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大陸英雄戦記  作者: 悪一
砂漠の嵐
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クレタ沖海戦 ‐接敵‐

 海戦と陸戦には、共通点が多くある。


 各艦の連携と統制がとても重要であること。それが失われれば艦隊は潰走すること。追撃戦・包囲殲滅戦が最も戦果を上げるということ。艦の構造上、艦隊の後方が脆弱であるということ。


 そして何より、数的有利に立っている側が勝利するということである。

 数が同じで他の戦略的条件も同じである時、多くの場合において戦術的に決着がつかないこと、即ち引き分けが多い。しかし防衛側にとってみればそれは敵の攻勢を防ぎ切ったということになり、防衛側の戦略的勝利という意味となる。


 つまり、海戦においても陸戦と同様に防衛側有利の法則が働くのである。



 大陸暦638年9月8日。

 クレタ島から西に47キロの海域、アンティキティラ海峡に布陣しているキリス第二帝国海軍南海方面艦隊40隻が、南から接近する艦隊を発見したのは9月8日12時30分のことであった。


「方位1-9-0、距離およそ2万5000の海域に艦影見ゆ!」


 南海方面艦隊旗艦、一等戦列艦「オケアニス」のメインマストにいた水兵がそう叫んだ。25キロという水平線ギリギリの位置にある艦隊を見つけるのは並大抵のことではない。だがその艦隊が敵なのか、それ以外なのかは流石に判別できない。


「……敵か?」


 艦隊司令官、テオドラキス大将は呟いた。誰か特定の者に対して聞いた言葉と言うよりは、自らに問いかけるための言葉であった。

 しかし敵であることはほぼ間違いない。艦隊が現れた方向に展開する友軍艦艇はない。それに25キロという距離で発見したという事実から、接近中の艦艇が大型であることは容易に推定できる。であれば漁船である可能性も否定できる。

 大型の貿易船である可能性も、隊列を取っていることから考えて否定できた。


「なら、敵だな」


 しかし敵とわかったところで、すぐに魔術攻撃が開始されるというわけではない。敵艦隊との距離はおよそ25キロ。それに対して海戦で多用される上級魔術の最大射程は2から3キロ。

 南北方向に艦を並べる敵に対して、キリス艦隊は東西に艦列を作っているため相対速度は約10ノット、時速18.5キロほど。これでは射程に入るまで1時間以上かかるのだ。


 故に最初に彼がすべきことは、戦闘準備のための命令となる。


「接近中の艦隊を敵と断定する。全艦隊戦闘準備、左舷ひだりげん魔術砲戦用意!」


 テオドラキス大将は叫び、旗艦「オケアニス」艦長が復唱する。


「了解! 全艦戦闘配置、左舷魔術砲戦用意!!」


 艦長から各部署士官に命令が伝えられ、さらに士官から下士官に、下士官から水兵に、と順に命令が下る。一等戦列艦「オケアニス」の乗組員896名が、上甲板で、中甲板で、下甲板で慌ただしく、しかしよく訓練された動きを見せる。

 そして左舷側の砲門が順々に開かれる。中には海戦用魔術詠唱の準備を始める上級魔術師が詰めていた。一等戦列艦「オケアニス」の砲門数は片舷65門、両舷130門。つまり「オケアニス」には少なくとも130名の上級魔術師が乗艦していることになる。


