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大陸英雄戦記  作者: 悪一
偶然の世紀
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王女にとって涙すべき1日

「――いい加減に離してください!」


 クラクフスキ公爵家で行われた饗宴会は、突然の事件によって終わった。

 オストマルク帝国ヴァルター皇子を名乗る人物が、エミリア王女との婚約を発表したと同時に、自分とエミリア王女が大公派に与することを選んだと発表したのである。


 無論これが策謀ではないかと疑う者は多くいたが、その者の声が外部に漏れることはなかった。饗宴会会場に現れたカロル大公が、王都防衛師団所属の1個歩兵連隊を率いて屋敷を包囲したためである。


 国王派、王女派が集まっていたこの集会において、国王派の中核となる人物が軒並み大公派によって拘束された。しかも軍の一部の支持を得て。


「おやおや、未来の夫となる男性に対してそのような態度はないだろう? まぁ、それも素敵だとは思うがね」


 ヴァルター皇子に半ば拉致される形で王国宰相府のある一室に連行されたエミリア王女。そこは貴族用客間のような部屋であり、豪華な寝台に豪華な食器があった。エミリアはその部屋で、宰相カロル大公と、大公の旧友であるアルフレト・クラクフスキ公爵、そしてヴァルター皇子と一緒にいる。


 落ち着きを見せながら下卑た笑顔を見せるヴァルター、無表情を貫くカロル大公とクラクフスキ公爵に対して、エミリアの頭は混乱、困惑の渦中にある。


 なぜ、どうして。

 国王派筆頭と言われたクラクフスキ公爵がなぜ裏切ったのか。


「どうして、どうしてですか! 答えてください、公爵!」


 その怒りを、エミリアはぶちまけた。涙ながらに、叫んだ。


「……簡単な話ですよ殿下。私は領民を守りたいだけ。そのために、カロル殿下の下についたのです」

「どうして……?」

「貴女は……いや、貴女達はやりすぎたんです」


 俯きながら、クラクフスキ公爵は答えた。


 事の始まりは大陸暦637年8月……つまり、ちょうど1年前の出来事である。

 この時に何が起きていたのか。それはエミリアは良く知っていた。なにせ、自分も当事者となっていたからである。


 それはサラ・マリノフスカ少佐に対する冤罪事件「マリノフスカ事件」が起きた月である。


 これはユゼフの策謀やエミリア指揮による領都封鎖という手段によって冤罪であることが証明され、王都においては財務尚書グルシュカ男爵を取り込むことに成功した。


 だがその一方で、この事件に不安を抱いたものがいたのである。

 それが、クラクフスキ公爵だった。


「あの時、殿下は政治的な綱渡りをしただけでなく、数多の領民の命を危機に晒した。確かにオストマルク帝国の協力や、事前の根回しや協力者の存在あってこその手であるが、私には『たった1人の士官のために数万の市民を危険に晒した』としか見えなかったのだ」

「それは……」


 確かにそのことは、ユゼフもエミリアも感じていたことではある。

 だからこそユゼフは「自分が責任を取る」と言い、エミリアも「ユゼフさんだけに責任を負わすことはできない」と考えたのである。

 しかしその思いが、エミリアの首を絞めた。


 このことに不安を覚えたクラクフスキ公爵は、旧友であるカロル大公と会う機会が増え、そしてあるときこう言われたのである。


『アルフレトが忠誠を誓うのは国王派なのか? それとも、領民なのか?』


 これが、公爵が裏切りを決意した言葉である。


「私は領民を守る。そのためなら、甘んじて『裏切り者』という蔑称を受け入れよう」

「……ッ」


 エミリアは何も言えない。

 自分自身、民の為と思い戦ってきた。そのために自分が王位を継ぐのだと考えた。

 だがいつしか、手段と目的が逆転してしまったのではないか……。エミリアはそう考えずにいられなかったのである。


 自分の不甲斐なさ、無能さを再び思い知るエミリアには、もうすでに怒りはない。

 ただただ、悲しいだけ。


 そのエミリアの感情を読めないのか、あるいは知っていてわざとなのか、ヴァルター皇子が微かに笑いながら口を開く。


「なるほど。自己保身のためと思っていたがまさかそんな綺麗な話があったとは、なるほど驚いたよ公爵殿」

「……ッ!」


 エミリアは婚約者を、いや元婚約者を睨みつける。

 これが本当にオストマルク帝国の皇族なのかと疑いの目をかける。


「怖い目だな。私だって国益に適ったことをしているだけさ、我が妻よ」

「あなたに『妻』だと言われる筋合いは……第一、オストマルクの国益は分割戦争ではないでしょう! なぜ、あなたはこんなことを!?」

「なぜ、なんで、どうして。そればかりだね。私の妻となるならもう少し教養を付けてもらわないと困りますよ……あぁでも、バカは見ていて楽しいか。特にこうやって自分が正しいとしか思っていない、純潔な女子はね……」


