ユゼフの帰還
8/29、追記あり
戦いに勝っても「命からがら」という表現は使えるのだろうか。
そう思いながらの帰還である。
何せ、海戦に参加したグライコス艦隊は6隻中4席が撃沈乃至撃破され、残る艦も大破判定なのだ。
旗艦「オルランⅣ世」の損傷は、左舷壊滅。マストや帆もボロボロ。艦尾錨は喪失。乗組員856名中、397名が死傷という甚大な被害を受けていた。
「貴官と乗ると、なぜか船がボロボロになる。もうワレサ少佐とは乗りたくはないものだな」
そしてライザー准将に嫌われた。
まぁ、笑いながらだったから一種の冗談だと思う。冗談を言えるほどに状況はよかった、ということでもある。
黒海艦隊を壊滅させ、その南下を防いだことによって、エーゲ海におけるオストマルク有利はほぼ確定した。
ティレニア封鎖艦隊が追った、キリス南大陸艦隊がどうなっているかはわからないが、仮に負けたとしても戦略的有利は覆らないだろう。
そして今回の海戦、思わぬ戦果が手に入った。
それは捕虜であるが、今まさにその捕虜に話しかけられている状況。
「あの捨錨戦法を立案した者は誰だ?」
捕虜。
キリス海軍黒海艦隊司令官ラバーゼ海軍中将その人である。
座礁した敵戦列艦に乗り込んで、捕虜を十数人程手に入れた。時間的余裕がなかったのと、船に捕虜を収容するだけ余裕がなかったこと、海に飛び込んで脱走した者が多かったことなどの理由によりごく少数となった。
それでも、将官級の人間が甘んじて捕虜となるを潔しとするとは思わなかったが。
「あの戦法を提案したのは、私です。閣下」
敵とは言え、階級が上であれば相応の敬意を表するのが軍人のマナー。
それにラバーゼ中将の指揮は、敵ながら果敢であり度肝を抜かれたものである。
「君が、か。見た所、オストマルクの人間ではないようだな?」
「はい。私は、シレジア王国軍軍事顧問団の1人。ユゼフ・ワレサ少佐と申します」
ラバーゼ中将は、その容姿は武人と言う感じはしない。
どちらかと言うと、参謀とか官僚な顔である。
「……貴官が敵であったことが、私の敗因だった」
そう言い残して、ラバーゼ中将は俺の下を立ち去った。
うん、いい人だな。敗軍の将だから、もっと鬱屈した感情をぶつけてくるのかと思ったけれど。
もし彼に「ティベリウス・アナトリコン率いる独立蜂起運動に参加してみない?」と誘ったらどうなるだろう。海軍士官としては優秀には違いないし、人格的にもいい。
よし、島についたらフィーネさんとかクライン大将あたりに相談してみよう。
……って、嫌な事思い出した。
そうだ、肝心なことを忘れていた。
こんな激戦になったのに、風邪という情けない理由でハブられたサラさん。きっと不機嫌に違いない。
そしてそんなサラさんの面倒を見る羽目になったフィーネさんはもっと大変だろう。
……あぁ嫌だ。喧嘩する未来が見える。というか喧嘩している現実が見える。島はまだ遠いのに見るよ。
「帰りたくねぇなぁ……このままシレジアに帰ろうかなぁ……」
そんなできもしないことをぼやいている間に、艦隊は11月3日にイムロズ島に到着したのである。
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が、予想外なことに、サラとフィーネさんは何も問題を起こしてなかった。
むしろ仲が良くなった。何があったし。
犬猿の仲、ハブとマングースの仲、インドア趣味派とアウトドア趣味派の仲だったサラとフィーネさんに何があったらこうなるの。
いったいどういうことか説明して頂戴!
「2人だけの秘密よ。ね、フィーネ」
「そうですね。これはサラ少佐との秘密です」
そう楽しそうに言いあう2人。
こんなに表情が柔らかいフィーネさん始めて見たしサラに対する呼び方も変わってるしサラも普通に活き活きしてるのはいつも通りだけどなんか様子が変だし。
「……なにがあった?」
そう言わずにはいられない。
「何がって……まぁ、あえて言うなら」
「あえて言うなら?」
俺の問いに、2人は暫く互いの目を見た後、同時に答えた。
「ユゼフのことが好きってことよ!」
「ユゼフ少佐のことが好きということです」
いったいなにが起きた。
そんなこんなありつつ、冷戦が終結した後の2人はちょっと色々柔らかくなったようで。
というかまぁ、色々されたわけで。
……いやまぁ、なんと言いますか。その。
仲良くなったサラさんとフィーネさんは、何をどう心変わりしたのか仲良く俺を扱うことにしたのだろう。
その日の夜、なぜか俺の寝具の上には2人が待機していたのである。
曰く、
「どちらが先かでまた揉めるのは大人げないと思いまして」
「まぁ、2人で仲良く分けることにしたのよ!」
である。
……何が、とは聞かないでほしい。
あえて言うのであれば「初めての体験が両手に花」というのは絶対変だ、ということだ。
壁とキーボードを殴りながら書きました。




