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大陸英雄戦記  作者: 悪一
砂漠の嵐
355/496

ヘレス海峡海戦 ‐捨錨‐

2話連続投稿です。(2/2)

「艦長殿、私の合図で艦尾の錨鎖ロープを切ってください!」

「……何!?」


 俺は、ありったけの声で艦長にそう言った。

 そう言えば、こんなに声を出したのはどれくらいぶりだろうか。


「少佐殿! なぜ艦尾なのですか! 全てを捨錨しなければ離脱できません!」

「離脱なんてもっての外、私は反撃するためにそれを提案したのです!」

「どういうことです、説明してください!」


 わからずやの敗北主義者の参謀殿が何か喚いているが、それをするだけの時間はあまりにも貴重過ぎる。


「説明している暇はありません! 艦長!」


 俺は参謀を無視し、艦長を説得する。艦に関することは、艦長に権限があるのだから。

 そう思って掴みかかる勢いで艦長を説得しようとしたのだが……、別の方向から賛同が得られた。


「フッ、ハッハッハッハッハッハッ! そうか、そういうことか! 相変わらず考えることが過激だな、ワレサ少佐!」


 ライザー准将が、高笑いをしていた。そしてその剛毅な声のまま、オルランⅣ世艦長に命令した。


「艦長、艦隊司令官として命令する。ワレサ少佐の合図で艦尾の錨鎖を切れ」

「……閣下、よろしいので?」

「兵を殺したくはないからな。良いな?」

「は、ハッ! 了解しました!」


 困惑する参謀を目にして戸惑いつつ、艦長が同意してくれた。

 ライザー准将は、この戦争で最もお世話になった人になるだろうな。最も乗艦を壊してしまった人にもなるだろうけど。


 あとは、俺のタイミング次第。


「航海長。風向と風速は?」

「は、はい。風向は複雑ですが、現在は西南西に17ノットであります」


 潮の流れは北から南。

 西南西から強い風。

 そして、黒海艦隊は、こちらを完全に殺すために第四斉射射撃準備中。


 コンディション最高、戦況は最悪。だからこそ、やってみる価値はある!


「敵戦列艦右舷側面に魔術発動光確認!」


 恐らく、今あの敵戦列艦に行ったら、艦長だか司令官が勝ち取れる勝利を前にほくそ笑んでいるところだろう。でも――、


「今だ、錨を切れ!!」


 俺の合図と共に艦尾の錨鎖が切断され、錨は海中に捨てられる。


「オルランⅣ世」は、海戦前に艦首と艦尾の錨を下ろして、その抵抗力によって艦を海上に固定していた。

 だけど、その抵抗力を艦尾部分だけ解放した。そしたらどうなると思う?


 答えは、簡単だ。


「オルランⅣ世」が艦尾錨鎖を切り捨てた瞬間、艦は、ヘレス海峡特有の北からの速い潮流に〝艦尾だけが〟飲み込まれる。

 そして風は現在西南西。


 つまり「オルランⅣ世」は、今まさに艦首の錨を軸にして反時計回りに回転しようとしているのだ。


「うおっ……!」

「な、なんだ!? 何が起きている!?」


 参謀や、事態を飲み込めていない乗組員がたじろぐ。

 固定していた艦が、急に動き出したのだから。


「帆を広げろ! 風を掴むんだ!」


 この状況を見て、俺が何をしようとしていたかを察した艦長が命令を飛ばした。

 戸惑う乗組員たちは、一瞬遅れて艦長の指示に従う。なにが起きているのかわからないが、何かしなくてはならないと感じ取ってくれたようだ。


 艦長の命令と時を同じくして、乗組員以上に事情を察しきれていないだろう敵戦列艦が攻撃を開始。多くの火の玉が、「オルランⅣ世」の魔術兵を焼き尽くそうと襲い掛かる。


「急げ急げ! 帆を広げろ!」

「損傷している箇所は放っておけ! 展開できるところだけ広げるんだ!」


 艦は回転をし続け、広げられた帆によって風を掴んでさらに回転力を得る。

 敵戦列艦の魔術は、重力にも風にも負けず、まっすぐこちらに向かってくる。


「――敵弾、来る!」

「当たるな! 当たるんじゃねぇ!」


 誰かの報告と誰かの祈りが同時に甲板を響かせ、そして――、


「艦首に被弾! されど、損害軽微!」

「敵弾の殆どは我が艦左舷を通過! 回避成功!」


 敵の第四斉射を、躱した!

