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大陸英雄戦記  作者: 悪一
砂漠の嵐
338/496

階級章なき、1万5000の非正規部隊

 暦を少し遡らせる。


「サロニカを見殺しにすることは、私にはできません」

「たとえそれが戦略的に間違っていることであっても、ですか」

「はい。殿下」


 激闘が続くエーゲ海、西部戦域アクロポリス、中部戦域サロニカに比べ、東部戦域ハルマンリは奇妙な戦争が続いていた。オストマルク・キリス両軍はただ睨み合うだけで、剣を交えない。斥候隊同士のごくごく小規模で短時間の戦いが繰り広げられるのみである。

 そんな中「サロニカに敵襲」の報がハルマンリに駐留するティベリウス・アナトリコン少将とエル・テルメ中将にもたらされたのは9月18日のことだった。


 以来この2人の間には微妙な空気が流れている。


 元サロニカ駐留警備隊の司令官だったエル・テルメは、部下を思うあまり戦力を南方に振り向けること提案。

 だがティベリウスは、その場合東部戦域側が疎かになり、オストマルク軍に突破される恐れがある。ハルマンリは元々オストマルク領だからいいが、それがキリス第二帝国領エディルネや、さらに進出して同国最大都市ミクラガルドが脅かされるようになれば話は別である。


「私には部下を見捨てることが出来る程の器量を持っていません。どうか、私だけでも戦線離脱の許可を」

「……しかしそれでは、貴官が危ないではないか」


 テルメ中将はティベリウスに対する忠誠心を一分子たりとも損なっていない。しかし同様に、部下に対する愛情も一原子たりとも損なっていないのである。


 彼は苦心の末、サロニカに向かうことを決めたのである。海上封鎖され補給も満足に取れず、戦力も不十分なテルメ旅団にとってサロニカはまさに死地であるのを承知の上で。


「……わかりました。テルメ中将の御随意に。……いえ、元々あなたの方が高位の人間。私の許可を求めずとも良いのです」

「殿下……」


 ティベリウスの言葉に、テルメは深く頭を下げて礼を述べようとした。しかし、ティベリウスはテルメの口上を遮ってとんでもないことを言う。


「しかし、あなただけを行かせるわけにはいきません。私もサロニカまで同行します」

「なっ……!? で、ですが殿下!」

「これが最低条件です。嫌とは言わせません。これはアナトリコン皇帝家の人間としての命令です」

「…………!」


 今までアナトリコン皇帝家であることを快く思っていなかったティベリウスがそう言い放つほどには、ティベリウスはテルメを臣下以上に見ていた。


 サロニカという死地に赴くことに、テルメは後悔していないし、するはずもない。

 しかしティベリウスを危険に晒すことは、テルメにはできない。


 彼が部下と主君の間で心が揺れ動く中、ティベリウスは着々と準備を始める。


「テルメ中将には引き続き旅団を率いていただきましょう。ハルマンリに残留する1個師団はセフェリス准将に任せます」


 だがティベリウスにとって予想外だったことも起きた。しかもそれはテルメ中将発ではなく、師団の指揮を引き継ぐはずのセフェリス准将から、そして麾下の師団の士官から下士官、下級兵士に至る者達から発せられた。


「閣下。いえ、殿下。私はティベリウス殿下とテルメ中将閣下と共に、サロニカへ赴きます!」


 セフェリスがティベリウスにそう述べると、傍にいた士官もそれに呼応する。


「小官も准将と心を同じくします!」

「私もです!」

「行かせてください、殿下!」


 皆一様にティベリウスに対する忠誠を誓い始めた。

 鐡甲重騎兵連隊カタフラクトの連隊長から、名も無き歩兵小隊の隊員、輜重兵に至るまで。


 その誓いの前に、ティベリウスは驚く前に激怒した。


「バカ者! 貴様らは栄えある中央軍タグマの兵士であるはずだ! であれば、皇帝陛下に忠誠を誓い、ここを死守し、以て帝国の盾となることが義務である。これを放棄すると言うのであれば、全員抗命罪で軍法会議を覚悟せよ!」


 ハルマンリが突破され、オストマルク軍が国境を越えれば、犠牲になるのは無辜のキリス臣民であるはずだと、ティベリウスは叫んだ。だが彼の部下は言うことを聞かない。代表して、セフェリスがティベリウスに反論する。


「殿下。私は、とうに帝国、そして皇帝陛下への忠誠心は捨てました。叡智宮ハギア・ソフィアの奴らは前線に出て来ず、あげくに殿下を妨害するだけ。しかし殿下はそれでも文句を言わず、帝国の為に戦いました。私はそんなティベリウス殿下についていくと決めたのです!」


 セフェリスの言葉の迫力の前に、ティベリウスは若干たじろいだ。その隙を狙ったのか、セフェリスは忠誠の追撃を掛ける。


「もしこの忠誠が罪であると仰るのであれば、私は軍を辞し、一個人として、ただのテオ・セフェリスとして殿下の下に馳せ参じ、共に戦います!」


 セフェリスはそう言うと、襟元に付けられた「中央軍准将」を表す階級章を引きちぎり、地面に叩きつけた。彼の熱狂じみた言葉と行動は、麾下の師団に伝染していく。


「そうだ、准将閣下の仰る通りだ!」

「皆の者、辞表を書くぞ!」

「階級章を外し、殿下への忠誠を誓うのだ!!」


 この、ある種の集団発狂とも言える暴挙が師団全体に伝わるのに1分を要さなかった。これはティベリウスに対する信頼と忠誠心もあるが、何よりも中央政府に対する不信感が彼らを覆っていたことは否めない。


 中央政府がティベリウスに対する嫌がらせや妨害を続ける余り、その皺寄せが下級兵士や、さらには周辺諸都市市民にまで広がったのである。この状況でティベリウスの言う「帝国、皇帝陛下への忠誠」などが発生するわけがない。


 そしてこの熱狂を見たテルメ中将も、襟元から階級章を、そして勲章さえも軍服から剥ぎ取り、地面に叩きつけ踏み潰した。


「……私も、彼らの言葉に同意します。このエル・テルメ、殿下に対して恒久的な忠誠を誓いましょうぞ」

「テルメ中将……」


 彼らの、理性もへったくれもない感情によって、歴史と、ティベリウスは大きく動かされた。


「…………わかった。皆の命、私が預かる」




 大陸暦638年9月22日、14時30分のことである。

アーススター公式サイトにて『大陸英雄戦記3』の特集ページが公開されました。

4月15日発売、また初回限定特典と店舗購入特典があります。


そしてさらに、3巻発売記念として特別読切コミックも公開されました。


詳しくは、活動報告で。

⇒http://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/531083/blogkey/1391586/




さらにさらに報告です。

ブックマークが2万、累計PV数が3340万を突破しました! これも皆さまの応援のおかげです。本当にありがとうございます。


なお3340万PVという数字に他意はありません。英語で言うと33.4ミリオンですが本当に他意はありません。信じてください。

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