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大陸英雄戦記  作者: 悪一
砂漠の嵐
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朗報と凶報

「……来ないなぁ」

「何が?」

「朗報」


 10月16日。

 セレスの戦いからだいぶ経って、戦局は大きく動いた……というわけでもない。

 ティベリウス・アナトリコンをゲットしたくらいで、進展はなにもなし。


 仮司令部のあるハドリアノポリスでサラと会話するくらいしかやることもない。

 情報武官たるフィーネさんからも、朗報や凶報といった報告もなし。シレジア本国からも何もない。


 実に暇である。


「東部戦域はだいぶ前進した……って、さっきクライン大将とやらが喜んでたわよ?」

「前進したといよりは、ミクラガルド以西の領域を全て放棄したと言った方がいいかもしれない。戦線が広すぎて数的不利に陥ってるキリス中央軍タグマとしては苦渋の決断だっただろうけど」


 でも問題はキリス最大都市ミクラガルド。前世において「コンスタンティノポリス」とか「イスタンブール」と呼ばれていた場所だ。


 前世コンスタンティノポリスは中世最強の城塞都市だった。十字軍やイスラム勢力の侵略を何度乗り越えたことか。

 ……なんでキリスト教の国が十字軍に襲われてるんだよという些細なツッコミはさておいて。


 ミクラガルドも城塞都市。十字軍がなかったこの世界ではその防御力を推し量ることはできないが、三方を海に囲まれ一方には強大な城壁が聳え立っているとなると、生半可な攻撃は通用しないだろう。


 地形が狭隘で戦力が集中できない場所に立つ最強の要塞。どこの回廊要塞だ、という話だ。


「ミクラガルドを真正面から攻めて落とすのは無理だ」

「ユゼフでも?」

「無理」


 キリスを10回くらい侵略して国力を衰えさせてからウルバン砲で殴るくらいしないと、あの都市は落とせないだろう。

 あとはアルマラ海と黒海の制海権があれば、海からの魔術対地攻撃も出来るか。


「やれることと言ったら、郊外に城なり駐屯地なりを建てて前線拠点にして補給上の憂いを軽くするしかないな……あぁでも、港がないから海上兵站網が……」


 今回の第七次戦争で教訓となったことが2つある。

 シレジアじゃあまり関係ないだろうが、制海権と海上輸送網がその教訓だ。これらは本当に大事。


 船が運べる物資の量は馬車の比ではない。港を物資集積所にして、そこを拠点ハブにすれば補給計画のなんと立てやすい事か。なんなら河川輸送で前線まで物資を送くることもできる。

 どこそこに港があるから落とそう、という戦略も重要となる。


「ラデックがいつもどんな思いで兵站を支えていたかよくわかった。今度から無茶は程々にしてあげよう」

「『無茶はさせない』じゃなくて?」

「作戦のために多少の無茶させるときはあるさ」


 がんばれラデック。負けるなラデック。

 補給業務なんて目に見えない武勲だから昇進大変だろうけどお前ならなんとかなる。ファイトだよ!


 そう言う流れで、暫く会っていないユリアやエミリア殿下、マヤさんなどの面子は今何をしているのだろうかと、サラとややホームシックになりながら語り合っている最中に、資料を抱えたフィーネさんが来た。


「……お邪魔でしたか?」

「いや、こっちもフィーネさんの報告を待ちわびてたところですから。何かありました?」

「そうですか。では報告は2つ。朗報と凶報、どちらが先に聞きたいですか?」


 ……アニメや映画でよく聞くセリフである。

 大抵の場合、どちらかがオチに使われるのだ。例えば「朗報:独裁者が乗っていた飛行機が落ちた」からの「凶報:乗員乗客は全員無事」と言った感じで。


「……んじゃ、朗報からお願いします」


 朗報は脇に置いておいても問題ないが、凶報は対策する時間が必要だからね。

 フィーネさんが軽く頷くと、持っていた資料を見ずに告げた。


「ティベリウス・アナトリコンが、我が軍に協力することを決断しました」

「……やっとですか」


 ずっと、祖国に弓引くことを躊躇っていた彼がやっと重い腰を上げたらしい。


「どんな心変わりがあったんですか?」

「いえ、大したことはありませんでしたよ。ただ『あなたが決断しないからあなたの部下数人が自殺未遂を起こした』という情報を教えただけです」

「…………で、その情報の真偽は?」

「捕虜に自殺する暇を与える程、我が軍の警務は無能ではありません」


 うん、やっぱりフィーネさんリンツ伯の娘だわ。才能あるよ。

 彼女に軍略云々を教えるのはやめてこのまま情報の道を歩かせた方が効率的だ。


「まぁ、これでこの戦争は『グライコス独立戦争』と名を変えることになります。今はたった1個師団ですが、同調するものもグライコス地方から出てくるでしょう」

「『同調する』じゃなくて『煽る』の間違いじゃ」

「少佐の気のせいです」


 スッと目を逸らすフィーネさん。

 うん、まぁ、やりすぎていつぞやの内務省の件にならなければそれでいいけど。


「まぁそれはそれとしましょう。凶報というのは?」

「それはこちらを読んでください」


 そう言って、彼女は抱えていた資料を俺に差し出した。

 ページをめくり、脇からサラも見る。


 内容は主に3つ。


 壱、キリス第二帝国本国において部隊の移動が活発。ミクラガルドへの増援と思われる。

 弐、キリス海軍南大陸艦隊が北上。牽制しつつクレタ沖を遊弋。

 参、キリス海軍南大陸艦隊を牽制するために、教皇海軍レジアマリーナはイズミル封鎖艦隊の一部戦力を抽出して南下を開始。


「……問題は弐と参か。エーゲ海の艦隊戦力が減るのは痛い」

「一応、オストマルク・ティレニア連合艦隊はイズミル残留キリス艦隊より数的優勢を維持しているようですが」

「なら、いいのかな? いやでも一応突破は不可能とは言えなくもない戦力差だし……」


 キリス海軍は、クレタ沖の損傷をもう癒しきっているだろう。

 南大陸艦隊を陽動として、イズミル残留艦隊が黒海方面に逃げてミクラガルド防衛戦の支援をする、ということも考えられる。


「アルマラ海の入り口、へレス海峡に艦隊を置いて万が一の後詰としますかね」

「あの少佐、その場合艦隊戦力が不足しますが……」


 いっけね。自由に動かせるオストマルクの艦隊戦力はそんなにないんだった。

 イズミル封鎖艦隊からこれ以上抽出したら意味ないし……。


 って、まだあるか。


「確かこの前、俺らがサロニカに乗り付けた時のオルランⅣ世が暇を持て余してたはずです」


 クレタ沖海戦や、その後のエーゲ海各所で大小規模の海戦の結果、それなりの数のキリス艦を鹵獲した。

 それらを中心に編成された新艦隊が、確かあったはずだが……。


「そうですね。ついでに新兵の慣熟訓練も未了ですよ」

「……ないよりマシということで」


 鹵獲艦だから乗員は新兵か海に不慣れな陸戦兵が多い、という問題はこの際見なかったことにしよう。

 新兵を前線に立たせる不安が、ないわけではないが。


「なんだったら、責任とって俺も乗るよ。司令官のクライン大将には、そう言っておいてほしい」

「了解しました。私と少佐が乗るということで、許可を求めます」

「私も乗るからね」


 喧嘩しそうだから陸に居てください、と言うのは罪だろうか?

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