 90度ほど回転していたオルランⅣ世は、艦首のみに被弾。それも貫徹力の弱い「海神榴弾スヴァローグ」だから、装甲は破られていない!


「よっしゃぁ!」

「反撃の時間だ! 全艦、右魔術砲戦用意! 配置につけ!」

「総員右魔術砲戦用意、弾種『海神貫徹弾エギール』! 目標、敵戦列艦!」


 西南西の風を掴み続けた「オルランⅣ世」は、潮流に邪魔されて回転力を弱めつつも、ついに180度反転回頭に成功する。


 それは、ボロボロだった左舷に変わって、無傷の右舷が黒海艦隊に相対したということだ。


 それではみなさん、ご唱和ください。


「痛いのをぶっ食らわせてやれ!!」




---




「撃て―――ッ!!」


 ユゼフの叫びと、艦隊司令官ライザー准将の号令が重なったその時、「オルランⅣ世」はグライコス艦隊で唯一、右魔術砲戦・反航戦を開始。


 無傷の右舷砲門から60以上の海神貫徹弾エギールが轟音と共に解き放たれ、黒海艦隊旗艦「ペイギ・ザフェル」の右側面を襲った。


「右舷に被弾! 『海神貫徹弾エギール』です!」

「クソッ、被害を報告しろ!」


 戦列艦「ペイギ・ザフェル」にとって予想外の連続だった。


 敵戦列艦「オルランⅣ世」が錨鎖を切ったのは、逃亡を図るためだと思った。

 だが違った。


 艦首の錨を軸に、潮流と風に任せて無理矢理回頭して「ペイギ・ザフェル」の斉射を回避したのである。


 前代未聞の操艦に、ラバーゼ中将や艦長は度肝を抜かれた。

 しかしそれ以上に、死闘の末に壊滅寸前に追いやった「オルランⅣ世」の左舷を隠され、「ペイギ・ザフェル」に無傷の右舷を見せ、そしてあろうことか魔術の一斉射撃をしてくるではないか!


 今までの戦いをなかったことにされた気分に、ラバーゼは襲われていた。


「右舷中甲板、被害甚大! 魔術兵が露出しています!」

「下甲板も同様に損害多大です!」

「敵艦、第二斉射準備中の模様!」


 今まで積み重なった被害が「ペイギ・ザフェル」に重くのしかかかる。

 完全に、状況が逆転していた。もしここで、黒海艦隊に唯一残された戦列艦たる「ペイギ・ザフェル」が撃破されてしまったら……。


「慌てるな! 状況をひっくり返されたのなら、こちらも同じ手を使って再びひっくり返すまで! そうすれば再び我々が有利だ! 艦長、こちらも奴らと同じ手で行くぞ! 錨を切れ!」


