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大陸英雄戦記  作者: 悪一
偶然の世紀
387/496

マニュアル

 屋敷から離れ、クラクフ市街で人気のない場所で私は宿を取った。安宿もいいところだが、官憲が蔓延る戦場よりは屋根と寝具がある分マシだ。


 私はそこで、ユゼフくんから、そしてステファン兄上から手渡されたマニュアルを読んでいた。


 マニュアルは、かなり分厚い。

 推定される多くの事柄、即ち戦争、政争、政変、謀略、災害と言った大規模なものから、ユリア殿が「カレーが食べたい」と言った時の対処法までが記載されていた。


 そして「マニュアル」と言う堅苦しい言葉とは違い、平易な文章でかつわかりやすく書かれていた。まさしく友人にだけ読ませるべく書かれた文章であり、そしてそれはまるでユゼフくん本人が語りかけてくるような、そんな文章だった。


 その「マニュアル」は、こんな出だしで始まっている。


『このマニュアルは、緊急事態が起きた時のために用意されたものです。けど、出来れば平時から読んでおいて欲しいですね。そうすれば初動が速いでしから。……とは言っても、これを私が手渡す相手でそういうことを思いつかないのってサラくらいなものだと思いますが』


「…………そういうこと言うと、またサラ殿に殴られるのではないか」


 私は私のことを無視しつつ、マニュアルを読み進めた。

 政変について書かれていたのは、13ページ目である。




---




「『叛乱』と『クーデター』の違いは、前者が『支配者に対する攻撃』という意味で、後者が『国家に対する攻撃』という意味なんですよね」


 マニュアルから……いや、ユゼフくんの答えが返ってくる。

 無論これは私の勝手な想像の産物だが、しかし読み進めていると自然と彼が直接話しているような錯覚に襲われる。


 その産物の世界では、彼はいつものようにコーヒーを飲みながら、肘をついて、明後日の方向を見たり俯いたりしながら説明している。


「今回の大公派の場合は……どうなのだろうか。フランツ陛下やエミリア殿下とは叛逆を起こしているが……国家に対する攻撃というのは当てはまるのか?」

「まぁ、そこら辺の定義は余所に置きましょう。どちらにせよ、我らが殿下が危機にあり、私たちの立場も危うくなっているのですから」

「そうだな……。じゃあ、今回の場合、私はどうすればいいだろうか」

「まぁ、落ち着いて状況把握からですよ。情報は生命線と言いますからね」


 マニュアルと会話をし続ければ、いくつかの想定される事案があった。


 1、国王派貴族による、大公派の専横に対する叛乱。

 2、大公派貴族による、国王派の政治に対する叛乱。

 3、王国軍による、政権奪取を狙ったクーデター。

 4、国王自身による、大公派弾圧のための逆クーデター。


「『逆クーデター』なんてものがあるのかい?」

「ありますよ。国内に面倒な対立組織があって、でもそれを潰すのは国法に抵触する。そんな国の君主が軍隊を使って無理矢理対立組織をぶっ潰す……。歴史上、何度かある話です。独裁者になりたい人が良く使ってますね」

