戦争の始まり
戦争に勝つ方法なんて簡単だ。
敵よりも多くの戦力を投入する事。これに尽きる。
無論、闇雲に戦力を投入するだけでは被害は大きくなるし品も芸もない。実際やる立場になったら、多くの戦力をどう効率よく戦地に送り込むかとか、どういうタイミングで投入したら被害が少なくなるかになる。
オストマルク帝国とキリス第二帝国の場合、実力的には互角と言って良い。
常備している軍の保有量で言えばキリスが優位に立つ。しかしキリスは軍制改革がオストマルクのそれより遅れていることもあって、数以上の働きを見せられない。
だがオストマルクもリヴォニア貴族連合や神聖ティレニア教皇国、そしてなにより東大陸帝国と国境を接している関係上それらの方面に対する牽制も必要だ。
故に過去六度のオストマルク=キリス戦争も互角の戦いが繰り広げられている。
その状況をひっくり返して、キリスをオストマルク陣営に無理矢理にでも引き込ませるのが今回の戦争の戦略目標だ。故に大勝しなければならない。
仮司令部内に俺らシレジア軍事顧問団にあてがわれた執務室で、俺は1人延々と悩んでいた。
「数的有利にある敵に対して戦線を広げることは、むしろ敵を利するのみか。となると東部戦域を決戦場として、他の方面はキリスの戦力を釘づけ、足止めさせるためと考える方がいいかな……」
でもやはりそこで問題となるのは、敵がハルマンリに布陣して重厚な防御陣を敷いていることだ。
要塞じみた陣地に対して強襲を繰り返すは愚の極み。それこそ、城郭都市ラスキノに対して何度も何度も攻撃を繰り返しては撃退されるという東大陸帝国軍の醜態を再現することになる。戦力に余裕がない以上は無理攻めはできない。
要塞に対する戦術というのは3種類ある。
1、今言った強襲作戦。
2、敵の補給線を断って敵が飢えるのを待つ。
3、敵を裏切らせる乃至工作員を送り込んで内部から攻略する。
1はさっき言った通り、デメリットが多いので却下。
2は順当な策だ。しかし今回の場合敵はしっかりと後方連絡線を確保しており、また立地の関係上それを妨害することは難しい。
3はもっと難しいかもしれない。どうやって敵にばれずに工作員を送り込むのかとか、裏切らせるのかというのがある。
「3がいいんじゃない? ユゼフっぽいし」
「いや俺っぽいってなん――って、えっ?」
いつの間にかサラの顔が俺の真横にあった。
「ほら、ユゼフって結構変なこと考えるじゃない。カールスバートでも……」
「あぁ、や、そこじゃなくてですね……」
「?」
サラは不思議そうな顔をしているが、その顔をしたいのはむしろ俺の方だ。なんでそんなに近くにいるんだよ。
……でもサラなら俺にばれずにいつの間にか背後を取るくらいならやりそうだ。ふっ、俺の警戒線を突破するとはなかなかやるな!