 ラバーゼ中将は、一瞬のうちに自分の艦隊が生き延びる術を見出した。

 戦術に特許はない。やられた瞬間に、同じ手を使ってしまっても何も問題ではない。


「閣下! 無茶です!」

「無茶は承知! しかしそれ以外に選択肢はないのだ! 気まぐれな風向きが変わる前にやれ!」

「――了解!」


 ユゼフの乗る「オルランⅣ世」と異なり、艦長はすぐに同意をした。それは有効な手であることが、敵によって証明されたからである。


 しかし、異なる点がもう1つあった。

 それは「オルランⅣ世」の回頭はラバーゼの予測の外にあったのに対し、「ペイギ・ザフェル」の回頭は、ユゼフの予測の内にあったということである。


「艦長!」

「少佐、なんだ?」

「第二斉射、少し待ってください。敵は我々と同じことをするようです」

「何? ワレサ少佐の荒事を真似ようというのか?」

「そういうことです。その回頭が始まるまで、待ってください」


 ラバーゼにとって不幸なのは「オルランⅣ世」の乗組員が「新兵」であったことかもしれない。


 新兵は、当たり前の話だが熟練兵と比べて魔術の連射が遅い。

 グライコス艦隊の魔術攻撃が来なければ「連射ができないか、魔術の種類を変えるのに手間取っているかのどちらかだ」と無意識に思ってしまったのだ。


 だからこの時のユゼフ提案の第二斉射の待機を、乗組員の訓練不足として勘違いしたとしても不思議ではないし、さらに「魔術が来ない、今が回頭の絶好の機会だ」と思ってしまっても――仕方ない話である。


「艦尾錨鎖切断! 帆を広げろ! 回頭、回頭するんだ! 回頭終了後、左舷魔術砲戦開始!」


 その不幸に気付かないラバーゼは、混乱する艦尾甲板で叫んだ。

 よく訓練された乗組員は、司令官と艦長の命を受けて素早く動く。


 そして「ペイギ・ザフェル」は艦首の錨を軸にして、潮流と、風を利用して回頭を開始。「オルランⅣ世」の奇想天外な回頭が実行される、その瞬間、


「今だ! 敵戦列艦艦尾に攻撃を集中させるんだ!」


 ユゼフが叫び、艦長が命じる。右舷に配置された魔術兵が「海神貫徹弾エギール」を、黒海艦隊旗艦「ペイギ・ザフェル」の艦尾に向け放った。


 戦列艦は、その構造上艦尾が弱点である。

 艦尾には艦長室、提督室、操舵装置があり、さらには縦に長く繋がれた魔法列甲板には魔術を防ぐ壁はない。


 即ち、「オルランⅣ世」から放たれた貫徹力に優れる海戦用上級魔術「海神貫徹弾エギール」を受け止めることは「ペイギ・ザフェル」にはできないのである。


 しかもこの時、両艦の距離はまさに「至近距離」であった。

 加えて、全長60メートル超の「ペイギ・ザフェル」が反時計回りに90度回転したためさらに近づく。


 そんな目と鼻の先程しかない距離で外すほど、グライコス艦隊は新兵でもなかった。


「し、しまった!」


 ラバーゼが全てを察した時には、なにもかもが手遅れだった。


「オルランⅣ世」の第二斉射によって放たれた「海神貫徹弾エギール」は、「ペイギ・ザフェル」の脆い艦尾から侵入し、艦長室、提督室、士官食堂を経由して操舵装置を破壊。


 それでも威力は衰えず、右舷から左舷に移動している最中の魔術兵を片っ端から薙ぎ払った。


海神貫徹弾エギール」は「ペイギ・ザフェル」を一直線に縦断。その艦の機能を喪失させたのである。

 さらにおまけと言わんばかりに、流れ弾が艦首錨鎖やメインマストをも破壊した。


 操舵装置が壊れ、艦を固定していた鎖が切れ、帆を広げるためのマストも倒壊した船が何をしろというのだろうか。




 大陸暦638年10月30日18時20分。


 キリス第二帝国海軍黒海艦隊旗艦「ペイギ・ザフェル」がヘレス海峡にて座礁。

 指揮艦を失い、それ以外の艦艇も損傷は大きく、黒海艦隊は針路を北に変更し海域から離脱した。



 ヘレス海峡海戦において、キリス海軍黒海艦隊は戦列艦2隻、巡防艦7隻を投入。

 その内、戦列艦2隻、巡防艦4隻を喪失。残存艦艇は巡防艦3隻のみで、その艦も全てが損傷。


 一方の、オストマルク海軍グライコス艦隊は戦列艦1隻、巡防艦5隻が参加。

 内、巡防艦3隻を喪失。また残存艦艇も損傷甚だしく、巡防艦1隻が航行不能になっていた。


 両軍ともに損耗激しく、まさに「激闘」だった。

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