未来への脱獄
政変だのクーデターだのと、物騒な世の中になったもんだな。
まぁ、俺たち傭兵にとって見れば、それは仕事の機会が増えたと言うことだ。
政変主謀者の1人、クラクフスキ公爵家に雇われたのがつい先日のこと。内戦に突入かと意気揚々に請け負ってみたが、何のことはない。地下牢の監視というじゃないか。
大人しい囚人を見張っている仕事というのは退屈極まる。まぁ、仮にも公爵家の仕事。報酬は良かったし見てるだけで金が貰えると言うのは素晴らしいことだ。
が、まぁ、囚人を見て驚いたさ。
背格好や装い、立居振舞は武人だがとびきりの美人で、しかも胸はでけぇ。俺好みの女だ。なんでも、公爵の人間の政敵だそうだ。こんな女を檻に入れるなんて、もしかしたら公爵とやらは特殊性癖の持ち主かもしれない。
仕事はそんな美人を監視する事。
美人をじっくりねっとり見ても文句を言われないとは素晴らしい仕事だ。ただ何を血迷ったのか、女性看守とメイドもついてやがる。地下牢の癖に部屋も豪華だ。なんなんだろうなこいつ。
トイレや着替えの時は俺は外に出されるし。畜生め、鬱憤が溜まるぜまったく。
で、ある日のことだ。監禁から4、5日経った頃だったな。
夜の9時。
女性看守がトイレって言うから監視が俺とメイドの2人になった。そん時に唐突に囚人が言ったんだ。
「喉が渇いたな……近侍。ちょっと、紅茶か何か頼めないか? 湯が用意できなければ水でもいいんだが」
「畏まりました。すぐに用意します」
「ありがとう」
貴族っていうのは、わからんね。
囚人に紅茶。しかも最高級の茶葉に陶器に砂糖に銀製スプーンと来たもんだ。
「どうぞ。お熱いのでお気を付けて」
「……ありがとう」
囚人はそう言ってから、慎重に紅茶カップを持ち上げる。
手枷があるって言うのに砂糖を入れて溶かしてスプーンで混ぜて、お行儀よく茶葉の香りを楽しんでから口に入れる……、
「あっ」
ことはできなかった。
ハッ。手枷してるっつーのに貴族のお嬢様の真似事するからいかんのだ。
紅茶カップは囚人の右手から零れ落ち、彼女の胸のふくらみを経由してから床に落ちた。ご丁寧に絨毯が敷かれた地下牢のおかげでカップは割れなかったけどな。
「お嬢様、大丈夫ですか!?」
「あぁ、大丈夫。少し熱いが問題ないよ。ちょっと着替えを持ってきてくれないか?」
「は、はい。すぐに!」
メイドはそう言ってから階段を駆け上がった。
って、お嬢様って言ったよな? え? 何、こいつどっかのお嬢様なわけ? そんな奴がなんで鉄格子の中に……。
なんなら聞いてみるか? メイドも女看守もいないこの状況なら、話しかけても咎める奴はいないし。そう思った最中、話しかけてきたのは向こうだった。
「やれやれ。私としたことが段取りの悪いことだ……」
「……?」
意味が分からず、とりあえず無視しようと決め込んだ。
だが女は立ち上がり、鉄格子の手前まで歩いてきた。何をする気だ、と思った時それに気づいた。つい思わず俺は目を逸らす。
「看守さん、少し手伝ってくれないか?」
「……何をだ?」
目を離したまま、会話を続ける。
「紅茶を服に零してしまったんだが……見てくれないか。布が肌に張り付いて、熱いんだ」
そう彼女は言った。顔を見れば、視線で「そこ」を差した。
盛大に紅茶をぶちまけたせいか、奴の白い服は薄い紅茶色の汚れがついている。肌に張り付いた薄手の布は、その白い色を失っていたんだ。
つまり、透けていたのさ。囚人の着ていた服がな。容赦なく、胸が露出している。
「じ、自分でなんとかしろ」
「無茶を言わないでくれ。私が今どういう状況かわかるだろう?」
そう言って、徐に彼女は手枷を見せつけた。
「じゃあメイドが戻るまで我慢しろ」
「いや、ダメだね。熱くて、火傷してしまうんだ」
熱い湯で濡らされた布が肌に張り付けば、火傷する。しかも広範囲に。その理屈はわかるが……。
「だから、ちょっと脱がしてくれ。せめてここのボタンを外してほしいんだ」
「……ッ」
艶やかな体つきと表情でそう言われて、拒否できるほど俺は仕事熱心じゃあないんでね。それに監視するだけの仕事に飽きてきたところ、鬱憤晴らしには丁度いい。
俺は鉄格子まで近寄り、そして彼女に手を掛ける。
まぁ、役得と言う奴だ。ボタンを外すふりをしてそのデカい2つの球の感触を存分に味わえるんだからな。
「んっ……はぁ……」
熱いのか、それ以外のナニかがあるのかわからんが、そいつは息を荒くした。
んなことをされちまったら、こちらも衝動を抑えきれない。一気に服を開いて、溜まり続けた欲求を解放して―――――
そこからの記憶はなかった。
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「やれやれ、こういうのは私のキャラではないのだが」
私は、鉄格子越しに手枷の短い鎖で首を縛り上げられ失神した男の身体から鍵を探す。
看守とて人間。眠りもするし、トイレにも行く。性欲やストレスも溜まるものだ。
女性看守がトイレに行った時を見計らって、メイドに紅茶を頼んでわざとそれを零す。そして男性看守を――ということだ。
男を誘惑することなど私の専門外だが、成功してよかった。
初日に成功するとは思わなかったから、数日は思わせぶりな態度をとってやろうかと思ったのだが、しなくて済んだよ。
「全く、思い出すだけで恥ずかしい記憶を作ってしまった……さっさと忘れたいよ……っと、見つけた」
マスターキーを発見。いくつかある鍵の中から手枷と鉄格子の錠を外す。だがそのタイミングで、階段の奥から音が聞こえた。足音から察するに、女性看守だろう。
私は壁を背にして息を顰める。
階段を降りて、彼女が角から出てきたタイミングで奇襲をかけた。まさか牢から既に脱獄しているとは思わなかったのだろうし、死角からの攻撃に咄嗟に回避できる人間なんてそう多くはない。私の知り合いの中で出来るのはサラ殿くらいだろう。
だが流石に気絶させることはできなかった。まぁ、死ぬほど痛い思いをしているだろうが。
「あっ、あなた!? ど、どうやって外に……!?」
「そこで寝ている看守に聞けばいいと思いますよ!」
彼女を背中から鉄格子の戸に押し付け、先程まで自分にはめられていた手枷を彼女にはめてあげた。勿論、動けないよう鉄柵にくくりつけて。
女性看守を拘束して彼女の持っているマスターキーを回収後、男性看守を檻の向こうに放り込んで鍵を締めた。あとは近侍が戻ってくる前に、ここから脱出してしまおう。
「ま、待ちなさい!」
「悪いが、人を待たせているんでね」
私は地下牢を後にし、階段を駆け上がる。
久しぶりに浴びる地上の空気は心地いいものだ。
まず最初に目指すは総督府民政局統計部特別参与執務室。
あそこには、ユゼフくんが私にくれた「危機管理マニュアル」が保管されている。
マニュアルが別の部屋に移動していたり喪失していないことを祈りつつ、私は瞬く星の下を駆けた。




