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大陸英雄戦記  作者: 悪一
砂漠の嵐
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音信不通

 シレジアのクラクフを出発したのが8月12日。

 オストマルクのエスターブルクに到着したのが8月14日。

 東部戦域到着が8月18日。


 そこから今日、11月15日に至るまで全くシレジアの情報を把握していなかったのは、単純に忙しかったからという理由があるにはある。

 軍事顧問だから作戦に口を出したりするだけ、と思っていたのだが着任してからずっと前線に立って時に海に飛び出て無茶な事をして、気づいたら3ヶ月も経っていたのだ。


 シレジアを気にする余裕がなかった、というのは言い訳っぽくなるが、そういう理由で情報をこちらから手に入れようとしなかった。


 でもそれ以上に、シレジアからの連絡がなかったのも大きな理由だ。

 エミリア殿下やマヤさんからの連絡がない。特にマヤさんには定時連絡を求めていたのだけど、それがない。シレジア大使館の妨害を受けないよう、独自のルートで行ってくれとも言ったがそれでも来なかった。


 戦場を転々としているから、というのも考えた。

 ではなんで、オストマルク領に戻っても何も来ないのかというのがわからなかった。


「マヤがサボったの?」


 サラはそう言うが、マヤさんがそんなことでやめるとは思えない。


「戦場で伝令が上手く届かないことなんてよくあるけど、3ヶ月も不通なんて尋常じゃない」

「……じゃあ、なんで?」

「嫌な予感しかしないよ」


 手違いとか事故とか、そういのが起きたとしても3ヶ月は長すぎる。


 フィーネさんを通じて、帝国外務省情報省、必要とあれば在帝国シレジア大使館に確認しているが、結論は出ていない。


「終戦は近い……。こうなったら、適当な理由を付けて帝都に戻ろう」

「いいの?」

「いいんだよ。それにもう、大きな戦いは起きない。終戦交渉は当事国政府の仕事さ」


 そう言うわけで帰る支度だ。

 行きと違って、慌ただしい帰投になる。少なくとも、この戦争にいろいろ協力してくれたマテウス少将とやらに挨拶する暇はないし、というかしたくないし。


 が、その前に流石と言うべきか、フィーネさんから情報が来た。

 彼女の手には封筒があり、それを渡してくれた。


「少佐。シレジア王国王都シロンスクから連絡が来ています」

「随分時間がかかりましたね」


 フィーネさんもたまには遅い仕事をするのだろうか。

 ……って、シロンスクから? クラクフではなく、帝国外務省や情報省でもなく?


