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大陸英雄戦記  作者: 悪一
偶然の世紀
378/496

陰り

 ――王都シロンスク郊外、クラクフスキ公爵家邸宅の園庭。大陸暦638年8月31日11時40分。


「此度はこのような粗雑な饗宴会にわざわざ足をお運びなさってくれて、誠にありがとうございます、国王陛下、王女殿下」

「いや、こちらこそ招待してありがとう、公爵。なかなか盛り上がっているみたいじゃないか」


 王国随一の権威を持つ貴族、クラクフスキ公爵家において饗宴会が開かれたその日、王都は太陽が雲に隠れたために少し肌寒い天気であった。夏ということもあってエミリアを始めとした貴族は比較的薄着であったが、はやくもそのことに後悔の念を覚える者もいた。


「私としたことが、陛下に寒い思いをさせてしまうなど不敬の極み……。こうなれば、やはり屋内開催にすればよかったと……」

「そこまで気に掛けなくてもよいさ。天気と女心は移ろいやすいというではないか」

「いやはや。しかし亡き皇后陛下は一途であったと聞き及んでいますが――」


 国王フランツと、クラクフスキ公爵は暫し会話を楽しんだ。

 国内が二派に分かれているシレジア王国。その一派たる国王派、あるいは王女派はクラクフスキ公爵家と深い縁で結ばれている。それは公爵家先代当主が、当時皇太子であったフランツと懇意の仲にあったことから始まる。


「公爵こそ、領地経営が順調だと聞くが?」

「いやいや。それは私の息子たちが頑張ってくれているだけですので。それに、エミリア王女殿下……いえ、軍事査閲官エミリア准将閣下の才能・見識あってこそであります」


 そう言ってクラクフスキ公爵はエミリアに話題を振る。


「過分な評価を閣下より戴き、恐縮せざるを得ません。私は、ただよき友人に恵まれただけですので」


 そのエミリアの言葉は本音の割合の方が多かったことは事実だが、果たしてそれがクラクフスキ公爵に届いたかどうかはわからなかった。しかし少なくともここで、クラクフスキ公爵はエミリアの友人にして自分の娘であるマヤに言明しなかった、というのは事実である。


「おおっと、私ばかり国王陛下や王女殿下の御言葉を独占するわけには参りませんな。このような場ですが、どうかごゆっくり料理と、我が公爵家自慢の庭園を楽しんでください」




 クラクフスキ公爵と別れ、フランツとエミリアは共に貴族の面々へ挨拶する。特にエミリアは、この場が自信初めての貴族会合ということもあって「エミリアの顔を覚えて貰い、そしてエミリアも貴族の顔を覚える」という大事な業務をすることとなった。


 しかしそれでも、エミリアの先輩にして魔術研究局の研究員イリア・ランドフスカの父である内務尚書ランドフスキ男爵や財務尚書グルシュカ男爵、前王国軍総合作戦本部本部長モリス・ルービンシュタイン元帥などの見知った姿もあった。


 特にルービンシュタイン元帥に関しては、春戦争において世話になった人物であり、エミリアにとっては特に会話したい相手であったとも言える。


「元帥閣下、お久しぶりでございます!」

「おお、これは殿下。お久しぶりでございますなぁ……。しかし殿下、私はもう退役した身ですので元帥ではございませんぞ?」

「いえ。私にとってはいつまでも、敬愛すべき元帥閣下であることには変わりありません!」


 モリス・ルービンシュタイン元帥は王国子爵家の三男であり、彼自身戦功によって退役後に男爵の地位を得た。

 だが彼は春戦争以前はその年齢故に政治的中立の立場にいた人間だった。しかし春戦争以降、エミリアの類稀なる軍事的才幹にほれ込み、すっかり王女シンパとなったようである。

 そのためにルービンシュタイン元帥は退役を余儀なくされたのでは……という噂が宮廷内で飛び交っていたが、元帥自身が退役を望んでいたということもあって信憑性は高くない。


「しかし今はこうして軍服を脱ぎ、短い余生を送っていますからなぁ……」

「私としては、いつでも軍役に復帰してくれても構いませんよ」

「いやいや。もうこの老体では、軍務も満足にできませんで。もう孫の成長を見守ることが、唯一の楽しみですわ」


 そう言って、快活な笑いを見せるルービンシュタイン元帥は、エミリアの目にも確かに老いたように見えた。かつて総合作戦本部の本部長執務室にいたころの彼とは、目の鋭さや頑健な雰囲気というのが消えているのである。

 軍人が退役するとこうなるのか、というひとつの例と言えよう。


「あぁ、孫で思い出しましたが……エミリア殿下は婚約が近いと聞き及んでおりますが?」

「はい、事実です。オストマルク帝国の皇太子と婚約する予定です。と言っても、私はまだ相手と会ってすらいませんが」

「そうですか、帝国の皇太子ですか……。ヘルメスベルガー=ロマノフ皇帝家は揃って美男美女らしいですからな。きっとよき貴公子であることでしょう。期待できるのではないですかな?」

「ふふ、そうですね。でも私は、容姿より内面を重視したい乙女でもあります」

「ハッハッハ。そうでありますな。私も妻とは政治結婚でありましたが、顔に見合わず気が強くて……軍隊生活の方が楽だと何度思ったことか」


 元帥は、いやこの老人は孫と語らうかのように昔話を楽しそうに話していた。

 エミリアもその元帥の昔話を楽しく聞いていたのだが、しかし内心は複雑な心を持っていたことは確かである。その心が時を経て肥大化する前に、エミリアは「他の方もお待ちですから」と言って元帥の下を去った。


 しかしその次に挨拶した貴族も、その次の次に挨拶した貴族も、揃ってエミリアの婚約に話題を方向転換させたのである。

 それは、エミリアにとっては拷問に近い何かであった。

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