 そう言って、エミリアの顎を触る皇子。それは恋人同士がキスをする前によく行われる行為であり、ヴァルター皇子はそれを狙ったものだが……。


「触らないでください!」


 エミリアはそう叫び、皇子を突き飛ばした。

 実際には体格差があるため、離れたのはエミリアの方であるがそれは重要ではない。このような「狂人」に対してそのようなことをすれば、自ずとその「狂人」が次に行う行動は決まってくる。


「……ふふっ。私から逃れようなどと、貴様にその権利があると思っていたのか!!」


 皇子は叫び、持っていた杖をかざしてエミリアの顔面目がけてそれを振るおうとした。狭い室内で、避け切ることは叶わない。

 だが、


「――皇子」


 カロル大公が低い声で、それを止めた。


「……なんですか、カロル大公。私は今取り込み中なのだが」

「それはわかっていますが、私にも、数少ない親戚が暴力を振るわれている光景を黙って見ていることは出来ない心がありますので」

「ふーん? 今更家族愛かい? まぁ、確かにこのように綺麗な人形の顔を傷つけるのは野蛮だね。『今回は』やめておこう」


 殊更言葉を強調するヴァルター。

 確かに夫婦であるならば、そのような事はこれから何度も起きるだろうし、それ以上の事も何度も起きるはずである。その度に同じ反応をされては、ヴァルターとて困るだろう。


「優しい優しいカロル大公に免じて、頭がお花畑の私の妻にヒントをあげよう」


 今にも崩れ落ちそうな程に憔悴しきっているエミリアに近づき、彼女に触れないよう細心の注意を払いながら口を耳元まで近づける。そして微かな息とともに「ヒント」を、羽音よりも小さな声でエミリアの鼓膜に届けた。


 帝国内務省高等警察局、と。


 瞬間、エミリアは崩れ落ちた。

 皇子のヒントを理解した。


「――さて、と。私としては、これから妻と愛を確かめ合いたいのだが……」


 その場にへたりこむエミリアを見ながら、ヴァルターは告げる。だがそれに対し、クラクフスキ公爵が首を横に振った。


「その前に、ヴァルター殿下は母国に帰るべきでしょう。まだ計画は途中……愛を確かめ合う余裕などございません」


 それはエミリアに同情したのか、あるいは最後の情けだったのかはわからない。

 ただ、計画がまだ途中であることは事実であった。


 国王派貴族の多くを捉えたとはいえ、まだ多くの敵対者が王都に、王国にいる。そして帝国にもいる。その排除が先であると。


「そうだね。まぁ、私とエミリア王女は運命の赤い『鎖』で繋がれているのだ。それに……楽しみは後々まで取っておこうかね……」


 そう言って、ヴァルター皇子は大公と公爵に別れを告げ、部屋の外に待機していた彼の護衛と共に宰相府から出た。


 残された大公や公爵も、ヴァルター皇子が宰相府から出たことを確認して動き出す。


「大公殿下。私は一度領地に戻り、家族の様子を見てきますがよろしいでしょうか?」

「あぁ、構わない。『娘』によろしく言っておいてくれ」

「畏まりました。では」


 そう言って頭を下げ、部屋の外を出る公爵。それと入れ替わりに、軍服を着た下士官が部屋に入ってきた。


「宰相閣下。王都防衛師団第1歩兵連隊が王都各所の重要拠点を制圧し、閣僚を含む重要人物を拘束しました。第2歩兵連隊は賢人宮を制圧。また近衛師団第1騎兵連隊は、同第2騎兵連隊が拘束しました。しかし小規模ながら戦闘が起きた模様で、若干の死傷者が出た模様ですが……」

「ふむ……それは仕方あるまい。第3騎兵連隊の方はどうか?」

「部隊権限は剥奪済みですので、武装解除の上全員拘束しております。この計画に賛同しなかった軍人や貴族も、国家警務局や王都防衛師団が拘束済み。現在、国王陛下を含む貴族及びその子弟は貴族区画に軟禁。それ以外は王都郊外の刑務所に移送中であります」

「大変結構。それでは本日一七〇〇時を以て、王国全土に宰相権限で無期限の戒厳令を敷く。また王都には夜間外出禁止令も出す。警戒を厳にせよ」

「了解。では、失礼いたします」


 エミリアに構わず、カロル大公はやるべきことをやりはじめた。最大の政敵であったエミリアに、最早興味がないかのような振る舞いである。

 彼はそのまま、エミリアを一瞥もせずに部屋から出、そして鍵を閉めた。扉の向こう側には、王都防衛師団の人間が2人立っている。部屋の中には誰もいないものの、窓ははめ殺しの改装を受けていた。


 完全なる監禁状態。


 自分が物理的に、政治的にどういう状況にあるかを、エミリアは理解した。


「…………どうして、どうして……!」




 彼女の脳裏には、今までの記憶が走馬灯のように浮かぶ。


 楽しかったこと、嬉しかったこと、悲しかったこと、そして……今起きたこと。全ての記憶が瞼の裏側に映し出される。


 今のエミリアにあるのは、悲哀と、そしてありったけの涙と後悔だけだった。


ヴァルター皇子はコウノトリを信じてるような純粋な女の子を××して汚すのが好きなタイプです。

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