汚職
第3騎兵連隊が公金横領を働いている。
だが、その理由はまったくもってわからない。主犯が連隊長か、補給士官なのかもわからない。
第3騎兵連隊は近衛師団直属。王族の護衛と言うこともあって、給与は一般部隊のそれと比べて格段に高い。武勲も巨大で、不満が出るような部隊ではないはず。
「……ラデックくん。このことは誰にも言っていないのか?」
「はい。とりあえず、クラクフスカ嬢にのみ話しています。どうも俺じゃ、適当な対応はできそうにもないので」
「…………」
これが一般部隊であれば、ラデックくんも私に報告することはなかっただろう。
この情報が私の下に来た理由は唯一つ。それは第3騎兵連隊が、エミリア殿下の護衛隊でもあるということ。そしてその第3騎兵連隊はエミリア殿下と共に、今王都にいるということだ。
ただの不祥事で済めば、まだ大丈夫。だがエミリア殿下の御身が危険に晒される恐れもある。まだ何とも言えないが、エミリア殿下に横領の嫌疑をかけることも可能なのだ。
事の次第を調査する必要がある。
ただの不祥事なのか、それ以外なのか。
「兄上に相談して、私も王都に行く。事が事だ。イリア殿やヘンリク殿に、直接会ってこの事件の調査をしたい」
「わかった。俺はどうすればいい? 一緒に王都に行くか?」
「いや、君にはクラクフに残ってユゼフくんからの連絡を待ちつつ、情報を集めてくれ。あと、ユリア殿と君の妻子の世話もな」
「了解」
ラデックくんはそう言って敬礼すると、ユリアを連れて執務室を出た。
取り越し苦労であれば、それでいい。だがそうでないならば……。
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同日、王都シロンスク。
エミリアはこの日、親衛隊を引き連れて近衛師団第3騎兵連隊のいる王都の駐屯地に赴いた。王都防衛師団や第3騎兵連隊を含む近衛師団の慰問である。
春戦争に従軍し、カールスバート内戦でも武功を立てた若き准将にして王女。そんなエミリアの来訪に、第3騎兵連隊以外の兵はその士気を沸かせていた。
ある兵は感動のあまり泣き出し、ある兵は興奮のあまり気絶しかけた。
他の王族や愚鈍な貴族と違って、自ら望んで最前線に立つ王女の評判は最早語りつくせない程に高い。
ある程度兵達の交流が終わったところで、エミリアはある男性の下に近づいた。
第3騎兵連隊隊長、春戦争でヴァラヴィリエ後方補給基地奇襲作戦の指揮を執った男、ダリウス・ミーゼル大佐であった。
「大佐、こんにちは」
「! これは殿下、ご機嫌麗しゅうございます」
ミーゼルは深々と頭を下げ、守るべき主君に敬意を表す。
エミリアは彼に頭を上げるよう促した後、周りを見回して大佐に質問した。
「どうですか、部隊の方は?」
「ハッ。任務、訓練、士気、全て問題ありません。良い部隊です。殿下のご学友であった、マリノフスカ少佐指導による訓練の賜物かと」
「ふふっ。そうですか。サラさ……少佐に伝えておきます」
知らない仲ではない2人は、身分の差はあれど会話は成立する。主にこの場に居ない者の話で、であるが。
訓練を指揮統率する第3科長サラ・マリノフスカ少佐による第3騎兵連隊の練度は、王国を飛び越えて大陸全体にその名を轟かせている。
それ故に、エミリア王女護衛専門部隊としての存在意義が薄れ、独立した部隊とすべきではないかという議論がある。
「……ミーゼル大佐。少し質問よろしいですか?」
「なんでしょう?」
そのことを、エミリアはずっと考えていた。
自分を護衛する人間は親衛隊があれば十分ではないか。かくも精鋭なる部隊を自分の護衛として使い潰すのは勿体ないのではないか。そのことに思いを馳せたエミリアは、現場の人間に聞いてみようとその目の前にいる連隊長に聞くことにした。
「総合作戦本部や軍務省の内部では、第3騎兵連隊を今度の人事異動で大規模に改編し、精鋭実戦部隊として新設するという意見があるそうです。それについて、大佐の意見を聞きたく存じます」
ミーゼル大佐は、少し迷うそぶりをした。
彼自身そのような意見があることは聞いている。だが彼にはどうすることもできない問題でもある。現場は、ただ上の指示に従うしかない。
「どのような命令があろうと、私は王国軍人としてそれに従うまでです」
ミーゼルは明言を避けた。忌憚ない意見を求めていたエミリアとしては不服だが、しかしそこで強制するのもお門違いだと考え、彼女はそれ以上追及することはなかった。
「わかりました。では大佐、これからもよろしくお願いします」
「……畏まりました。殿下」




