王女召還の日
8月18日。
第一王女、エミリア・シレジアは王都へ旅立つ日である。
「クラクフ軍政に関しては、ヴィトルト総督への業務引き継ぎはほぼ終了しています。ですのでマヤは統計部での情報の統括、及びユゼフさんらへの連絡に専念してくれて結構です」
「畏まりました。――と言っても、兄も大変ですから手伝いますがね」
「いい妹を持った、と総督も喜ぶでしょう」
エミリアはそう笑いつつ、準備を済ませる。
そしてふと考える。
思えば、士官学校に入学してからこの方マヤと一緒にいた。
マヤと一緒に士官学校に入り、マヤと席を並べ授業を受け、マヤと共に研鑽に励み、マヤと肩を並べ戦場を歩いてきた。一部の例を除いて、エミリアとマヤは一緒にいた。
「そう考えると、なかなか寂しいものです」
「……でも、今回の場合は同じ王国内にいるのです。カロル大公派閥の動きも鈍化していますし、何も問題ないですよ」
「では、マヤは寂しくないと?」
エミリアが意地悪そうに問うと、マヤは困ったように頭を掻きながら答える。
「こう言っては『王族に対する言葉ではない』と父上に言われるでしょうが……寂しいですね」
2人は恥ずかしがりながら、でも笑いながら別れを告げる。
「では、後は頼みます」
「はい。殿下も、どうかお気を付けて」
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シレジア王国内において叛乱を企てる者にとって、大陸暦638年8月は叛乱に適した好条件が多数揃っていたと言える。
東大陸帝国皇帝イヴァンⅦ世の崩御。
エミリア王女の王都召還。
第七次キリス=オストマルク戦争の勃発。
それに伴って、王女派の人間が一部オストマルクに出立。
さらに、王国軍の人事異動時期が重なる。
「今こそ、我らが立ち上がる絶好の好機ではないのか」
華美な衣装を着た男が、豪奢な屋敷の中にある豪勢な応接室でそう話す。
彼の周りには、同じように贅を尽くした服を着用した者達がワイングラスを片手に佇んでいる。
「いや、まだ早いのではないか。この時期に事を起こしても、彼らは我々を助けようとはしないだろう」
「だが貴君らもわかっているはずだ。奴らは時間と共に勢力を拡大させつつある。今度の戦争の結果如何によっては、覆しようもないほどの差が開くのだ」
彼らの敵は、国内だけではなくなった。利権絡み合う大陸東部情勢、戦後復興が始まったシレジア王国には内外の官民あらゆる資本が投入されている。
例えば、王女派クラクフスキ公爵領にはオストマルクの民間資本が多数投下されている。そしてその資本投下を主導しているのは勅許会社グリルパルツァー商会、つまりオストマルク帝国政府の息がかかっている。
だがそのような事情は、何も王女派貴族領だけではない。
「終戦後、王国東部貴族領では対東大陸帝国貿易が再開されている。規模はまだ僅かだが無視できない。彼の国との繋がりは今後重大な要素となるのだ」
「それはわかるが……。それを言えば南部貴族領はオストマルクと繋がりを得ているぞ」
「だからこそ、この時期なのだ。今事を起こしても、敵国は介入しない。いや、できないのだ。オストマルクはキリスと戦い、東大陸帝国は皇帝崩御でそれどころではないのだから」
1人は強く主張し、1人は慎重論を唱える。他の者はそれを聞き、どうするかを決めかねる。
その時、扉がノックされる男が部屋に響く。
屋敷の主が返事をすれば、現れたのは彼の執事。
「御歓談中、申し訳ございません。閣下に至急の連絡がありましたので、よろしいでしょうか?」
「構わん、申せ」
許可を得た執事は、主人に伝える。
その情報は王国にあってはさしあたって特異なものであったわけではない。むしろ日常茶飯事であり、外部から見れば普通のこと。いや、この場合は内部から見ても普通のことであった。
だがこの情報が、屋敷の主に事を決心させたのである。
「……諸君。今がその時だ」
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