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大陸英雄戦記  作者: 悪一
砂漠の嵐
341/496

セレスの戦い ‐前哨戦‐

 9月29日の午後。

 サロニカ沖エーゲ海海上にて、オストマルク帝国海軍所属二等戦列艦「オルハンⅣ世」は数隻の戦列艦を率いてサロニカへ向かう途中にあった。


 この「オルハンⅣ世」はもともとキリス第二帝国海軍所属の二等戦列艦だったのだけど、先のクレタ沖海戦でオストマルク二等戦列艦「ブレンハイム」の体当たり+サラさん怒りの移乗攻撃によって鹵獲に成功した。


 この海戦でオストマルク海軍の戦力が結構減ってしまったから、この「オルハンⅣ世」を応急修理してオストマルク海軍戦列艦として利用している。


「鹵獲したら船の名前は変わるものだから、『オルハンⅣ世』っていう名前変えたいな。サラ、なんかいい案ある?」

「……なんで私なのよ」

「いや、だってこの船奪取したのサラじゃん」

「ユゼフの作戦あってのことよ」

「いや、でも俺は命名のセンスないし」


 なにしろユリアに最初「シロ」って名付けてしまってサラに殴られそうになったからね。うん。サラもそれを思い出したらしく、「確かに」と言って大きく頷いた。


「なら戦列艦『ユゼフ・ワレサ』でいいんじゃない?」

「しまった、サラにも命名センスがなかった」


 なにしろユリアに最初「マリノフスカ=ワレサ」という姓を与えた彼女である。その後の交渉(物理)によってそれは避けられたが、危うく16歳そこそこでパパになる事案になるところだった。


「仕方ない。命名権はオストマルクの人たちに任せようか」

「……それがいいかもね。それに戦列艦『ユゼフ・ワレサ』ってすぐ沈みそうだし」

「わかる」


 わかってしまうのが悲しい所だが本当にそう思う。


「まぁそんなことより、やっぱり本格的な修理してからの方がよかったかなぁ」


 この「オルハンⅣ世」は「ブランハイム」お婆ちゃんの突撃によってマストや舷側にかなりの損傷を負った。

 クレタで本格的修理が出来ない&戦力不足という仕方ない状況下で出撃した弊害で、全速航行がきないし防御上の不安もあるのである。


 俺がそう思っていると、フィーネさんが近づいてきた。


「しかし腐っても戦列艦です。これでも後続の巡防艦よりはマシです」

「それはまぁ、そうなんですけど……」


 フィーネさんの言うことは正しいし、こんななりでも艦隊決戦でなければまだ戦える船だ。それはあくまでハード面での話、なのだけど。


「水兵たちの慣熟訓練は当然終わってないし、全速発揮できないし、なにより……」

「なにより?」

「ちょっと見た目が……」


 損傷しているからどうも格好が決まらないのである。戦列艦の持つ優美さが今の「オルハンⅣ世」には足りないのだ。


「重要なのはそこですか……」

「でもユゼフの気持ちもわかるかも」


 フィーネさんは溜め息を吐き、代わってサラが賛同してくれた。


「サラにはわかるんだね。この男のロマンが」

「誰が男よ!」


 サラは俺より男らしいから、その辺のロマンを持ち合わせていても不思議ではない。

 その脇で、フィーネさんがボソッと呟く。


「……本当にマリノフスカ少佐が男であればよかったのに」


 おいやめろ火に油を注ぐな。


「なに、どういう意味よ」

「別に。ただ少佐が男だったら、さぞおモテになるんでしょうねと思っただけです」

「その言い方むかつくわね……!」

「あーもー、2人共折角の海の上で喧嘩するのやめてくれないかな! 雰囲気台無しだから!」


 美少女2人とキャッキャウフフのエーゲ海旅行とはならないのが悲しい所である。

 これが2人の女の子を同時に好きになってしまった人間の試練と言う奴だろうか。いいな、二次元の主人公は。2人どころか十数人の美少女美女に言い寄られても特に何も問題起きなくて。