「で、なにやってるの?」
「戦争に勝つ方法を考えてる」
考えたところで外国軍のたかだか少佐の意見が通るのかという根本的な問題がある。もしこの部隊がエミリア殿下の部隊なら何も問題はないのだけど、今この場にはいない。
フィーネさんに頼るしかないが、彼女が持っているコネは情報省関連。
となると直属の上長であるマテウス准将……もとい、変態少将に上申するしかない。侯爵家の子息で武家の名門という彼なら、戦略レベルに口を出せる知り合いやら親戚がごまんといるはずだ。
……変態でなければ気軽に上申できるんだけどなぁ。
「サラはなにかある?」
「なにかって?」
「戦争に勝つ方法」
ひとりで考えると視点が偏るからね、第三者の率直な意見が欲しい。
「んー……なんかこれ見るとタルタク砦の状況とにてるわよね」
「タルタク砦?」
「うん。春戦争の時の帝国軍の状況、って言った方がいいかしら?」
えーっと、待ってね。戦闘詳報で読んだはずだ。その場にいなかったから思い出すのが大変だけど、確か……。
「サラがラスキノ自由国領を通って敵の補給基地襲撃した時?」
「そう、それよ。それと同じことすればいいの」
「……いやまぁ選択肢のひとつには入れてたけど」
それは2の補給線を断つ欄案だ。
しかし春戦争の時とは地形が違う。ラスキノにしても後方補給基地のあったヴァラヴィリエにしても、あそこらへんは騎兵が最大の力を発揮する平原だった。
でも今回は騎兵が運用しにくい山岳地帯である。無理とは言わないがハルマンリの後方連絡線強襲は難しい。
縦しんば後方連絡線を強襲できたとしても、それがハルマンリ攻略まで効果を得られなければ意味がないし、それに部隊の帰還時のリスクを考えると、ね。
「……難しいのね」
「まぁね」
しかし補給線の寸断はやはり効果が見込めるか。ヴァラヴィリエの例もあるし、もっと視野を広げてみるのも手だ。
俺とサラは地図を見やってうんうんと唸る。傍から見れば奇怪この上ない光景だったろう。
「あっ」
何かに気付いたような声、今は俺じゃない。
言うまでもなく、サラである。地図を眺めていたサラが突然声をあげたのである。
「ん、でも……やっぱりなんでもないわ」
なのだが、なぜかサラが遠慮して続きを言わない。
「どうした?」
「あぁ、いや……案を思いついたけど、現実的じゃないかなって」
「そんなこと気にしないで良いよ。俺はサラの率直な意見が聞きたい」
「……笑わない?」
「神に誓おう」
まぁこの部隊では女神はサラってことになってるけど。
そうとは知らず俺の言葉を信用したのか、サラは数秒逡巡した後にその意見を述べてくれた。
「あのね……カステレットを思い出したのよ」
「カステレット? 条約会議の時の?」
「そう」
カステレット砦。
シャウエンブルク公国首都エーレスンドにある砦で、最大の特徴は星形要塞である点だ。でもなんで急にカステレット?
「ほら、あの時ユゼフがカステレットのこと教えてくれたじゃない。えーっと、カステレットは弱点である港を守るために……って」
「あぁ……確かに言ったね」
カステレット砦は、要塞都市にして港湾都市にして防衛戦力が不十分なエーレスンドという事情を憂いた時の政府が建てた要塞だ。弱点となる港湾地区の防衛がその役割。
「だからね、海から攻撃するのありかなって思ったのよ」
海から。
サラがそう言った瞬間、頭の中で種が割れた気がした。こう、ピキピキンと来た。今なら1機で敵艦隊を殲滅できるかもしれない。
「でもほら、ここの海って結構狭いし、陸からもたぶん見えるから……無理かなって」
黙る俺が否定的な意見を持っているのではないかと見えたのか、サラの言葉はだんだん小さくなっていった。だけどそんなことはどうでもいい。
俺の頭の中に浮かんだのはごく短い言葉。漢字にすればたった3文字の単語。
「……サラが女神だっていうのは、俺も同意見かな」
「は?」
マテウス少将と意見がかぶってしまったが、サラは間違いなく勝利の女神である。
「フィーネさんと、少将閣下に可能かどうか聞いてくるよ」
「え? ちょっと?」
サラはなんのことだと疑問符を思い切り頭上に浮かべている。ちょっと面白い。
「ありがとうサラ! 愛してるよ!」
「はい!?」
わかりやすく、耳まで真っ赤になるサラ。なんだよ、自分はよくわかんないタイミングで告白するのが得意なくせに俺がやると途端にあたふたするのかいな。
サラに短く別れを告げて、フィーネさんの下へ行く。成功するにしても失敗するにしても、この案はやる価値がある。閉めたドアの向こうから「言い逃げはずるいわよ!」とかなんとか聞こえるが別にいい。
頭の中に浮かんだ言葉。
制海権、である。
果たして作者は「海戦」を書けるのか。こうご期待。