「そんなものが……いやしかし、今回の場合は違うか」

「今回の場合、一番近いのは『2』ですね。大公派貴族、というか大公による叛乱です」

「王都防衛師団も叛乱に参加していると聞く。『3』もあるのでは?」

「それは微妙かな……。情報が少ないですね。なにせ軍によるクーデターにも種類が2つありまして」


 2-1、王国軍総司令官、総合作戦本部本部長など、軍部高官の支持によるクーデター。

 2-2、一般部隊の士官が主犯となって起こすクーデター。


「将官はともかく、佐官だと? ありえるのか?」

「ありえるかはともかく、国家体制や思想によっては可能です。某国のクーデター未遂事件なんて主謀者は陸軍大尉だったらしいですよ」

「なんと……」


 大尉でもクーデターが起きると言うのなら、佐官レベルでも可能かもしれない。連隊を率いる大佐であれば3000名の兵を動かせる。

 あるいは士官数人が同調すれば、師団司令官や佐官級の人間の支持がなくともクーデターを実行できる。


「しかし、佐官だ将官だのの違いが重要なのか?」

「かなり重要ですね。指揮系統の問題がありますから。下っ端は基本的に長い物にまかれたいですし」


 最高幹部級の人間が指揮統率すれば、大抵の軍人は拒否する権利がない。忠誠心の問題もあるだろうが、フランツ陛下への忠誠心よりクーデター主謀者への忠誠心が高ければ問題ない。


「逆に佐官級が主謀者である場合、他の部隊の指揮系統は『正当な』指揮官が持っています。その指揮官が殺されたり収監される前に、鎮圧の指示が出せれば問題ないかと」

「だが、私が地下牢にいる間に叛乱は進んでしまった。多くの正当な指揮官は監禁乃至軟禁、あるいは既にあの世の河を渡っているのではないか」

「だとすると答えは簡単です。その指揮官の救出が任務です」

「簡単に言ってくれるものだな……」

「やるしかないと思いますけどね。なぜなら私たちはフランツ国王陛下とエミリア王女殿下を人質に取られているのですから。賢人宮か宰相府から要人を助け出さなければならない、と考えると収容所襲撃の方が簡単です」

「……道理だな。だが問題はどちらを優先すべきかだ」

「状況によりけり、ですかね。それは王都に行って確かめるべきでしょう。幸いなことに、私たちには信頼できる仲間が多くいるんですから」

「しかし、最も信頼でき、かつ実力のある父上が裏切ってしまった。どうすればいいか……」


 公爵家の力は偉大だった。

 いや、偉大である。

 今もって、その力を感じ取っているのだから。クラクフスキ公爵家が敵に回っただけで、こうもやりづらいとは。


「まぁ、可能性としては考えてましたけどね」


 だが彼、マニュアルと言う名のユゼフくんは恐ろしい事を言ってみせた。


「父上が裏切ることを予想していたのか!?」

「物証も状況証拠もない、ただの妄想の産物ですよ。ただ、敵の最大の味方を懐柔して寝返らせれば、それだけで有利に立てます。政治や経済の面でも、精神面でもね」

「…………」

「ただまぁ、このタイミングとは思いもよらなかった……いや、このタイミングだからこそなのかもしれませんね。エミリア殿下とマヤさんが離れ離れ、そして殿下と共にいた私とサラさんと、ついでにフィーネさんもオストマルク行きですから」

「そうだな。父上が一番よく知っていたわけだ。これほどエミリア殿下が手薄な時期はないと」

「そういうことですね。他にも色々理由はありそうですが、まぁそこの話も後日の事としておきましょう」


 そうして彼は私をじっと見つめて、結論に入る。実際には見つめているのは私で、見つめているのは彼ではなく紙だが。


「やるべきことは3つ。情報収集、要人救出、そして味方探しです」

「味方か……この状況で、いるかな?」

「いると思いますよ。というか確実にこちら側についてくれる勢力を2つ程知っています」

「……?」

「わかりませんか? ランドフスキ内務尚書です。彼はイリアさんの父親ですがその前に、この国唯一の政治秘密警察を指揮監督できる立場にいます。もし大公派がそれをも牛耳ろうというのなら、内務尚書は必ず処断されるでしょう。生かしてたらなにされるかわかりませんし」

「……ということは」

「えぇ。彼は国王派と心中するか、国王派に味方して大公派を打ち倒すしかありません」


 ユゼフくんは、ドヤ顔だった。

 なんだか全てを見透かしているような顔だった。私の想像でしかない彼の姿は、リアルすぎた。


「あと、不確実ながら国王派に味方してくれる可能性がある勢力が3つか4つありますね」


 ――それが味方になってくれるかは、これを読んでいる人次第ですよ。




 マニュアルは、そう締め括られていた。

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