交代
エミリアの士官学校時代の知り合いの中で、王都勤務である者は多い。
同じ第123期生でも軍務省や総合作戦本部などの後方業務についた者、あるいは王都防衛師団所属の士官がその代表例である。
「エミリア殿下、お久しぶりです。ご機嫌いかがでしたか?」
「まぁまぁですね。イリアさんはどうですか?」
「まぁまぁでございます、殿下」
軍務省魔術研究局所属の魔術研究員、イリア・ランドフスカ魔研大尉もその例に漏れない。
彼女は王都にある研究所で、日夜新魔術の開発や既存魔術の改良を研究している人物であり、そして内務尚書ランドフスカ男爵の実の娘でもある。
「研究の方はどうですか?」
「私たちが開発した近距離用上級魔術『火焔散弾』の一部実戦配備が決まりました。現在は王都防衛師団、近衛師団の魔術兵を中心に順次王国軍各魔術兵隊に訓練を施す予定です。……まぁ、近年の軍事予算縮小の煽りを受けてどこまで徹底されるかどうか……」
「折角の新魔術なのに、勿体ないですね」
「ほんとですよー」
士官学校で先輩後輩だった彼女たちの関係は未だに強固なものとなっている。
エミリアは諸事情あってイリアの魔術研究を手伝い、その縁あって卒業後も彼女と連絡を取り合い、そしてシレジア王国唯一の政治秘密警察であるところの内務省治安警察局の協力を得られている。
マヤがかつて士官学校で育もうとしたエミリア王女派閥の人脈は功を奏した、とも言えるだろう。
「ここ数年……下手したら十数年、画期的な新魔術なんて開発されませんでしたからね。殿下が財務省に働きかけてどうにかできないかなーって、思ったり思わなかったり」
「善処します」
「それどう考えても予算降りないやつー……」
エミリアがエミリア王女であると判明した時から、イリアはエミリアにどう接すればいいかわからなかった。だが次第にそれも解消され、多少の余所余所しさはあるものの同じ女性としての友人という関係は築けているだろう。
だが、彼女らの話す会話の内容はひどく政治的なもの。そして政治的な話となると、より一層イリアの余所余所しさが加速する。
「そうだ、エミリア殿下。治安警察局からいくつか報告があります」
「なんでしょう?」
「まずひとつ。確定ではありませんが、どうやら軍務尚書アルバート・シュナーベル侯爵閣下が退任の意向を示しているようです」
「おや……」
現在、シレジア王国軍務尚書の地位にいるのは王女派と大公派による水面下の政治抗争に興味を見出していない中立派の貴族。中立であるがゆえに彼はラスキノ独立戦争や春戦争、あるいはカールスバート内戦時において王女、あるいは大公を全力で妨害するなどの行為をしなかった。
故にエミリアはその軍務尚書を信頼できていたのだが、それが交代するとなると話は違ってくる。
「退任の理由は、侯爵の奥さんが先日お亡くなりになったから……つまりは精神的にやっていけなくなったから、ということらしいです。事実、最近の軍務尚書の仕事はかなり遅れていたようですから……」
「では、無理に引き止めるわけにはいきませんね……。後代は誰になるのですか?」
「フランツ陛下と、宰相たるカロル大公殿下の御心次第ですが……」
軍政を統括する軍務省のトップである軍務尚書と、軍令を統括する総合作戦本部のトップである本部長職は政治的にも非常に重要な地位である。
特に現在のシレジアのような、国王と大公で対立し、且つ周辺諸国とも埋めがたい軋轢がある状況下では特に、である。
「お父様……いえ、フランツ陛下とカロル殿下の政治勢力の均衡を揺るがしかねませんね。しかしその均衡を揺るがしてしまえば、下手を打てば内戦にもなりうる……」
どこの国との政策を重視するか、どこの国を仮想敵とするか。
もし国王派が軍務尚書となれば、外交を担当する外務尚書が大公派であることを踏まえると閣内でかなりの亀裂が広まることは必至だ。
しかし大公派が軍務尚書となれば、外務尚書と結託して大公派がますます優勢となる。
様々な面で、中立派の現軍務尚書がこの国を辛うじて支えていたのである。
「その事情はフランツ陛下も知っているようです。故に、候補としては中立派貴族であるオストログスキ侯爵の名が挙がっています」
「侯爵は、確か元軍務省幹部官僚でしたわね」
「はい。今は領地経営に専念していますが、実績から考えて軍の業務にも慣れてるでしょう」
軍の事をよく知る官僚で、そして現在は中央政府の勢力争いに加担せず田舎でのんびりしている侯爵。そう言う意味では、彼は確かに次期閣僚としては適任である。
だが自らの勢力を伸ばしたい大公派にとってはそうではない。
「宰相閣下は別の候補の名を挙げているようです。大公派貴族シェミール伯爵がそれですね」
「シェミール伯爵、ですか? クラクフスキ公爵領の隣に領地を持つ……」
「はい。そして伯爵は軍務の経験が一切ありません」
イリアの言葉に、エミリアは唖然とするしかない。
まだ噂の段階であるが、どうしようもないほどにカロル大公は王女派を切り崩したいと考えているのである、と。