「そう言えばエミリア殿下に召喚命令が出てたな。それに関連して、王都に行ったのか?」


 王都に行ったから3ヶ月もの間連絡が一切来なかった、というのはあり得ない話ではないのか。


 そう思った矢先、フィーネさんが「違うと思います」と言ったのだ。その不穏な言葉に真っ先に反応したのはサラだった。


「どういうことよ?」

「実は……連絡の有無を調べる際、伝書鳩で外務省や情報省に事の子細を伝えたのです」


 それは当然のことだ。何も不思議ではないし、それ以外何か手もあるわけではない。


「ですが、返事が全く来ませんでした」

「……どういうことです? 事故ですか?」

「違います。確認しましたが、事故があったという報告は一切ありません。それどころか『現地に到着したという連絡は来ている』とあります」


 フィーネさんは自信を持ってそう言う。


 鉄道や電信のないこの世界。都市間の連絡や輸送は駅馬車と伝書鳩に頼っている。

 速達性を重視するなら伝書鳩、そうでないなら確実な駅馬車が利用される。


「じゃあ、確実に届けるために駅馬車か、あるいは軍令馬を使って……」

「いえ。恐らく無駄でしょう」

「……なぜです?」


 俺の提案を一蹴するフィーネさん。

 こういう場合、大抵の場合彼女の意見が正しいことは経験的に知っている。


 けど、今はあまり聞きたくはないような。


「既に、駅馬車は利用しました。それでも返事が来なかったんです」

「……」


 駅馬車が確実に届くと言われている所以は「伝書鳩は時々迷子になるから」だけではない。


 政府が、駅馬車の運用会社に「郵便物が期日内に確実に届くようにしろ。成功すれば補助金を、失敗すれば制裁金だ」と言っているからだ。

 経済的な理由という、ごくごく現実的な理由で郵便は期日内に確実に届く。


 そしてフィーネさんは公務で駅馬車を利用した。政府の(あるいは軍の)郵便物だとわかれば尚更彼らは一生懸命届けるはずだ。

 そして、駅馬車を使えばここからエスターブルクまでは3日で届く。でも、


「返信が遅いので運用会社に問い合わせましたが、結果は伝書鳩と同じでした」


 ……だから、伝書鳩も駅馬車も不通となるのはあり得ないと言っても良い。

 しかもここは戦場じゃなく、安定したオストマルク帝国内のはずなのだから。


「しかも、他の軍令や報告等は外務省に届いていますし、そちらからの返信もちゃんとあります。シレジアに関する問い合わせのみ、音信不通なのです」


 これはもう、露骨である。ここまで言われれば、結論はひとつ。


「誰かが意図的に、握り潰していると?」

「そう考えるのが自然です」


 なんてこった。

 帝国内に、しかも情報省や外務省に裏切り者がいるという事実もそうだが、こうもあからさまな隠蔽行為に3ヶ月も気づかなかった俺もどうかしている。


「……情報省や外務省も、敵が居ないわけではありません。そう言ったものが内部に潜入し工作する可能性も、やはりあります」


 そうか、そうだろうな。情報省は、内務省と資源省の不正事件を契機に新設された省だ。既得権益大好き貴族連中としたら恨み辛み高まっている事だろうな。そして情報省設立を主導した外務省も、また然り。


 いや、今は犯人探しはやめよう。


「では、この封筒はなんですか?」

「それは私が、駅馬車の運用事務所を訪れて確認した時にシレジア王国から届いた物です。封筒をよく見てください」


 そう言われて、先程フィーネさんから渡された封筒をもう一度よく見てみる。

 最初に気付いたのは、サラだった。


「差出人の名前……」

「あっ」


 差出人の名前が、ユリア・ジェリニスカになっていたのである。

 元孤児の、白髪の女の子。法律上の保護者はサラ、名付け親は俺。


 当然だが、10歳にもならないユリアがこんな文書を書けるわけないし、送ることもない。つまりこれは、妨害を防ぐための手段ということ。


 そしてもうひとつ気付いたのが、使われている封筒がシレジア王国のものではないということだ。つまり、これは「私信」扱いということになる。


「どういうこと、これ?」

「……恐らく少佐の、いえエミリア王女の関係者の名前が割れているのでしょう。公用の文書が我々に送れないことに気付いたクラクフの方々が私信という形で送ったのだと考えます。しかしマヤ・クラクフスカやラスドワフ・ノヴァクの名で送れば、すぐに差し止められることを予想して……」

「関係者だと知られていないユリアの名前を使ったってこと?」

「もしくは子供だと思って確認を怠った、あるいは慢心したのか……」

「偽名を使わなかったのは、これがマヤさんからのメッセージだということを確実に俺らに伝えるための手段ということだね」


 偽名で私信が送られてきたら、俺が「誰だコイツ。後で読もう」と思ってしまうかもしれない。ユリアなんて子供が私信で封筒を送ってきたら、いくらバカでもすぐに封を開けるだろうということだ。


 なるほど、上手く考えたものである。一体誰の発案なんだか。

 徹底的に妨害されて、そしてあれこれ手を使ってようやく届いた封筒が今手元にある。


「……朗報なわけ、ないよな」


 そう呟いて、意を決して中身を見る。

 書かれている文字は、ユリアではないのは明らか。公爵領総督府で何度も見た、マヤさんの字だ。


 そして、書かれてる内容は――。


「…………フィーネさん」

「なんでしょうか」

「今すぐに、私とサラはシレジアに戻ります。挨拶する暇も惜しいくらいに、急ぎで」

「了解です。すぐに手配を。……私は何をすれば?」

「情報省に戻って、事の顛末を信頼できる人に報告してください」


 俺は、平静を保って必要な事をする。急いては事を仕損じる、と昔の人は言った。

 それでも、俺の声は焦っていたようである。


「ちょ、ちょっとユゼフ! いったいどうしたの急に? 何が書いてあったのよ!」


 サラやフィーネさんに事の次第を話さずに指示を出してしまったために、彼女たちは少し慌てているようにも見えた。


 だから、俺は一度深呼吸してから、書簡の内容を明かした。




「――シレジアで、叛乱が起きた」


 色々あって4ヶ月もかかってしまいましたが、『砂漠の嵐』編はこれにて終了です。

『砂漠の嵐』なのに主人公は海で戦ってばかりだったとは、これ如何に。


 次章『シレジア叛乱』編(仮称)の投稿は未定ですので、気長にお待ちくださいませ。


 待っている間に書籍版を買ってサラさんやフィーネさんの絵を見てニヤニヤしてもいいんですよ(

 なお最新3巻ではフィーネさんの出番が増えてロリな頃の話も書いてます(露骨な宣伝)


---


 ……ところで小説家になろうジャンル再編で戦記ジャンルがお亡くなりになったのですが、大陸英雄戦記ってジャンル何にすればいいんですかね。

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