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大陸英雄戦記  作者: 悪一
偶然の世紀
374/496

昔の話3

 大陸暦614年3月18日。

 父、ヴァツワフ・シレジアが崩御。王位継承権第1位たる兄、フランツ・シレジアがその後を継いだ。


 元々体が強くない父の死は、こう言ってはなんだが意外ではなかった。

 無論、息子として嘆き悲しんだが、それだけだった。


 先王ヴァツワフの遺言に従い、現王フランツ・シレジアを補佐する閣僚陣が組閣されたのが、兄の即位の4日後のことである。

 私は、王国宰相に任じられた。政治面でのナンバー2である。父が亡くなるまで産業省の一官吏だった私が、随分と出世したものである。


 組閣後の仕事は、外務尚書と共に各国を回って外交を行うことだった。

 君主の死亡と言う時期を狙って、ここぞとばかりに内政干渉を行おうとする外国への牽制が目的である。


 だが各国共に、自国の事、あるいは他国の事で忙しかったようだ。東大陸帝国はキリス第二帝国と紛争を抱え、オストマルク帝国は国内民族問題で揉め、カールスバート共和国は大統領の交代が相次いで政情不安定。唯一まともな国家運営を行っているリヴォニアも、他の反シレジア同盟諸国が乗り気でないせいか、事態を見守ることに終始した。


 国王崩御に伴う国内問題も収束に向かい、いつものシレジア王国が戻る。そんな矢先のできごと。



 11月18日。


「カロル、聞いてくれ! 11月14日に、娘が産まれたんだ!」

「……」


 歳を取っても、礼儀は身につかないことでお馴染みとなったアルフレトが宰相府にやってきた。無論事前の約束なんてなかったが、もう慣れてしまった。


 引退した父の後を継ぎ、現在公爵家の当主をしている。そのためおいそれと公爵領を抜け出せる身分でもなくなったはずなのだが、どうやらその報告をするためだけに私の下に来たようだ。


「オティリアに似て、ソルフェリーノ色の目を持っているよ。きっと成長したら、オティリアのような綺麗な女性になるに違いないよ!」

「…………娘は父親に似るというからな。たぶん剣術バカになるだろうよ」


 オティリア殿と同じ色の目と髪を持つ美女が剣を振り回し敵を薙ぎ倒す光景を想像したが、どうも妙なしっくり感がある。オリティア殿自体は喧嘩早いと言うわけではないのだが、女性にしては長身な体格もあってその光景がよく似合うのである。


 まぁ、あくまでそれはオリティア殿の遺伝子とアルフレトのバカ遺伝子が真っ当に継承されればの話だ。意外と淑女に成長するかもしれないではないか。


「あぁ、今から成長が楽しみだよ。学校はやはり貴族学校がいいかな? だけど剣術を学ぶなら士官学校という手もある。どちらにせよ同級生男子の目を釘付けにすること間違いないさ!」


 自分の妻であるオティリア殿と似た娘をこうも褒めることができるのは、彼がオティリア殿を愛しているからなのだろう。愛だのなんだの、実に下らなくもあるが、実に彼らしくもある。


 ……唯一ダメなところがあるとすれば、今この状況の私にその惚気話をしてほしくないと言うことだが。


「アルフレト。久しぶりに会ってはしゃぐ気持ちはわかるが私は生憎忙しい。今度にしてくれないか」

「……どうしたカロル。随分冷たいじゃないか」

「別に、普通だ」

「いや、今日のお前は機嫌が悪い。カロル、お前兄と……国王陛下と喧嘩しただろ?」


 長い付き合いのせいか、こういうことの勘が良い奴である。


「なんでわかった?」

「貴族学校時代、似たようなことあったからな。で、なにがあった?」

「言うに苦しい、身内の恥だ。聞かないでくれ」

「そういうなって。俺なんて身内どころか一族の恥を何度もお前に話したんだぜ?」

「それはお前のことだろ」


 生ける恥と書いてアルフレトと読む。先代当主は随分苦労しただろう。今度挨拶しにでもいこうか。いやしかし、先代当主は兄と仲が良かったな……。

 だが、どうせこのことは王国中に、大陸中に発布される内容でもある。ここで彼に隠しても無意味。


 できればなかったことにしてほしい、身内の恥だ。




---




 アルフレトの娘が産まれた、11月14日。

 奇しくもその日は、久しぶりに兄に呼ばれた日でもあった。


 国王陛下に呼ばれた日、なら何度もあった。だが私的に、兄として呼ばれたのは何年振りだろうか。


「どうしました、陛下……いや、兄上」

「あぁ。宮内尚書へ報告する前に、唯一の家族たるお前に話を通しておくべきかと思ってな」

「……宮内尚書?」


 宮内尚書、という時点で嫌な汗が出た。

 彼の職は、王族や王宮に関わる仕事を引き受ける職である。父の葬儀の指揮を執ったり、兄の戴冠式を仕切ったりしたのも宮内尚書である。正確に言えば、前宮内尚書。


 王宮の整備をしつつ王族の世話をし、王族の冠婚葬祭の指揮を担っている部署とでも言えばいいだろうか? 無論、それだけではないのだが、それが主な仕事だ。


 そんな宮内尚書に「報告」とは、どうにも嫌な予感がする。

 そしてその予感は、どうやら当たりだった。どうしてこういう予感と言う者は、嫌なものほどよく当たるのだろうか。


「私、第7代シレジア王国国王フランツ・シレジアは、この度『賢人宮フィロゾフパレツ』にて近侍メイドをしている女性と婚姻することとなった」


 兄の言葉を理解するのに、数秒は必要だった。


 こいつはいったい何を言っているのか?


