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大陸英雄戦記  作者: 悪一
砂漠の嵐
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ヘレス海峡海戦 ‐接近‐

 キリス第二帝国海軍黒海艦隊司令官、ラバーゼ中将は乗り気ではなかった。


 確かに、祖国の為に戦場に赴くは武人の誉れである。

 数の上で劣勢となっているエーゲ海方面へ救援に向かい、祖国を救うというのも悪くはない。


 しかしその前提として、彼は長年慣れ親しんでいた黒海を離れ、彼にとって未知なる海であるエーゲ海へ向かうと言うのは不安であるのだ。


「我々にとって選択肢がそう多くはないのはわかるが、どうもな」

「……提督?」

「いや、忘れてくれ。ただの独り言だ」


 ラバーゼは、副官の前で弱音を吐いてしまうほどには今回の戦いを不安がっていたのである。

 だが軍令である以上拒否するわけにもいかず、彼が率いる艦隊は単縦陣でもってひたすら海峡を南下していた。


 そんな黒海艦隊に「敵艦隊発見」の報がもたらされたのは、艦隊が海峡の半ばに到達した13時20分のことである。

 曲がり角のある海峡の中では、敵艦隊との間に陸が存在するためラバーゼは直接それらを見ることは叶わない。最初に敵艦隊を発見したのは、ダーダネルス駐屯のキリス中央軍だった。


「敵艦隊は、ダーダネルスからの魔術攻撃が及ばないヘレス海峡出口付近、ベルハルミ沖にて投錨しているとのこと。数は計6隻」


 報告役の副官からの情報を受け取った艦隊司令部要員は、にわかに信じられないような顔をする。

 それはまさに「投錨」という情報に驚いているからにほかならない。


「こんな海域で投錨だと? 奴ら、何を考えているんだ?」

「停泊するにしてもベルハルミ沖ではダーダネルスに近すぎる。停泊するのならイムロズ島が最適だろうし、これは我々を迎え撃つ態勢にあると言うことだろう」

「しかし、投錨していたら『演習用の的です、どうぞ撃ってください』と言っているようなものではないか。なにかの罠という可能性もあるのではないか?」


 参謀たちが各々意見を交わす中、当の艦隊司令官たるラバーゼは既に結論を見出していた。


「いや、おそらく罠などないだろう。もしかしたら、それを期待して我々が疑心暗鬼になるのを待っているやもしれないな」


 ラバーゼはそう切り出して、自らの考察を参謀たちに告げる。


「この敵艦隊は恐らく、事前に司令部より情報があったオストマルク帝国海軍『グライコス艦隊』だと思われる。情報によれば、新編された艦隊で練度は低いということ。これを意味することは、司令部が立案した今回の反攻作戦が事前に察知されておらず、陽動はほぼ完璧に成功したと言うこと。そして我々が相対的に有利であるということだ」


 もし帝国軍が中央軍の作戦を事前に察知していたのならば、練度の低い艦隊をこの海峡に置くことはしなかっただろう。

 教皇海軍で迎撃、あるいはオストマルク黒海艦隊で牽制が妥当。新編された艦隊を慌てて出撃させる合理的な理由はない。


 つまり、敵がエーゲ海において自由に動かせる艦隊戦力はないと言うことである。


 ということは、もしキリス黒海艦隊がこのグライコス艦隊を撃滅し海峡を突破すれば、ラバーゼは背後を気にせずイズミル封鎖艦隊を襲うことができる。ということだ。


「だが問題はヘレス海峡の潮流と風向きだな……。航海長、風見鶏の様子はどうだ?」

「……貴族の舞踏会に紛れ込んだ平民のようにキョロキョロしてますよ。風速も刻一刻と変化していて、まともに操艦はできません。6ノットがせいぜいです」

「となると、強行突破は難しいかもしれんな。如何に敵が新兵と言っても」


 錨を下ろし、海峡を封鎖する形で展開している敵艦隊に対して、キリス黒海艦隊は所謂「丁字不利」の状況にある。

 それを覆すには、オストマルク・ティレニア連合艦隊がクレタ沖でやったように、風の力に任せて艦隊の中央を突破し敵の指揮系統を混乱させるか、敵艦隊を迂回して艦の弱点となる後方から攻撃しつつ包囲ないし挟撃の態勢を取るかである。


 しかしその戦術は、複雑な風と激流の潮、狭隘な海峡と言うものに阻まれて実行がほぼ不可能となっている。

 もしラバーゼらがヘレス海峡に馴染み親しんでいたならば潮と風の動きを読んで操艦することは可能だっただろうが、しかし彼らにとってヘレス海峡もまた未知なる海だったためにそれはできない。


 その結論に至って、参謀たちは黙るしか選択肢がなかった。


「閣下、如何されますか?」

「……目には目を、だな」

「は?」


 ラバーゼの言葉を訝しんだものが半分、どこか納得したような表情をしたのが半分だった。

 理解出てきていない参謀のために、ラバーゼは口を開き説明する。


「我々も彼らと同じ戦術を使う。敵艦隊と並行する形で艦隊を布陣させ、錨を下ろし攻撃する。さすれば、戦術的な条件は五分。練度と数の差で押し切ることが可能だ」

「なるほど……しかし、それは」


 訝しみ、納得しかけた参謀の1人が反論をしようとしたとき、ラバーゼは手でもってそれを制した。参謀が言うまでもなく、その手の反論は予想済みだったと言うこと。


「わかっているさ。問題は我々が準備を終えるまで、敵が黙っているはずがないということだ。下手をすれば、準備が整う前に数的優勢をひっくり返されかねん。……時間との勝負だ。各判の責任者に手順を徹底させろ」

「ハッ! 直ちに!」




 黒海艦隊は南下を続ける。

 そして15時20分。ついに両軍の指揮官の目が、敵艦隊をその視界に収めた。


 キリス黒海艦隊、計9隻。

 対するオストマルクグライコス艦隊、計6隻。


 クレタ沖の海戦に比べれば小規模な戦いだが、しかしその価値はそれ以上である海戦が、ついに開かれた瞬間である。

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