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大陸英雄戦記  作者: 悪一
砂漠の嵐
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外務大臣の仕事

 大陸暦638年8月26日10時40分。


 鎖付き眼鏡を装着した老人が自身にあてがわれた部屋で執務に没頭していた時、ノックもそこそこにドアが勢いよく放たれた。

 老人が驚いてドアを見やれば、そこにいたのは新雪のような銀色の長い髪を持つ1人の女性であった。


「お祖父さーん、手紙だよー」

「……おいクラウディア、いつも言っているが――」

「あーはいはい。外務大臣閣下、至急の手紙が来ておりますよ」


 その女性、外務大臣秘書官クラウディア・フォン・リンツは実の祖父にして上司であるレオポルド・ヨアヒム・フォン・クーデンホーフ侯爵に対して投げ遣りな態度を示し、手に持っていたその手紙を渡す。

 それも2つ。


 1つは豪華な装飾のある立派な書簡。

 1つは何の変哲もないただの手紙。


 どう考えても緊急性は書簡にあるため、クーデンホーフ侯爵はまず初めに書簡を読み始めた。侯爵の予想通り、その書簡は麗泉宮(シェーンブルン)からのものであり、内容はオストマルク皇帝フェルディナント陛下の御言葉である。

 書簡を読み終えた侯爵は、その書簡の中身をクラウディアに読ませつつ感想を端的に述べる。


「ワレサ少佐の読みが外れることもあるということかな?」


 第七次戦争は、ユゼフ・ワレサの起こした戦争であると言っても過言ではない。しかしここまで戦果が拡大することは彼だけでなくクーデンホーフ侯爵にも予想外だった。

 そしてその考えは、クラウディアも同様だった。


「キリスにもまだ出来のいい将官がいるってことを褒めた方が良いんじゃない? そしてこのことは一部の人たちは喜ばしいことかもしれないけどね」


 誰とは言わないけど迷惑極まりないわね、とクラウディアは付け足す。


「今頃一番割を食っているのは財務大臣ではないのかね?」

「たぶんね。財政健全化を成し遂げた途端にこれだもの。でもまぁ、一部の軍人が強敵を相手取ることに快感を覚えるように、今の財務大臣も軍事費という強敵を相手に興奮してるかもしれないわ」

「だとすれば、我が国の未来は安泰だな」


 侯爵はそう言って、短く溜め息を吐いて続ける。


「まぁ、皇帝陛下からの訓示もあったことだし、我々も努力せねばなるまいよ。とりあえず仕事を適当に切り上げて帝都に戻るか?」

「どうでしょうね? 時間差はあるけどまだ軍は成果を挙げられてないんじゃないと私は思います。なら無理に急ぐ必要ないと思いますけどね」

「そうか? しかし戦場にはあのワレサ少佐がいるとなると話は別じゃないか?」

「……まぁ確かにそうかも」


 クラウディアは否定しなかった。

 なにせ彼はすること成すこと全てが自分の予想の斜め上を行くからである。局地紛争が全面戦争になったのは確かに痛いかもしれないが、だからこその勝機を彼は見つけるのではないかとも思えるくらいには。


 それに今回の場合、彼は外国人の立場だ。友好関係にある国であろうと、自分の国の人間でなければ多少の被害なぞ何とも思わず、容赦なく作戦を立てるかもしれない、と。


 思考する彼女を余所に、侯爵はもう1つの手紙を指差した。


「で、もう1つの手紙は誰からだ?」


 それは外見はただの手紙。伝書鳩を利用した手紙であるため、一度職員の手によって綺麗な手紙の形となり「検閲済み」の判が押されていた。


「えーっと、大使館経由で送られてきた手紙で……ちょっと待ってね」

「ん?」


 侯爵の疑問を余所に、クラウディアは封を開けて上司たる外務大臣より先に中身を読み始める。書簡と違って機密指定が緩い手紙なのだろうと予想は出来たが、それでも急に言葉を止めて夢中になって読み始めるものではない。

