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大陸英雄戦記  作者: 悪一
砂漠の嵐
332/496

クレタ沖海戦 ‐突入‐

 1時21分。

 神聖ティレニア教皇国教皇海軍(レジア・マリーナ)第2艦隊旗艦「グイード」艦尾甲板にて、報告役の副官が、ベルミリオ大将に向けて叫んだ。


「先行するオストマルク戦列艦『ブレンハイム』より信号!」

「読み上げろ」

「ハッ。『作戦、第三段階に移行せよ』以上です!」

「……来たか」


 待ちに待ったその信号に、ベルミリオは昂揚した。その理由は2つある。

 1つは、憎きキリス海軍に向けて攻撃を開始できるという喜び。

 そして2つ目は、先行するオストマルク艦隊の勇戦ぶりを間近で見て、奮起していたからである。


 オストマルク艦隊二等戦列艦「ブレンハイム」を始めとした6隻の艦隊が、ティレニア艦隊の目の前で単横陣を敷いている。そのおかげで敵の注意を引き、オストマルク艦隊は現在キリス艦隊より激しい攻撃を受けている。

 それは言いかえれば、オストマルク艦隊が被害担当艦となることによって、ティレニア艦隊の被害が最小限に抑えられているということである。

 ティレニア艦隊とキリス艦隊の距離は1000程。この距離まで近づいて無傷というのは通常では奇蹟である。ティレニア艦隊のこれまでの被害は、流れ弾の「海神貫徹弾(エギール)」を旗艦「グイード」の右舷に2発掠ったのみである。


 そしてなにより自分たちの為に盾となって最前線で身体を張るオストマルク艦隊の勇姿に、ベルミリオ大将以下数万の将兵の士気が上がっていた。


 ベルミリオ大将はその昂揚ぶりを、麾下の将兵たち分かち合う。


「諸君。勇敢なる友人たちの戦いによって、我々はここまで来た。その敵からの攻撃を一身に背負ってくれた友人たちの為に、我々も戦う。南海最強は、栄誉ある教皇海軍レジア・マリーナであることを、奴らに教えるのだ。良いな!」

「「「「ハッ!」」」」


 自分たちが最強であるという自負が、彼らにはあった。

 そんな彼らが、距離1000になるまで友軍の影に隠れていたというのは耐え難い事であり、そしていざ戦うときになって負けましたとあっては、海の男としては死と同義であった。


 彼らには、そんな心があったのだ。

 その心を見たベルミリオは深く頷き、叫ぶ。


「全艦隊、右三点逐次回頭! 左舷ひだりげん魔術砲戦用意! 敵艦隊の背後を討つぞ!!」




---




 ティレニア艦隊の右舷回頭を見た、キリス艦隊司令官テオドラキス大将は気付いた。彼らが必死になって、狂気で以って攻撃していたオストマルク艦隊が盾であるということを。


「チッ。そういうことか、蛮族め!!」


 友軍を盾とするなどとは武人のすることではないと彼は怒ったが、状況は彼にとって悪い方向に傾いていた。

 彼が攻撃を集中させるオストマルク艦隊は航行可能ではあるが既に戦闘能力を喪っていると考えていい損傷を負っていた。しかしそのおかげで、麾下の艦隊の魔術師の疲労と魔力の消耗具合が激しく、ここで新たに精鋭ティレニア艦隊を相手取ることはキリス艦隊にとって荷が重かった。


「敵艦隊後続部隊、右舷回頭開始。我が艦隊の後方につくものと思われます」

「クソッ」


 テオドラキスは悪態を吐く。

 戦列艦は後方火力はないに等しい。そればかりではなく、艦尾には艦長室や士官食堂、提督執務室、操舵装置などの重要箇所がある。さらには戦列艦の構造上防御が弱く、艦尾に「海神貫徹弾エギール」のような貫徹力に優れる魔術を受けると艦全体に被害が及ぶ危険もあった。


 それだけに背後を取られることは、艦隊戦では最も避けたいことなのである。故にテオドラキスは命令するしかない。


「全艦隊、帆を最大に広げて右舷回頭開始。北北西に針路を取って風を掴み、敵艦隊との距離を保つ」


 その決断は間違いではない。むしろテオドラキスがとれる策の中では最良と言えた。

 彼は、背後を取らんと機動するティレニア艦隊から逃れるために、南南東の風を掴んで全力で逃げることにしたのである。距離を取って態勢を立て直せば、また五分の状況で艦隊戦が出来るはずだと。