 ……でもサラが男でも俺は惚れちゃうかもしれない、カッコ良すぎて。俺が女の子だったら「もう一生サラの兄貴についていきます!」って言いそうである。


「あーー……、ワレサ少佐? 御取込み中よろしいかな?」


 俺が溜め息を吐いていたその後ろから、元ブレンハイム艦長にして現オストマルク海軍クレタ警備艦隊司令官ライザー准将がいらっしゃった。


「あ、ライザー閣下。御見苦しいところを申し訳ありません。どうされました?」

「ん。いやな、1時方向から小型船が接近してきている。1隻だけだ」


 ライザー准将はどうでもいいようにそう言った。

 はて、この海域でこの情勢で小型船1隻とはなんだろう。軍艦どころか漁船商船はキリス所属ってだけで航行できなくなるくらいには、ここら辺はティレニア優勢なのだが。


「敵ですか? それとも民間船?」

「いや、先程オストマルク帝国海軍旗を確認した。どうやら隠密航行中の友軍だったようだ」

「……そうですか。それでなんで私にそれを?」

「自慢じゃないが、俺は海戦以外の事に関してはダメダメでな。優秀な軍事顧問の意見を拝謁賜ろうとしただけだ」


 そう冗談っぽく言う准将閣下。いや、冗談と言うより若干の皮肉が入っている口調だったが。


「まぁ、友軍ということならば乗船許可させましょうか。一応罠も警戒して」

「了解、軍事顧問殿」


 前言撤回。若干じゃなかった。




---




 明けて、9月30日の朝。

 中部最大都市サロニカから北東に位置する村落、セレスにおいて数万の軍勢が集まっていた。


「……時間的には、そろそろか」

「全てが順調に言っていれば、という前提だがな」


 オストマルク帝国軍サロニカ攻略部隊2万を率いるライフアイゼン少将とマテウス少将は、キリス第二帝国軍増援部隊1万5000をその両の目に移しながら言葉を放つ。


「事がすべて順調に運んでいるとを期待しよう。もし明日夕刻までに事が運ばなかった場合、作戦失敗と見做して撤退する。良いな?」

「当然だ。結婚する前に死にたくはない」

「…………」


 マテウスの言葉に、ライフアイゼンは暫し口を閉めることを忘れてしまっていた。


「なんだ、その顔は」

「いや。お前さん、結婚願望あったのか」

「あぁ。30人くらいと結婚したいのだが親父が許可してくれなくてな」

「そりゃ無理だ。法的に」


 複数の女性を妻に迎えることは重婚罪。オストマルク帝国を始め、大陸各国にはこのような原則がある。一部の国と地域を除いて、という注意書きが成されるが、しかし彼が侯爵子息という身分を捨てて重婚するとも思えなかった。


 しかしマテウスは、意外なことを口にする。


「まぁ、やりようはあるがな」

「は? いや、それってどういう――」

「おい、そんなことより北東の敵が動いたぞ」


 この時ほど敵を憎んだことをはないと、後にライフアイゼンは述懐している。

 無論、彼の個人的知的欲求を満たす前に敵の排除が優先されるのは当然の事なのだが。


「……戦いが終わったら教えろよ」

「互いに無事ならな」


 そう会話を交わし、ライフアイゼンとマテウスは指揮すべき師団の司令部の下へ駆けていった。



 10時40分。

 このセレスの戦いにおいて最初に動いたのは、キリス中央軍タグマ、もとい中央軍から離脱したティベリウス・アナトリコン率いる1万5000の部隊(便宜上ティベリウス軍とする)だった。


「よし。先手を打って敵の動きを封じる。前衛テルメ旅団、攻撃開始せよ!」

「御意!」


 ティベリウス軍は、中央政府や中央軍司令部からの度重なる嫌がらせに反感を持ってキリス第二帝国を見限った者たちの集まりである。

 しかしだからと言って有象無象の集まりと言うわけでもなく、ティベリウスとエル・テルメら将官の軍事的才覚と、ティベリウスに忠誠を誓う士官から下級兵に至るまでの士気の高さを持ち合わせていた。


 その士気の高さは、この時のティベリウス軍の「行軍速度」に垣間見ることができる。


 通常万単位の軍隊が移動する場合、街道の整備状況や補給・兵站の強弱、部隊の多寡に左右されるものの、1日あたり概ね20から30キロが限界である。

 しかしティベリウス軍は、国内移動における補給上の有利と、テルメの類稀な勤勉さによる緻密な行軍計画、街道・裏道、果ては獣道までも最大限利用し分進合撃を企図したティベリウスの命令、そして強行軍に耐えうる下級兵の士気の高さなどの理由によって、行軍速度が1日40キロを超えたのである。


 それほどまでに、この1万5000の軍勢は恐ろしかったと言える。


 しかしその強行軍の弊害として、ティベリウス軍は疲労が蓄積していたこともまた事実である。

 万全の状態で戦えば、2万のオストマルク帝国軍と互角に戦えただろう。しかしこの時はティベリウス軍の動きは単調で鈍重であったことは否めない。


 前衛テルメ旅団の苦戦を見たティベリウスも、すぐにそれに気づいた。


「疲労を士気でカバーする……とはいかないか」

「はい。殿下、ここはやはりサロニカの増援部隊を待って持久策に出るがよろしいかと」


 ティベリウスの事前に立案した作戦では、神速で以て敵の戦術的術策や陣地構築を封じて攻勢に出て、サロニカ守備隊を救出するというものだった。

 これは敵の撃滅やサロニカ解放というものではなく、あくまでサロニカ守備隊の救出だけに主眼を置いたものである。サロニカ守備隊は籠城戦によって士気が底をついているはずで、まともな戦力になり得ないのではないかという考えから、ティベリウスは挟撃作戦を取らなかった。


 だが現実は、自軍の疲労という無視できない要素によって早くもティベリウスの作戦は瓦解してしまったのである。

 このため次善の策として、彼は持久策に出てサロニカ守備隊と呼応し帝国軍を挟撃するというものに転換せざるを得なかった。


 しかし成功すれば戦争芸術とも讃えられる挟撃戦を実行できるというのは、武人としては最高の誉であることは事実であり、実際ティベリウス軍麾下の将兵たちの士気は高まっていた。


「だが、この間のように暴走されても困る。テルメ中将に伝達。『無理強いを避け、敵を引きつけながら防御に徹しろ』と」

「……よろしいので?」


 ティベリウス軍参謀は不思議そうに問い尋ねるが、ティベリウスは構わないとばかりに強く頷く。


「挟撃戦をしようにも、我らだけでは敵よりも数的に不利なのだ。機を見るのも大事だぞ、参謀」

「これは失礼を。殿下の神算鬼謀ぶりに、この不肖の身、感服いたしました。」


 神算鬼謀と表現するほどでもないと、ティベリウスは溜め息を吐きたかったが、しかし士気高まる部下の前でそれをするわけにもいかず、伝令を急がせることに終始した。

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