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大陸英雄戦記  作者: 悪一
砂漠の嵐
336/496

サロニカ

 9月28日。


 グライコス地方中部最大都市サロニカに対し攻勢をかけているのは2個師団、約2万のオストマルク帝国軍。

 その師団の一隊を率いるのは、オストマルク帝国随一の変態にして栄えあるマテウス侯爵家の子息、ハインツ・アルネ・フォン・マテウス少将率いる師団であった。


「我が司令部は人手不足、女っ気のない職場、女も寄り付かないような消耗戦……ったく、なぜ俺はこんなところに居るのだ」


 戦況の前に女性と人手を気にするあたり彼の素性が窺い知れるが、しかしだからと言って彼が軍務を放棄しているわけではない。状況に沿って部隊を動かす手腕は、多少の粗はあるものの少将という階級に相応しくもある。


 彼の本領は、全部隊に情報を徹底的に共有させ、部隊を連携させて敵を翻弄することを得意としている。故に、いまやっているような都市攻略戦からの消耗戦は彼の最も嫌うところであった。

 マテウス曰く、


『女をベッドの上で弄ぶのが好きだからな』


 ということである。彼の軍略と何の関係があるかは、全くもって不明である。

 マテウス侯爵家の名誉の為に言えば、マテウス侯爵家の男子はほぼ全員女性関係については武人らしく清廉潔白である。その唯一の例外がこのハインツだ。


 そんな彼の下に、ひょんな縁から司令部付き下士官となったヘルゲ・ゼーマン曹長が駆け寄る。


「マテウス閣下。ライフアイゼン閣下より至急の連絡です」

「女性以外の手紙は受け取らん」

「そう言われましても……」


 彼は困り果てた。

 ライフアイゼンとは、マテウスと共にサロニカを攻略せんと動くもう1つの師団の指揮官である。階級はマテウスと同じく少将であるが、ライフアイゼンの方が先任であるため彼が都市攻略戦の指揮を執っている。

 そんな人物からの「至急の連絡」は無視して良いものではない。しかし女性という点に関しては頑固なマテウスを説得するのは並々ならぬ努力が必要である。


 その状況をひっくり返すだけの妙案は、ゼーマンには思いつかなかった。故に彼は軍務規定違反を承知で、ライフアイゼンからの「至急の連絡」を読み上げて無理矢理マテウスに聞かせることにした。


「コホン。『発ライフアイゼン師団司令部。宛マテウス師団司令部。我が師団所属の斥候隊がサロニカより北東にある村落にて敵部隊と遭遇。この敵部隊の処遇について話し合いたい』……以上です」

「…………面倒な」


 マテウスがそう反応すると、ゼーマンはホッと息を吐いた。

 もしかしたら聞かぬふりをするかもしれないと予想していただけに、たとえ指揮官とは思えない態度であっても喜ばしきことであった。


「面倒とは言っても、まさか会わないわけには行きません。ですので早速出立の用意を……」


 そう言いかけたところで、マテウスは「違う違う」と言って首を大きく横に振った。


「そっちではない。俺が面倒だと言ったのは、この状況を作り出した奴のことだよ」

「この状況を……というのは、ワレサ少佐たちのことで?」

「それ以外に誰がいる?」


 神聖ティレニア教皇国だとか、いやそもそも軍人になったマテウス少将とかいるだろうにとゼーマンは思わなくもなかったが、言ったところで彼の考えが変わるはずもなく、変な軋轢が生まれるだけだろうからと考えて口をつぐんだ。


 ゼーマンのその様子を肯定的に捉えたマテウスは、そのまま文句を垂れ流し続ける。


「恐るべきはアレでまだ17だということだよ。ったくいけ好かないガキだ。それにこの俺をコキ使いやがって……」

「そういうわけではないと思いますが……」

「だがこの西部・中部戦域における攻勢作戦を統帥本部長たる親父に上申するよう言ったのは他ならぬあいつだ。あの時、奴の口車に乗っていなければ今頃は……」


 ブツブツと呟くマテウスだが、ユゼフの口車に乗っていなければもっと苦しく面倒な状況に置かれていたことは間違いなかったのである。

 しかし彼にとってこの文句はまだ前座に過ぎない。


「いや、それ以上に腹が立つことがある」

「なんです?」

「女2人に好意を寄せられているのに妙に押しの弱いアイツの態度が気に食わん」

「……え? そうなのです?」

「なんだ、気付いてなかったのか」


 心底呆れたような顔で、彼は説明した。

 曰く、サラ・マリノフスカ少佐とフィーネ・フォン・リンツ中尉はユゼフ・ワレサに好意を寄せていて、そしてユゼフ自身もそれを知って且つ2人を友人以上に思っているだろう、ということを。


「あの短いやり取りで気付いたのですか……」

「気付かないのはお前とワレサ本人くらいだろうよ」

「……」


 マテウスの言葉に、ゼーマンは反論できなかった。確かにそうかもしれないという気持ちが自身にあったからである。


「あの歳なら6、7人は経験あっても不思議ではないのに、おかしなやつだ」

「いえ、流石にそれは少将閣下だけかと……」

「そうか? ……あぁ、いやそうだな。兄貴は俺より経験人数が少ないからな、2桁ほど。ったく兄貴もダメなやつだ。俺なんか12の時に近侍と初夜を迎えたというのに」

「…………」


 最早ゼーマンはどこをどう突っ込めばいいかわからなくなった。故に彼は早々に会話を打ち切り、早く「ライフアイゼンに会いに行け」という意味の帝国語を間接的に、且つ最大限の敬語で以てマテウスに言ったのである。

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