは同じ言葉。


 しかもマヤの場合と違って、ここは本物の留置所である。娯楽なんてものはなく、彼女にできることは頭の中で魔術研究に関する論文を作成する事だけだった。


「エイフマン魔術方程式に従ってここはこうやって繋げて……いや、でもここは安全策を取って既知のスミルノフ第三定理の方が……」


 看守が聞いても疑問符が浮かぶだけの言葉の羅列。どうしようもないほどの研究バカだと脳内で罵倒していることだろうが、実は魔術研究局の現役研究員が速射性に優れた暗殺魔術の理論構築をしているとは思いもしないだろう。


 事ここに至っても、イリアはイリアのままだった。


 しかし残念ながら、と言うべきだろうか。

 その魔術理論が完成することはなく、当然実践運用されることは一度もなかった。なぜなら、


「…………あれ?」


 気付けば、女性看守が昏倒しているのだから。


「私ったら、いつのまにか暗殺魔術完成させたのかしら?」


 次に頭の上に疑問符を浮かべたのはイリア、そしてその疑問に答えたのは看守でもイリア自身でもなく、聞き覚えのある声だった。


「なに物騒なことを呟いてるんだ、イリア殿」

「………………マヤ!? なんでここにいんの!? あんたクラクフで処刑されたって聞いたよ!?」

「人を勝手に殺すんじゃあない」


 イリアの言う通り、そして来訪者の言う通り、それは生きているマヤ・クラクフスカだった。

 さらにマヤの影からは見覚えのある人物が3人。


「お久しぶりです、ランドフスカ先輩」

「相変わらず魔術バカだな、イリア」


 王国軍大尉ラスドワフ・ノヴァクと、国家警務局所属ヘンリク・ミハウ・ローゼンシュトック中佐。さらにはサラ・マリノフスカの養子であるユリア・ジェリニスカの姿があった。


「え、ちょっと待って。なんでラデックくんにローゼンシュトック先輩にユリアちゃんまで!? なにこれどういうことよ!」

「まぁ落ち着け。詳しい話は脱出してからだよ」


 ヘンリクはそう言うと、持っていた工具で鉄格子の蝶番を破壊。イリアを解放したのである。




---




 遡ること9月18日。

 マヤとラデック、そしてグリルパルツァー家に居候していたユリアが戒厳令下の王都に赴いた。マヤの立場上、出来る限り人目を避けてクラクフを発った関係で10日以上の旅路となっていた。


 エミリアに長年付き従っていたマヤとラデックは言うまでもないが、ユリアを王都にまで連れて行くことに、マヤは拘った。


「ユリアを置いてかなくてよかったのかクラクフスカ嬢」

「ユリア殿は長年王都の貧民街にいた孤児だ。役に立つ……と、そう思ってね」


 孤児ユリアは王都の貧困を母に、王都の貧民街を父に生まれ育った。そして子供とは言え辛く汚く独自の規則に支配される貧民街を生き延びた子供。

 故に、何か役に立つのではないか。


 もっとも、今回の場合は「溺れる者は藁をも掴む」という理由があったのも確かである。土地勘だけなら、王都に居宅を構えていたノヴァク商会にも同じことが言えるのに。


「なるほど。まぁ、俺もなにか手伝うよ」

「助かる」


 だが、ラデックはそれを指摘しなかった。

 指摘せずとも、マヤ自身がわかっている。それを知っているからである。


 しかし王都に辿りついたはいいものの、王都は戒厳令下にあり入ることすら困難だった。

 王都の入り口には王国軍がいる。十中八九大公派に従った王都防衛師団であり、そして不審者でしかないマヤらを見つけた瞬間通報されるに違いない。

 実際検問が敷かれており、多くの商人や旅人がその検問を前に立ち往生しているのが見て取れた。

 