 それと同時に、テオドラキスの命令は信号弾と信号旗によって後続艦に伝えられる。陸戦と違うのは伝令兵による命令伝達がなされない点にあり、故に簡単な命令しか出せない。


 テオドラキスの命令が余すことなく、南海方面艦隊全40隻に伝えられ、全ての準備が整ったのは12時50分のことであった。

 この時、単眼鏡を使って敵艦隊の動向を探っていた戦列艦「オケアニス」の魔術長が気付いた。


「……テオドラキス閣下、接近してくる艦隊の先頭にいるのはオストマルク帝国海軍の旗を掲げています!」

「何!? ティレニアではないのか!?」

「間違いありません! 艦形から見て、80門級二等戦列艦です!」


 士官の報告を受けたテオドラキスは慌てて自分の単眼鏡を覗き、敵艦隊先頭を注視した。部下の言う通り、テオドラキスが見たのはオストマルク帝国海軍旗だった。


「そんなことが……」


 テオドラキスは、その非現実的な光景を前に一瞬思考を凍らせ、次に考え込んだ。いったい敵は何を考えているのか、、と。

 そしてそのオストマルク艦が距離1万にまで接近した時、さらに驚くべき事が起きた。




---




 キリス第二帝国海軍南海方面艦隊40隻に対し、神聖ティレニア教皇国教皇海軍(レジアマリーナ)第2艦隊は36隻と数の上ではほぼ互角であった。

 数が互角であれば、艦隊の編成や兵の士気・練度、統制の差が勝敗を決める。


 だが艦隊戦においてはもうひとつ無視できない要素がある。それが「風」だ。


 艦隊戦の主力である戦列艦・巡防艦は風を帆に受けて航走する帆走船である。即ち風上に位置する艦は速力を上げやすく、逆に風下に位置する艦は風に向かって進むことは技術的に可能であるがそれでも、風上にある艦と比べて機動力が落ちる。


 その原則は、海軍士官のみならず船乗りなら全員が知っているところであり、教皇海軍大将ベルミリオも同様である。

 教皇海軍第2艦隊旗艦「グイード」艦尾甲板にて、彼はグイード艦長に問いかける。


「艦長、風はどんな感じだ?」

「ハッ。風はこの季節に珍しく南南東からで、28ノットであります。やや強いですが艦隊の航行に大きな支障はありません」

「なるほど、確かに珍しいな」


 夏の南海東部は強い北風に見舞われることが多い。無論例外もあるのだが、そんな例外に恵まれる日はそう多くない。

 故にベルミリオはその珍事に多少驚いたが、しかし風上を取ったことによって戦闘が有利になると思い、士気は高揚していた。


 だがそれも、視線を別の場所に移せばすぐに下がるのだが。


「……にしても」


 そう言って、ベルミリオは前を見る。そこにあったのは旗艦「グイード」に比べて小型の艦、しかも今にも沈んでしまいそうなボロい老朽艦だった。

 その艦のマストにはオストマルク帝国海軍の海軍旗がはためいている。

 オストマルク帝国海軍80門級二等戦列艦「ブレンハイム」ら数隻の旧式艦が、艦隊の先頭を航走している。


「にしても、どうも旗艦の前に船があることに違和感があるな」


 彼の言い分は尤もである。

 旗艦が艦隊の先頭に立って後続艦の指揮をとるのが普通だ。もし旗艦が撃沈破乃至(ないし)戦闘不能となった時は2番艦に座乗する副司令官が指揮を引き継ぐのである。

 しかし先述の通り、旗艦「グイード」の前方には今回は友軍であるオストマルク帝国海軍の旧式の、さらに攻撃力・防御力に劣る二等戦列艦が航行していた。

 これでは相手が見えにくく、指揮が執りにくい。それに真っ先に敵の猛撃を受ける先頭があの船ではどれほど役に立つかわからない。

 常に先頭で指揮を執るベルミリオとしては違和感この上ない光景である。


「……例のシレジア王国の士官が立てた作戦を、閣下は承認されたはずでは?」

「まぁそう言われてしまうとそうなのだが……」


 艦長の言う通り、これこそがユゼフが考案しベルミリオが承認した作戦の根幹なのである。

 だが理屈でわかっていても、という理論がベルミリオの脳内を駆け巡り、彼は釈然としない現状に悩みを持ちながら、艦隊を北上させていた。


 それにその作戦が成功するかどうかについては、ベルミリオは半信半疑だった。

 だがこうも思った。

 作戦責任者はユゼフ・ワレサとかいう軍事顧問団であり、そしてここで負けて困るのはオストマルク帝国だ。ティレニアにとっても船を失うのは痛手かもしれないが、だからと言って大敗しなければ致命傷となる事は少ない。

 戦力がほぼ拮抗しているから大敗もあり得ない。


 とすると、ベルミリオにとってこの作戦はローリスク・ハイリターンなものということになる。勝てば幸い、負けても安心。そんな作戦だったのである。


 もっとも、ベルミリオの決断させたその理屈は、作戦立案者にして責任者たるユゼフもわかっていたのだが。


 12時30分。

 キリス艦隊が教皇海軍艦隊を発見したのとほぼ時を同じくして、旗艦「グイード」の索敵班が叫ぶ。その叫び声を聞いた全ての乗組員に、緊張が走った。


「12時方向、アンティキティラ海峡にキリス艦隊発見! 立ち塞がる形で展開しています。総数40!」

「先行するオストマルク艦より信号!」


 オストマルク艦「ブレンハイム」からの手旗信号。それは「グイード」索敵班が報告した内容とほぼ同じの敵艦隊発見の言葉、そして、


「『我ら、距離1万にて作戦行動を開始。貴艦隊の武運を祈る』――以上です!」


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