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大陸英雄戦記  作者: 悪一
砂漠の嵐
330/496

クレタ沖海戦 ‐丁字陣形‐

 俺がケルキラに赴き、そしてケルキラに係留されていたオストマルク艦を拝借した時は流石にフィーネさんに怒られた。

 ……いや、正確に言えば、船の揺れに慣れてきていよいよ敵が目の前に映っている状況においても怒られている。


「クライン大将の許可をほとんど得ないままに師団から離れたと思ったら、次は戦列艦を借りるとはいい度胸をしていますね、少佐」

「お褒め戴きありがとうございます」


 ここに至る経緯を簡単に説明しよう。


 マテウス准将が戦時昇進して少将になった。戦力再編成で師団長になった。

 シレジア軍事顧問団の俺らが師団司令部配属になった。

 マテウス少将の変態ぶりに辟易していたので逃げた。


 以上!


「敵前逃亡で処刑されますよ」

「一応形式上の上司となるマテウス少将の許可は貰いましたよ」

「……私が処刑されたら恨みますからね」


 半分冗談っぽい口調でジト目でそう言うフィーネさん。まぁ彼女は情報省所属武官だから敵前逃亡罪は適用されないだろうし、俺とサラは外交官待遇の軍事顧問団だ。オストマルクの軍紀は通用しない。


「そして今度は、旧式とは言え戦列艦と巡防艦を借りて作戦ですか」

「い、一応統帥本部と艦隊司令官の許可は取ってますよ」


 だから何も問題ない。


「問題大ありだと思いますが。皇帝陛下からの『関係省庁にはより一層の努力を、そして軍には多大なる戦果を期待するものである』という訓示を利用するなんて、嫌われますよ?」

「いやぁ、フィーネさんから嫌われなければ数多の将軍たちに嫌われても大丈夫ですよ、たぶん」

「はぁ……」


 目頭を押さえるフィーネさん。いや、本当ごめんなさい。この戦略や作戦を立案し通すために彼女には色々無理をさせてしまった。


「この貸しはいつか必ず返してもらいますからね」

「はい」


 フィーネさんとの結婚を考えなければならない時期が来たのだろうか。いやしかしサラさんのこともあ「なにやってんの?」る――――――!?

 先ほどまでこの二等戦列艦「ブレンハイム」のメインマストにて敵艦隊を注視したサラがいつの間にか降りてきたのである。


「いきなり声を掛けないでくれないかなサラ、ビックリするから!」

「……徐々に声を掛ける方法ってあるの?」


 言われれば確かになかった。


「で、なにしてるの? まさかあんたたち私のいないところで――」

「いや大丈夫サラさんの心配するようなことはなにもしていないのでどうかご安心を」

「さん付けは禁止!」


 デコピンが久しぶりに飛んで来た、けどあまり痛くなかった。えっ、なんで? もう老化しちゃったのサラってば。はやくない? そう思って彼女に目を向けると、


「ユゼフが船酔いしてるから手加減してあげたのよ! それに敵はもう1万3000の距離だし!」

「あ、そうなの」


 優しい。そして目印が少なく測敵がしにくい海上でも距離をしっかり測れる彼女はやはり人間離れしているとも思う。


「さて、と。1万3000まで近づいていよいよ作戦開始となる、か。本来なら2人には後方に下がってほしいけど……」

「ユゼフは私がいないとすぐに死ぬからダメ」

「ユゼフ少佐は私がいなくなると他の士官たちとの会話が成立しなくなるからダメです」

「うわー、俺ってば愛されてるー」


 色々涙が出てくる。女の子を守りたい願望はあるけど、現実問題守られているのは俺である。


 陸上戦闘においては並ぶもののいない勇者であるサラ。一見すると海戦では役に立たないと思われるだろう。ところがぎっちょん、海戦においても「敵に体当たりして敵船に乗り込み白兵戦」という状況がないわけじゃない。

 彼女には船に搭乗している海兵隊を指揮してもらって、もしもの時の白兵戦に備えてもらう。


 フィーネさんも、キリス海軍や地理に関する情報を提供してもらいつつ、オストマルク軍士官との間の架け橋的な存在になっている。それ故にいつも彼女は俺の傍を離れないのだがそれがまたサラの怒りを助長させてるわけでして。


 ……戦争と俺の恋、どっちが先に決着がつくだろう。


 ま、まぁそれは後の事としておいて、


「さっきも言ったけど距離1万で作戦開始。各部署、各艦にはその旨を改めて通達。事前準備を怠らないように。海戦用魔術の最大射程距離は3000程。その距離になったら敵も攻撃を始めるだろうと思う。けど、決して逃げちゃいけない」


 この作戦には2つ意味がある。


 1つは純粋な勝利。

 2つ目は、同盟国となる神聖ティレニア教皇国の信頼を勝ち取るということ。

 先頭に立って、自ら危険を冒す。安全な後方に下がってティレニアに任せるということをしない。そう言った政治的パフォーマンスのための作戦だ。


「真っ先に逃げ出しそうなのはユゼフだから、ユゼフが逃げなければ大丈夫よ」

「マリノフスカ少佐に同意します。それに我が海軍の水兵は誰もが勇者ですから」


 ……日頃の行いは大事だなぁ。




---




 9月8日1時15分。

 キリス第二帝国海軍南海方面艦隊司令官テオドラキス大将は困惑していた。接近中の艦隊は南海の好敵手的存在であるティレニア艦隊、そう思っていたのに、来たのは海軍力に劣るオストマルク艦隊。