「まぁ、楽勝かな」


 この状況下で、ラデックはぬけぬけと言ってみせた。


「楽勝?」

「まぁな。知り合いがちらほら見える」

「知り合い?」

「おうよ」


 そう言うと、彼は警備を気にもせずずかずかと歩き出す。驚いたマヤが不審に思われないように警戒しながらラデックについていった。


「ラデックくん、もう少し慎重に。ここで捕まったら……」

「おーい、門番さんよー」

「話を聞きたまえ!」


 ラデックはマヤを無視し、あげくの果てに王都入り口の検問所に詰めていた軍人に話しかけたのである。

 当然、その軍人は驚き、


「何奴!?」


 思わず腰にある剣に手を掛けた。その軍人の階級章は王国軍曹長。


「よっ」


 旧知の仲なのだろうか、ラデックが手を挙げると……


「……貴様! お前ら、こいつらを拘束しろ!」


 その軍人は素晴らしい手際の良さでラデックを拘束、彼の部下もそれに従いマヤとユリアを拘束したのである。


「おいぃ!? ラデックくん、君は何を……」

「あー、クラクフスカ嬢。今は俺を信じろ」

「だが……」

「いいから」


 信じろもなにも、軍人数人に拘束された時点でマヤに選択肢はなかった。マヤ1人ならなんとかなったが、ユリアやラデックも同様に拘束されているという事実がマヤにその選択を捨てさせたのである。


「曹長! こいつらはいったいなんだ!?」


 曹長の上官なのか、大尉の階級章を付けた軍人が駆けつける。マヤやラデックは彼の顔に見覚えはなく、同様に大尉もマヤやラデックのことを知らなかった。


「ハッ、こいつらが不審な動きをしていましたために拘束いたしました。叛徒共の可能性があるため、連行したく存じます!」

「くそっ……」


 曹長の報告に、ラデックが悔しそうに、しかしマヤにしか見えない角度でコッソリ舌を出した。つまるところ下手くそな演技と言う奴であり、そしてここに至ってマヤは事情を半分ほど理解できた、


「ここまで来て……」


 ので、マヤも下手な演技をすることにした。


「よくやった曹長!」

「ありがとうございます大尉! では、私はこいつらを馬車に乗せて中央に連行したいと思いますが、よろしいでしょうか?」

「うむ、許可する」


 そしてラデック、マヤ、ユリアは荷物のような扱いをされて荷馬車に放り込まれる。

 荷台には監視として曹長が乗り込み、手綱は彼の部下が握ることになった。


 検問所を通りすぎ、王都に入る荷馬車。そしてここに至って、曹長は深い深い溜め息を吐いたのである。


「……ノヴァクさん、いやグリルパルツァーさん。あんた無茶がすぎるよ」

「すまないね曹長。知り合いが見えたもんで」


 荷馬車の中で、仲良く喋りだす2人。

 そして曹長はナイフを取り出すと、ラデックらを縛っていた縄を切り落とした。


「……ラデック殿。どういうことだ?」


 事情をよく呑み込めていないマヤが、2人に尋ねる。答えたのはラデック。


「なに、俺も一応商家の息子だからな。高貴なる殿下やクラクフスカ嬢には黙っておきたかったんだけど……まぁ、これでも常日頃『必要経費』を払っているからな」

「……は?」


 ラデックの遠回しな言葉に、一瞬マヤは意味を掴み損なっていた。

 だが段々と、その言葉の意味に気付いていた。


 ラスドワフ・ノヴァクの実家、ノヴァク商会は宝石商。王都に住む富裕層や貴族が主な顧客である。故に王都での活動は活発だし、商品を王都に持ち込むことは多い。

 ……その時、王都の検問を抜けるための『必要経費』を払っている。関税とか手数料とか、そういうもの以外で。


「曹長ってのは、意外と安月給でして……いつもいつもお世話になってます、グリルパルツァーさん」

「おう。これが終わったら、親父に言ってまた商品運ぶから」


 繰り広げられる会話に、マヤは頭を抱えるしかなかった。

Warspite? えぇ、ダブロン払って手に入れましたよ?

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