制海権
軍事顧問としての俺、マテウス師団司令部としての俺、両方に戦略レベルの決裁権はない。
故に俺の脳内作戦案を通すためにはどうしてもコネに頼るほかない。
「というわけでフィーネさん、海軍の派遣をお願いしたいのです」
「……はぁ」
しかしどういうわけかフィーネさんは乗り気じゃなかった。
俺の作戦案、というより構想はこうだ。
まずオストマルク海軍をエーゲ海に派遣し、キリス海軍を排除して制海権を確保。
エーゲ海の制海権がオストマルク海軍が握れば、キリスはグライコス地方への海上輸送が全て停止する。ミクラガルドを経由して陸路で物資輸送という手もないわけではないが、そうなるとエーゲ海沿岸を大きく反時計回りで迂回する形となる。
馬車は確かに便利だが、しかし船には勝てない。上手く風を掴めば帆船だって結構な速度が出るし、なにより積載量が段違いだ。
中部戦域、西部戦域は確実に影響が出る。物資輸送が滞り柔軟な軍の行動が阻害される。そこでオストマルク軍が中部・西部戦域で攻勢をかけてグライコス地方南部最大都市アクロポリス、中部最大都市サロニカを掌握する好機。
さらにうまくキリス海軍を封じ込めることが出来れば、キリス第二帝国最大都市ミクラガルドを脅かすことも可能だ。
「まぁ、その有用性は理解するところですが……」
しかしフィーネさんは眉に皺を寄せて渋っている。
「この作戦案に、何かダメなところが?」
「ダメ、ですね。用兵というのは私はわかりませんが、それでもいくつか留意しなければならぬ点があります」
そう言って、彼女は人差し指を立てる。
「ひとつ。この作戦案をどうやって上層部に通させる気ですか?」
「……フィーネさんのコネで」
「私が持っているコネは情報省ですから、難しいですね」
なんだと……。いやしかしリンツ伯はオストマルク軍務大臣に何かしら圧力をかけて俺とサラを軍事顧問として招いたはずだ。それと同じようなことをすれば……と思ったのだが、
「作戦の決裁権は統帥本部が持ってますから、軍務大臣のコネもあまり効果ないかと……」
とのことである。
「えーっと、じゃあどうしましょう」
「身近にコネがありますよ?」
え? そうなの? ならはやく教えてフィーネさん! 誰なの!?
「変態閣下です」
「……えっ」
「彼の父親は帝国軍元帥にして統帥本部長です。帝国軍の作戦決裁権を掌握しています」
「…………」
マテウス少将がクビにならない理由はこれか。別に彼が無能の塊というわけではないが、数多くの女性問題を帳消しにして軍に在籍できるのは父親の存在があるからだろう。
統帥本部長とやらがどれほど人事権に口出しできるかはわからないが、人事局の人間にしてみれば簡単にクビには出来ない雰囲気にあるだろう。
どうしよう。まさかこの件についてフィーネさんに丸投げするわけにもいかない。どうにか理由を作ってサラとフィーネさんをマテウス少将に会わせないようにしてるんだから。
「……仕方ないです。私からマテウス閣下に上申書を提出します」
「頑張ってください」
と、澄ました顔で紅茶を飲むフィーネさん。本当に嫌いなんだな……。まぁ彼女みたいなタイプの人間はどうあってもマテウス少将の変態ぶりは生理的に無理だろうな。うん。
「フィーネさん」
「はい?」
「私はフィーネさんのこと手放しませんからね」
サラもフィーネさんも奴に渡すくらいなら独占してしまった方がいいと思う今日この頃。問題はそのことについて2人の了承が得られそうにないことだけども。
「………………………………で、あの、2つ目なのですが」
そして無視された。え、ちょっと悲しい。
これが2人の女性を同時に好きになってしまった人に対する罰なのだろうか。くすん。
「少佐、いいですか?」
「あ、はい」
「コホン。……2つ目の問題点ですが、もっと厄介な事があります。オストマルク海軍はキリス海軍より劣勢であるのです」
「……そうなのですか?」
ちょっと意外だった。
「はい。恐らくユゼフ少佐のような考えを持っていた人間は過去にもいると思いますが、それでも実行できないのは海軍力で劣っているからなのです。実際彼の国はティレニアと南海権益で争っている以上、それなりの海軍力を保持しています」
なるほどね。過去六度の戦争が拮抗してたのもこの海軍力の差もあるのだろう。……しかし、今のフィーネさんの言葉には重要なキーワードがあった。
「というわけで少佐。マテウス少将に上申するのはいいとしても作戦は実行に移せないと考え――」
「いや、まだ手はありますよ」
「は?」
フィーネさんは目をきょとんとさせた。
嘘は言っていない。打開策はあるしその情報はフィーネさんが恐らく無意識に提供してくれた。今この場で、そして過去エスターブルクで。
「愛するフィーネさんに折り入ってお願いがあるんですが」
「その前口上やめてください。嫌いな人物を思い出します」
「ごめんなさい」
彼女に思いきり睨まれた。やっぱり変態を参考にするのはダメらしい。
「コホン。えー、フィーネさん。お願いがあるのですが」
「聞きましょう」
フィーネさんは、今度はちゃんとこちらの意見を聞く態勢に戻った。次席補佐官時代に何度か見た、リンツ家の娘としての彼女の顔だ。きっと理解してるんだろう。俺がリンツ家の娘フィーネさんにお願いをしようとしているのを。
「えーっとですね、クーデンホーフ閣下に連絡してほしいのです」
「はぁ、いいですが。お祖父さまは今……」
「わかってます。だからこそ、ですよ」
彼女の祖父は今オストマルクにはいない。幸運なことに、それこそが肝心な事なのだ。
【祝】『大陸英雄戦記』ついに100万字達成です。皆様の応援のおかげです、本当にありがとうございます。
でもまだまだこの話は終わりそうにありません。脳内プロット的にはまだ半分なので。
今後とも、よろしくお願いします。




