情報収集の限界点
短めです
王都を防衛する部隊というのは、シレジア王国の場合3つある。
王都全体を管轄する王国軍「王都防衛師団」、王族の住まう「賢人宮」の警備及び王族の身辺警護を担当する「親衛隊」、そして王都の治安を維持する一般刑事警察機関たる「宰相府国家警務局王都警務師団」である。
その他、間接的ながら王都を守る役目を負っている、王族に付き従い時に国家儀礼的な役割も果たす「近衛師団」が存在したが、現在この師団はその役割を外れて「精鋭部隊」としての位置づけがなされている。
そして、エミリアやイリアの先輩であり、国家警務局に所属し王都の治安を維持しつつ他の貴族領への出向をもこなす警務員ヘンリク・ミハウ・ローゼンシュトック少佐もまたこの王都にいる。
「王都の様子はどうですか?」
「特に何もありませんね。軍務尚書交代による政争が少し起きていますが、それ以外は平穏無事と言っていいかと」
8月25日の午後、エミリアは軍務省や総合作戦本部等に挨拶しつつ、最後にヘンリクのいる王都警務師団司令部に立ち寄っていた。
ヘンリクは国家警務局王都警務師団所属の少佐である。前年のマリノフスカ事件発生時にクラクフへ出向したことを除けば、彼はずっと王都において治安維持任務に就きつつ、イリアと協力してエミリアの政敵たる大公派の動きを注視していた。
「カロル大公殿下が何名かの貴族と会談したことがありましたが、定期的に行われる催しのようなもので特に怪しい点は見られませんでした。屋敷にいる協力者からも、特に情報は上がってきていません」
ヘンリクは淡々と、自身の執務机の上に散乱している資料を読み漁りながらエミリアに報告する。
その資料には多くの貴族の名前、多くの軍人の名前が記載されているが、そのほとんどがエミリアの政敵である。
「国内情勢に関してはイリアの方が詳しいでしょうが……やはり動きは少ないですね。もっとも活発に動いているのがクラクフスキ公爵領ですが」
「それはまぁ、共和国内戦やら皇族亡命事件やらで色々ありましたので……」
エミリアは、そう言って苦笑するしかない。
正確に言えばクラクフスキ公爵領が活発に動いているのではなく、クラクフスキ公爵領総督府民政局統計部特別参与という長たらしい職に就いている人間が活発に動いているのであるから。
「国外情勢に関しては、何かありますか?」
「……失礼ながら、クラクフの方が把握しているのではないですか?」
エミリアの問いに、ヘンリクもまた質問で答えるしかない。
確かにクラクフには民政局統計部という対外情報機関がある。発足したばかりとはいえ、東大陸帝国内における情報網の緻密さは目を見張るものがある。
「はい。確かに統計部特別参与からは情報を受け取っています。ですが……」
受け取っている情報は、東大陸帝国におけるセルゲイ新政策の進捗とイヴァンⅦ世崩御がその大部分を占めているのである。この大事に、彼女が欲する情報が隠れているのではないか。そう思い、彼女はヘンリクに問うたのである。
「……いえ、東大陸帝国に関しては情報はほとんどありません。帝国弁務官府への監視も継続中ですが、何分外交特権をチラつかされては手も届きませんので」
「そうですか……」
情報の不足は、エミリアを大きく悩ませるところであった。
「わかりました。とりあえず当分は、東大陸帝国と大公派貴族、そしてその関係者に関する情報を集めて、クラクフに送ってください」
「畏まりました」