 侯爵が一言注意しようかと悩み始めたと同時に、クラウディアはその手紙を読み終え、そして


「くふふっ、あははははっ!」


 なぜか笑い始めたのである。

 年相応、見た目相応の笑顔であったが、どこか彼女の本質を捉えた悪魔的な笑いが含まれているようだった。


「……おい、笑う前に報告しろ」

「はははっ……っと、んっ、あっ、コホン。申し訳ありません閣下。面白いものが書いてあったから、つい」

「いいから、何が書いてあったんだ? いや、その前に誰からだ?」


 その質問を待ってましたと言わんばかりに、クラウディアは答える。


「我が愛する妹、そしてその妹が愛している彼からのお手紙よ」

「……噂をすればなんとやら、というやつか」


 それは、フィーネ・フォン・リンツ代筆によるユゼフ・ワレサからの手紙であった。遠く離れた戦地から海と山と森を超えてやってきたというだけでも驚くべきことかもしれないが、その手紙の内容は侯爵にさらなる驚きを与える。


「内容は、膠着する東部戦域を打開するための策について」

「……ん? なぜそのようなものが我々の下に?」

「ちょっと待ってねお祖父さん。まだ続きあるから」


 いつの間にか「お祖父さん」呼ばわりに戻っているのを、クラウディアは気付いているだろうか。いや、おそらく無意識であろう。それだけ彼女は、その手紙の内容に興奮している。


「『東部戦域を打開するは、海軍の力を以ってする他なし。しかしオストマルク海軍思いの外脆弱故に力及ばず撃滅される未来が見ゆる。故に外務大臣クーデンホーフ閣下に求むる』」


 芝居がかったクラウディアの声、どこかで聞いたことあるような少年の声で、彼女は手紙を読み上げる。妙に大仰な文章になっているのは、クラウディアのアドリブであることは容易に予測できた。


「『神聖ティレニア教皇国に、海軍の支援を要請する』」


 限定的な反キリス同盟。

 クーデンホーフ侯爵とクラウディアの脳内を駆け巡ったのはその単語である。


 どういう用兵学上の意味あって海軍が東部戦域の状況を覆すのか、それは両人にとってはわからなかった。だが皇帝陛下からより一層の努力を求められ、現場からは外交的努力を求められる。


 侯爵は外務大臣としては動かざるを得ない。皇帝陛下の訓示を体よく利用されたのではと、侯爵は思いを馳せた。


 しかしまだ、クラウディアの演劇は終わってはいない。さらに大きな衝撃が彼を待ち受ける。


「『交渉に際しては、未回収のティレニア問題がある以上難航することは予測できる。となれば交渉を成立させる大きな餌が必要。しかしオストマルクにとってもその係争地は重要な場所である』」


 外務大臣の、そしてティレニア当局の脳内を覗いているような、あるいは未来を予測しているような手紙。


「『故に、私、ユゼフ・ワレサは提案する』」


 かつて、彼は外務大臣に臆せず言った。

 シレジア=オストマルク同盟はデメリットが多く反対であると。だからこそ彼は両者にとって魅力ある提案をした。

 それを今回、もう一度やってしまえということだ。


「『キリスとティレニアは南海権益で対立している。だからこその提案。即ち――南海東部の拠点、エーゲ海の出入り口、キリス領クレタ島の割譲案である』――だってさ。面白い提案だと思わない?」


 クラウディアの笑いに、クーデンホーフ侯爵も釣られて笑う。

 ユゼフ・ワレサという男に手玉に取られているのは果たしてオストマルクか、あるいはティレニアか、それともキリスなのか。


 だがそれは重要な事ではない。

 あの時以上に、侯爵は機嫌が良かった。


「クラウディア」

「なんでしょうか、閣下?」


 侯爵は思う。

 たまには手玉に取られ、手の平で踊るのも悪くはないかもしれない、と。


「教皇猊下に連絡してほしい。至急、お会いしたいとな」


 踊りの相手は神聖ティレニア教皇国元首、教皇ベネディクト・チェーザレ・デ・ボルジアⅡ世となる。

次回

南海(地中海)最強艦隊、教皇海軍(レジア・マリーナ)出撃!かも!

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