 しかし彼がこの時失念していたのは、全速力で突入してくるオストマルク艦隊の存在だった。

 戦闘能力をほぼ喪失したとはいえ、彼の艦隊は航行能力を喪っていない。


 しかもさらに、彼の予想を超える事態が起きた。


 オストマルク戦列艦「ブレンハイム」艦尾甲板で、ユゼフ・ワレサが叫んだ。


「今だ!」


 そのとき、テオドラキスは奇妙なものを見た。

 単横陣を組むオストマルク艦隊の艦と艦の間に、火が浮かんでいたのである。比喩でもなんでもなく、文字通りの「火」が。

 オストマルク戦列艦から同じくオストマルク巡防艦へ向かって、火が飛ぶ。テオドラキスがよく目を凝らすとそれは、


「……縄?」


 それは、縄だった。縄に火がついていた。火が縄を伝っていき巡防艦に辿りつく。まるで導火線のように。

 否、それは導火線であった。

 直後、2隻のオストマルク巡防艦からほぼ同時に巨大な火柱が上がったのである。


「な、なんだ!? なにが起きた!?」


 敵艦が大火災発生。通常なら喜ぶべきことである。実際テオドラキス以外の人間は、自分たちの戦果だと思って歓喜していた。

 だが、テオドラキスは異変に気付いていた。


 火柱が上がり、マストが燃え、帆は焼け落ちる。どう考えても航行できるはずがない巡防艦が、なぜか自分たち目がけて突っ込んでくる。如何に南風が強いからと言って、これはあり得ない。

 大炎上している船なのに、誰も脱出を図ろうとしていない。通常なら誰もが火から逃れようと海に飛び込むのに、それがない。


 おかしい。テオドラキスがそう考えた時、彼は全ての事実に気付いた。

 巡防艦は航行していない。航行しているのはその両脇に居る戦列艦であるということ。つまり、


「奴ら、巡防艦を曳航しているのか!?」


 縄は2つあった、ということだった。

 1つは導火線として。魔術では命中精度の問題で正確な発火はできないが、縄であれば正確にできる。

 そしてもう1つは、曳航用だった。テオドラキスらがよく目をこらせば、曳航用の強靭な縄が伸びていることが確認できたであろう。


 炎上し、しかし曳航されて突入してくる巡防艦。これが意図するところは明白であった。


「全艦隊に連絡。直ちに右七点一斉回頭! 敵巡防艦を躱せ!」

「か、閣下!?」


 テオドラキスの突然の命令に、副官が狼狽える。


「わからんのか! 彼らは自爆するつもりだ! 直ちに回避しないと間に合わんぞ!」


 再度そう命令する時間さえも、彼には惜しかった。この時、炎上する敵巡防艦とキリス艦隊との距離はとっくに500を切っていた。曳航されているため多少速度は落ちているが、それでもすぐに彼らは突入してくるだろう。


 副官が慌てて後続艦に命令を伝達するも、それは困難な作業であった。

 信号弾と手旗信号、信号旗という簡易な伝達手段しか持たない艦隊戦において、テオドラキスの命令とその理由について全てを伝えることは叶わない。

 ある艦は敵巡防艦が曳航されていることに気付かず、後方から接近するティレニア艦隊を警戒してテオドラキス大将が放った意味不明な命令を無視して直進し、またある艦はテオドラキス大将の命令を律儀に守って右舷回頭する。


 その混乱が、キリス艦隊にとっての悲劇だった。


 オストマルク戦列艦各艦は左右に展開して曳航する巡防艦を前に出し、曳航用の縄を切断。慣性だけで直進する巡防艦を前に、さすがにキリス艦隊各艦は気付き、各々が回避行動をとる。


 だがそれは、あまりにも遅かった。むしろその回避行動が、艦隊に余計な混乱を産んだ。


 そして1時22分。


 可燃物を抱えて自らが巨大な火の玉となって前進する2隻のオストマルク巡防艦が、キリス海軍南海方面艦隊所属の一等巡防艦「トゥーズ」と、二等戦列艦「ケメル」の左舷に衝突する。

 オストマルク巡防艦2隻の艦首が「トゥーズ」と「ケメル」の左舷を抉る。左舷に大きな穴を開け、そこから大量の海水を侵入させる。さらには火が燃え移り、4隻の艦がキリス艦隊のほぼ中央で炎上するという事態が発生した。


 軍艦2隻が行動不能になったという事実よりも、この事態の方がキリス艦隊にとって致命的であった。


 キリス艦隊所属のある戦列艦が、その被害を受けていた。


「艦長! 煙が邪魔で、旗艦『オケアニス』が視認できません!」

「なんだと!? それでは『オケアニス』との連絡が取れんではないか!!」


 炎上する4隻の軍艦から立ち込める煙は、強い南南東の風によって艦隊の中央を横断していた。その巨大な煙がキリス艦隊の先頭を走る旗艦「オケアニス」と後衛艦隊の命令系統を完全に分断してしまったのである。


 この時、旗艦「オケアニス」の艦尾甲板では、テオドラキスが必死に後衛艦隊に命令を出していた。曰く、


「直ちに右舷回頭し戦域から離脱。態勢を立て直せ」


 と。

 しかしその命令が、艦隊後方に届くことはなかった。


 煙に邪魔され、旗艦「オケアニス」からの命令を受け取れない後方の艦らは独自の判断によって行動するしかない。

 しかし艦隊はただでさえ混乱しているのに、さらに背後からは精鋭のティレニア艦隊が整然と、しかし溢れ出る殺気を伴って接近してくるのである。


 キリス艦隊の狼狽と、友軍艦隊の士気を見たベルミリオは勝利を確信した。


「全艦隊に伝達! 『海神貫徹弾エギールを、敵艦隊のケツにぶちかませ』ってな!」

わかりやすいようなわかりにくいような、クレタ沖海戦のまとめ図説


挿絵(By みてみん)

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