 今までにない嫌悪感が、私を襲ったのである。


「正気ですか……!」

「至って正気だよ。何か問題があるのか?」

「大ありです!」


 賢人宮に仕える近侍の身元は様々だ。

 多くの場合、爵位を持つ貴族の娘である。マナーを覚えるための場所として、また王族とのコネを得るために賢人宮で王族の下で仕えることを選ぶ者が多い。

 だがさすがに高い爵位を持つ者の娘となると少数派となる。そのため「没落子爵家の四女と婚姻を結んだ」という可能性もある。


 ……いや、もっとも忌むべき可能性がある。


「相手は、どなたなのですか?」

「……元々子爵家で近侍をしていた者でな。昨年から、賢人宮の庭師として働いていた。私の勧めでメイドに仕立てたのだ。金髪の美しい女性でな、一目惚れだったよ」

「そんなことを聞いているのではありません! その者の出自、家柄、親類縁者、他国との関係! 考慮すべき事柄が多いはずです。それを聞いているのです!」


 この無能者め、と内心で罵倒した。

 危うく言いそうになるほどに、声を荒げた。


「そう大きい声を出すな。王宮であるぞ」

「……失礼。それで、相手の身分は?」


 いや、もうこれは愚問かもしれない。

 子爵家に仕えていた近侍? 元庭師? 兄の妙な計らいでやっと近侍なれたような身分の女子が、そうそう身分の高い者であるはずがない。美人であっても、それに見合う身分がなければ意味はない。

 君主の婚姻はとにかく気を使うものだ。特にこの、滅亡間近の王国にとっては。それをこいつは、理解しているのだろうか?


「……平民だ。爵位はない」


 こいつは本当に、国というのをなんだと思っているのだ? こいつがこの国の王だと? 人がどれだけ苦労して各国を回ってきたと思う? どれだけ苦労して、各国首脳と交渉したと思っている?


 堪忍袋の緒が切れた。


「兄上! あなたは、あんたはいったいこの国をどうするつもりだ!?」


 怒鳴り声を挙げたのは、何年振りだろうか。


「今この国は、滅亡の一途にあるんだぞ!? 国の外を見ろ! 領土的野心を剥き出しにした皇帝が、大統領が、筆頭公爵が見ている状況で! あんたはいったい何をしているんだ!?」


 この王には何が見えているのだろう。

 滅亡に瀕する国。そしてその国に寄りすがるしかない、数多の国民。それがこの国の王には見えていないのだろうか?


 何度も言うが、君主の婚姻は極めて重大な問題だ。

 外国の王族を妻に迎い入れ、親戚となってこの不穏な大陸を生き延びることもある。大国は覇権拡大のため、小国は国家防衛のために行う。

 あるいは国内有力貴族の娘を妻にして、その貴族と結びつきを深めて国内の覇権を確固たるものにすることもある。


 結婚は政治だ。

 王たる者は、それを理解しろ。

 間違っても「自分が好きになったから」という理由で、なんの力も身分もない平民の子と結婚するなどと言うことはあってはならない。


 なのにこいつは、目の前にいるこいつは、それを理解できていないようだ。


「カロル。お前の気持ちがわからないでもない。だが、これは決めたことだ」

「……ッ!」


 脳が破裂しそうなほどの、苦痛が私を襲う。

 その苦痛は、恐らくこの国の悲鳴なのかもしれない。


 ……この頑固者は、もうなにも聞かないのか?


「兄上。その近侍の事が気になると言うのであれば、関係を結ぶということに関しては最早何も言いません。ですがせめてその近侍は正妻とせず、妾として傍に置いてください。そして改めて正妻を迎え入れてほしいのです」


 多妻は、宗教上認められない。

 いや、教皇国の許諾が得られれば別だが、あの国との交渉をそんなものの為に行うのはばかげている。これが最低限守らねばならぬことだ。


 だがそれでさえも、こいつは認めなかった。


「ならぬ。私は彼女を正妻として迎えるのだ。それが彼女との約束だからな」

「……は?」


 フランツは言う。

 彼女は、自分を正妻とするのであれば、王の求愛を受け入れる、と。


 これは恐らくは彼女の冗談、あるいは遠回しな拒絶だったのだろう。王が平民たる自分を求めてきたのは妾としてであって、正妻としてではないと。身分上、ハッキリとした拒絶ができない彼女の唯一の回答だったのだろう。


 だがどうやらその言葉の意味は、この国王バカには通じなかったようである。


「もう一度言う。私は彼女、元近侍マルセリーナと結婚する。これは決定事項だ」



 くそったれの大ばか者め。

 そう悪態をつくしかない、身内の恥だ。

エミリア殿下のお父様は純愛バカ

でもこういうお話って遠い未来「シンデレラストーリーないい話」として語り継がれるんですよね(白目)

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