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大陸英雄戦記  作者: 悪一
砂漠の嵐
358/496

砂上の楼閣

 反攻作戦の失敗と、黒海艦隊の壊滅。


 この2つの情報がキリス第二帝国の政府中央にもたらされた時、猛烈な嵐に包まれたかのような衝撃を受けた。

 外交を司る書記官長コスタス侯爵とて、その例外とはならなかった。


「ミクラガルドの前線司令部曰く『最早反攻の術はない』とのことだ。ミクラガルドに立て籠もれば多少は持つだろうが、制海権を彼らが握っている以上、我らは為す術がない」


 侯爵は、非公式の帝国諸貴族たちの会談の場でこのように述べた。早期講和という意思を押し通すことができなかった自責の念というのも、多少はあったかもしれない。


「で、では書記官長殿。我が帝国は……!」

「どう言い繕っても『敗戦』という事実は変わらん」


 キリス第二帝国の貴族はこの報せに震えた。

 そしてこうも思ったのだ。


『この第七次戦争開戦を主導した、皇帝バシレイオスⅣ世と大宰相(サドランザム)オルハン・クルバンガリーはとんだ失敗を犯した』


 と。


 クレタ失陥から始まり、アクロポリス、サロニカ、ハドリアノポリスとグライコス地方の拠点を次々と敵に落とされた彼らにとって、誰に戦争責任を押し付けるかというのは死活問題だったのである。


「こういう時こそ、我ら貴族が国を正すべきなのでは……」


 誰かが、そう呟く。


 戦争に負けた、その責任を追及する。

 早期講和を主張した書記官長や財務官長の意見を撥ね退けた軍人官長然り、その意見に賛同した大宰相(サドランザム)然り。そして自らは重大な決断をせずに部下にまかせっきりな、無能な皇帝然り。


 そのような意思が、彼ら貴族の中に伝播していく。

 自分たちが立ち上がって国を変えねば、次はグライコス地方どころか本国まで危機に陥るのではないか。


 次第に、彼らの脳裏にはある文字が浮かび上がる。

 それを代弁したのは、書記官長コスタス侯爵であった。


「……皇帝陛下に退位を求める。そして陛下の娘、メリナ・アナトリコン殿下に帝位を継いでもらおう」


 世代交代。

 タイミングとしては、丁度いいかもしれない。


 しかしこの提案には、ひとつ憂慮すべき点がある。


「し、しかし書記官長殿。メリナ殿下はまだ14歳になったばかり……! しかも母親は正妻ではなく近侍であるらしいではないか!」


 バシレイオスⅣ世の娘、メリナ・アナトリコン。

 正妻との子ではない帝位継承者という極めて政治的に危うい立場にいる女性だった。


「わかっている。しかし、他の帝位継承者はメリナ殿下より年下。継承権を剥奪されたティベリウス殿下を呼び戻そうとしても、殿下は虜囚の身となってグライコス地方で蜂起しているという。他に手はないのではないか」

「だ、だが……」

「それに正妻の子ではない、近侍の子というのは却って貴族的しがらみが少ないという点では利点が多い。他の継承者では、陛下の影と血が色濃く残りすぎる」

「…………」


 改革に踏み切るためには、思い切ったことが必要だ。敗戦という屈辱からの脱却なら、尚更だ。


 無論、コスタス侯爵にだって良心の呵責はある。敗戦後の皇帝にして、政治的に不安定な局面に14歳になったばかりの女性を帝位に添えるなど、まともな神経を持つ男であれば認めないだろう。

 だがそれでも、帝国は前に進むしかない。


「幼き殿下を陰から支えるのも我ら帝国貴族の使命だ」




---




「……ということです」

「なるほど。いよいよ、終戦が見えてきましたね」


 オストマルク帝国の諜報員が帝都キリスの貴族事情を調べ上げ、フィーネさん経由で俺に知らされたのがこの日、11月6日のことである。


「グライコス大公国の建国準備は着々と進んでいますし、キリスも厭戦感情が蔓延して攻勢に出てきていない。海も陸も我が方有利。講和条約も有利になるでしょうね」

「ユゼフ少佐の悪辣な手腕の成果です」


 悪辣とは失敬な。


「で、メリナ・アナトリコンって誰です? 聞いたことありませんが」

「聞いたことないのは道理でしょう。妾どころか貴族でもない近侍メイド見習いの娘ですよ。帝位継承順は下から数えた方が速いです」

「そんな人を帝位につかせようとするのか……」


 よくそれで「アナトリコン」の姓を受け継ぐことができたものだ。皇帝陛下の御恩情とかそういうのだろうか。


「これまでのアナトリコン皇帝家とは異なる体制へと移行する……そのための前儀式ということでしょう。メリナ・アナトリコンの政治的才覚なんて、誰も期待していませんよ」

「世知辛いですねぇ……」


 敗戦国に落ちぶれた瞬間に帝位についた平民と皇帝の子供が、国家の改革を任せられると言うのはかなりの重責だ。早死にするんじゃなかろうか……。


 まぁでも、皇帝の補佐役となる大宰相が講和派となるのはほぼ間違いないし、彼らの活躍次第ではうまくいくことだろう。

 とりあえずロリ女帝に一度会ってみたい。


「少佐、顔が変ですよ」


 おっといけね。つい邪念が。


「コホン。それはさておきフィーネさん。幼き皇女で思い出したんですが……シレジアって今どうなってます?」

「……? 連絡は来ていないんですか?」

「来てませんね。定時報告させるように、マヤさんには言ったんですけど……」


 まぁ、戦争戦闘の連続で、あっち行ったりこっち行ったり船に乗ったりしてたから、報告書が俺の手元に辿りつかないのだろうけど。


「わかりました。外務省を通じて、確認してまいります」

「頼みます」


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