 偵察かもしれないと思ったが、しかしさらに接近しようとするのは不可解だった。しかも敵艦隊は索敵班の報告によれば、南海方面艦隊とほぼ同数だという。


 だとすれば尚更納得いかない。なぜ先頭が二等戦列艦なのか。一等戦列艦なら、納得しえたのに。

 当惑するテオドラキスの下には、定期的に部下から報告が入る。

 だが今回の報告は、今までとは別の報告を混じっていたのである。


「風向き、風速共に変化なし。敵艦隊までの距離、およそ1万。なおも単縦陣で接近中! ――いや、お待ちください!」

「どうした!?」


 部下の1人が慌てて単眼鏡を見て、左舷を見る。敵が単縦陣で突入しているはずなのだが、部下が見たものは先程の報告と一部違っていたのである。


「敵艦隊、陣形を変えます! ――先頭艦が単横陣を取りました!」

「何!? 単横陣だと!?」


 テオドラキスは、再び驚愕する。先ほどのオストマルク艦接近の報が霞んで見える程の驚愕さだった。


 戦列艦は、舷側げんそく、つまり進行方向から見て横方向に砲門がある。砲門から魔術師が海戦用上級魔術を放ち、敵に攻撃する。そしてその場合、艦首・艦尾側はほぼ無防備となる。

 故に艦隊戦では、艦隊が縦一列に並ぶ単縦陣で以って敵艦隊と併走乃至逆走して、互いの舷側を見せ合いながら魔術砲戦に入るのが定石となる。艦首・艦尾に無理矢理魔術師を集めることができないわけではないが、しかし幅には限界があるためそれは非効率的である。


 そのためテオドラキスは、敵が艦隊を横一列の単横陣で航行する意味を見いだせなかったのである。


「……敵は何を考えていると思う、参謀長」


 結論が見いだせず、彼は傍らに立つ参謀長に意見を求めた。その間にも、敵艦隊は確実に接近してくる。


「我が軍の攻撃を、出来る限り避けるため、ではないでしょうか?」

「どういうことだ?」

「はい。例えばこの、一等戦列艦『オケアニス』の全長は約60メートル、幅は約15メートルです。つまりそれは、我が艦隊に垂直に接近する艦は、同じ距離にあって舷側を晒している艦の4分の1に見える、ということです」

「つまり我が軍の攻撃命中率が75パーセント低下するということか」

「然り。しかし敵は接近してきます。さすれば、おのずと命中率は上がりましょう」


 参謀長は自信を持って、敵艦隊の敗北を予言する。しかし現実は違っていた。

 数分後、部下から更なる報告が上がる。


「敵艦隊、先頭の6隻を横陣にしたのみで、後続艦は単縦陣のままです!」

「なに?」


 つまり敵、オストマルク艦隊は「丁」字型の陣形を取っているということである。この不思議な陣形は、テオドラキスの長い軍歴の中で始めて見る物だった。

 無論、テオドラキスより若い参謀長が知るはずもなく、オケアニス艦尾甲板に集まるキリス艦隊司令部要員は誰もが沈黙した。


 困惑するキリス艦隊司令部を余所に、オストマルク艦隊は前進を続け、ついに距離3500となる。それは対艦攻撃に特化した上級魔術「海神貫徹弾エギール」「海神榴弾スヴァローグ」の射程に間もなく入るという意味だ。


「……閣下。如何なさいますか?」


 本来であれば敵艦隊に対する攻撃命令を出すことであるが、その敵が余りにも不可解な行動を示すためにテオドラキスは躊躇っていた。

 しかし敵が何をしようにも、それをわざわざ黙って見ているのも愚策というものだ。テオドラキスは決断する。


「全艦隊、左舷ひだりげん魔術砲戦用意。使用魔術は『海神貫徹弾エギール』」


 艦隊司令官テオドラキス大将の命令は即座に信号弾になって全艦隊に伝わる。そして旗艦「オケアニス」の艦長も、彼の命令を復唱した。


「了解。全艦、左舷魔術砲戦用意。使用魔術『海神貫徹弾(エギール)』! 優先目標、敵艦隊右中央に位置する二等戦列艦!」


 海戦用上級魔術「海神貫徹弾エギール」は水系魔術。敵戦列艦の外板を貫通させることに特化した魔術である。

 一方の「海神榴弾スヴァローグ」は火系魔術。火系魔術故に炎によって乗員を殺傷、船体上部構造物を燃やし尽くすためにある。しかし貫徹能力に劣るため、使い方次第では威力を発揮しない。


 暫くして、キリス艦隊の左舷側が輝き出す。これは上級魔術の特徴、魔力が溜まったときの特有の発光現象である。これが意味するのは「いつでも攻撃できる」ということ。


 それを確認した副官が、テオドラキスに報告する。


「全艦隊、左舷発光確認。敵艦隊との距離は3000を切りました」

「よし」


 副官の報告を受け、テオドラキス大将は叫ぶ。そして命令を受けた艦長もほぼ同時に叫ぶ。


「全艦隊、攻撃開始!」

「撃て!」


 キリス第二帝国南海方面艦隊旗艦「オケアニス」の砲門が火を噴く。65の砲門から放たれた65の「海神貫徹弾エギール」が空を切って突き進む。そしてそれと同じ光景が10分の1秒単位で後続艦で再現された。


 陸戦とは比較にならない、数千発の上級魔術がユゼフが乗艦する戦列艦「ブレンハイム」らに向かった。


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