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大陸英雄戦記  作者: 悪一
砂漠の嵐
327/496

教皇海軍

 神聖ティレニア教皇国教皇海軍(レジア・マリーナ)は、南海最強と呼ばれている海軍である。


 ティレニアという国自体、半島に立地しているという地政学的有利がある。南側には海が、北側には2000~4000メートル級の山々が連なるアルプス山脈があるためその方面における国防上の不安はない。

 唯一の不安要素と言えば、過去の戦争によって領土を割譲させられたオストマルク帝国との外交的不安であった。未回収のティレニアと呼ばれる、ティレニア東北部地方の帰属問題はこの時代のティレニアとオストマルクを悩ませる重要な外交問題だった。


 そんな問題を抱えていた両国が、大陸暦638年8月末に対キリス同盟を結んだことは「奇蹟」と言われるまである。


 第七次オストマルク=キリス戦争におけるこの対キリス同盟、オストマルクが打診した軍事支援は「ティレニア海軍の派遣」、そしてそれに対する対価は「キリス領クレタ島の割譲」である。


 クレタ島はエーゲ海の南端に位置する島。「この島より北の海をエーゲ海と呼ぶ」と言われている通り、クレタ島はエーゲ海の出入り口である。その出入り口をティレニアが領有する意味は、未だ南海東部海域において力を持っているキリス第二帝国海軍をエーゲ海に封じ込めることが可能で、かつエーゲ海・南海海域におけるキリスの通商を妨害できるという利がある。


 南海権益、南大陸権益をキリスと激しく奪い合うティレニアにとって、クレタ島割譲はとても魅力的な提案であった。

 故に、ティレニア教皇ベネディクト・チェーザレ・デ・ボルジアⅡ世は仮想敵国であるはずのオストマルク帝国を支援するために艦隊を派遣することを決断したのである。


 ベネディクトⅡ世によるキリスへの宣戦布告は、在教皇国キリス大使館を通じて叡智宮ハギア・ソフィアにもたらされる。軍人長官を始めとした軍幹部は対策会議を開き、こちらも艦隊を派遣することを決定。


 8月31日。

 神聖ティレニア教皇国軍パーチェ海軍基地から、フィリッポ・ベルミリオ海軍大将率いる艦隊が出撃。

 そして奇しくも同じ日、キリス第二帝国軍イズミル海軍基地からもミニス・テオドラキス大将率いる艦隊が出撃した。




---




 ――大陸暦638年9月3日14時30分。教皇海軍レジア・マリーナ第2艦隊旗艦、一等戦列艦「グイード」艦尾甲板。


 ベルミリオ大将率いる艦隊は、真っ直ぐ陸に向かって進んでいた。


「閣下、間もなくケルキラに到着いたします」


 航海長からの報告に、閣下と呼ばれたその男、フィリッポ・ベルミリオは不快感を露わにしつつ航海長に注意を促す。


「わかった。……航海長、ケルキラ周辺は潮流が複雑だ。しっかり舵取りしてくれ」

「ハッ」


 航海長は舵輪を握り直す。

 その様子にベルミリオは溜め息をついた。それは航海長に対する者ではなく、この航海の目的に対するものである。


「こんなところに海軍基地を作ったオストマルクを恨むよ。すぐにでも砲撃したい気分だ」


 ケルキラはオストマルクで最も南にある島であり、海軍基地が位置する場所は島の大陸側にある。それは外界からの攻撃にさらされにくく艦隊を保護しやすいという利点があるものの、島と大陸の間は最狭部で僅か2.4キロしかなく潮流と風向きが複雑になるという難点もある。


「閣下、そう仰らないでください。我らも最狭部3.3キロのメッシーナ海峡にパーチェ海軍基地を作っているのですから」


 ベルミリオの独り言に、副長が答える。一応は同盟国であるオストマルクを慮っている故の言葉であったが、ベルミリオにはこの先の戦いにオストマルクと肩を並べるということに不満を持っていた。


「武人は戦うのが仕事であり、戦って死ぬのはむしろ本望だ。だが、オストマルクのために死ねなどと言われたら、俺という存在は永遠に笑いものとなるだろうよ」

「そんなことはないとは思いますが……」


 副長は肩を竦める。

 ベルミリオの言葉の意味がわからない、というわけではない。先週まで仮想敵国として睨みつけていたオストマルクを、如何に国際情勢が変化したと言っても手を結んで一緒にキリスを討つなどというのは下々の者からしたら複雑な心境に陥るのだ。


「これがキリスと手を組んでオストマルクを討つ、であれば喜んだものだが」

「閣下!」


 さすがにそれ以上の発言は、許されるものではない。そう思った副長は思わず叫ぶ。

 軍人が命令に不満を持つのはまだ良い。だが教皇猊下の命令に反してオストマルクを討とうなどと放言すればそれは抗命罪を問われても文句は言えないのである。


「わかっているさ副長。ここまで来てオストマルクを討とうとはしないさ。それにキリスのことも嫌いだしな」

「……であれば、小官は何も言いません」


 そんな将兵の不安を背負いつつ、ベルミリオは戦列艦・巡防艦その他合わせて36隻、兵員約2万2000名の艦隊を率いて、オストマルク帝国軍ケルキラに入港した。

 無論、36隻もの軍艦を全て港に入れることは叶わない。故に一部の艦艇を入港させた後は沖合に停泊させるのが普通である。


 左舷ポートサイドに船を接岸させた戦列艦「グイード」から、ベルミリオ大将以下艦隊司令部要員が上陸を果たす。


 神聖ティレニア教皇国が仮想敵国であったはずのオストマルクの軍港に入り、高級士官がオストマルクの地を踏む。オストマルクもまた水兵たちが一心に艦隊に補給物資の積み込み作業を開始する。

 両国の関係を思えば、それだけで「歴史的出来事」として永遠に戦史に残される事象である。


 そんな「歴史的出来事」に不愉快な気分を味わっているベルミリオ大将を出迎えたのは、オストマルク軍高級士官や政府官僚、そして、


「お初にお目にかかります閣下。私はシレジア王国から派遣された軍事顧問、ユゼフ・ワレサ少佐です。今回は閣下の戦いを補佐すべくやって参りました」


 奇妙な南海情勢の縮図が、ここケルキラに現れた瞬間である。

【お知らせ】

『大陸英雄戦記』、本日で一周年です。

これからも末永くよろしくお願いします

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