敗残兵の指揮官
「で、少佐はこの事態どう責任を取るおつもりで?」
「ははは……」
「少佐のせいで紛争が始まり戦線が拡大し我が帝国軍は敵の包囲下にあり今まさに降伏しようとしているこの状況、どうするつもりです?」
「……」
どうしましょう。
いや言い訳させてほしい。今回の場合は帝国軍の弱さに原因があって決して俺が悪いと言うわけでは
「ユゼフ、言い訳なんて見苦しいわよ」
「ごめんなさい」
為政者というか戦いを仕組んだ者の想像を超えて戦線が拡大し大規模な戦争となる。どこの世界大戦だと言いたくなるが、どうやら中部・西部戦域は全く動いてないのでまだギリギリ、そうギリギリ地域紛争。
とりあえず、ゼーマン曹長に促されて俺らは街道を少し外れ、現在敗走したオストマルク帝国軍が拠点としているカロヤノという町に移動する。
「ゼーマンさん、カロヤノに駐屯する部隊の戦力はどれくらいですか?」
「細かい数は不明ですが、概算で7000名。そのほとんどは後詰としてプロブディフにて待機していた師団の生き残りです」
「ほとんどってことは……」
「はい、辛うじて包囲を逃れたクライン大将麾下の軍団に所属していた兵員が落ち延びています。ですが合わせて15名ですので戦局には寄与しないかと」
15名か。確かにその数では無理だ。しかも敗残兵ということもあって士気も体力も底をつきかけてるだろうな。
「肝心の指揮官は? 後詰の師団長ですか?」
「……いえ」
ゼーマン曹長は否定しただけで、続きを言わなかった。重々しい雰囲気を漂わせており、言うに言えないという感じだ。つまりは、そういうことなのだろう。
「現在、この師団を指揮しているのはハインツ・アルネ・フォン・マテウス准将であります」
「あぁ……あの方ですか」
ゼーマン曹長の報告に真っ先に反応したのは、フィーネさんだった。フォンという貴族称号にフィーネさんのこの反応、悪い予感しかしない。
「あの、フィーネさん。どなたかご存知なので?」
「はい。帝国軍では知らぬものは居ない武門の名家マテウス侯爵家の人間ですから」
「……それでこのハインツさんとやらはどうなんです?」
「マテウス侯爵曰く『あまり出来た息子ではない』とのことですが」
うわぁ……。
扱い辛い人間の下に来てしまった。神様がいるとしたらこんな酷い運命のめぐり合わせをよくもしてくれたなと一発殴りたくなってくる。
つまり今の言葉を翻訳するとこうだ。
ハインツ・アルネ・フォン・マテウス准将なる人物は軍人としては優秀でなく矜持だけは立派な将官で、しかも敗残兵の指揮を押し付けられ、階位としては相当下の騎士階級のクライン大将を救わなければならない。
……。
「よし、帰りましょう」
「ダメに決まってるでしょ」
サラからの鋭いツッコミが俺の行く手を阻んだ。でも止めないで、ここで俺が立ち止まるわけにはいかないんだ。ここで前に進まなければ、いったいいつ進むと言うのだ!
「帰るのはこの戦争が終わってからにしてくださいね少佐」
「いや、かなり絶望的なんですが……」
「3割程は少佐の責任です」
ひどい。ヴェルスバッハ氏の方が遥かに責任を被るべき。情報省の執務机を離れて今すぐ戦場に来いと叫びたくなる。
「ユゼフはフィーネの故郷を見捨てるってこと?」
「そう言いかえられるとちょっと困る」
いやそんなこと出来るはずはない。フィーネさんの生まれ故郷がオストマルクの何処かなんてわからないけれど。
……いや仕方ない。確かに3割くらいは自分の撒いた種、ちゃんと収穫しないと。それにここで堂々めぐりしてても埒が開かない。
「はぁ……。ゼーマン曹長、そのナントカっていう准将閣下に挨拶しに行きます。当分は彼の指揮下に入ることになるので」
「わかりました、すぐ手配します」
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フィーネさん曰く、ハインツ・アルネ・フォン・マテウス准将の年齢は29歳。武家の名門にして侯爵家子息である彼がその歳で准将というのは、少し遅い方なのだと言う。
「平民からしてみれば早いですが、マテウス家にしては遅いです。マテウス家現当主は彼と同じ年齢の頃、既に中将の地位にありましたからね」
「……色々面倒なことになりそうですね」
矜持が変な方向に曲がってそう。こういう人間は一番扱いにくい。
「安心してください少佐。もっと面倒な要素がありますよ」
「はい?」
「会えばわかります。私は彼に会いたくないので部屋の外で待機していますので」
えっちょっと待ってフィーネさんが会いたくないと断言する人間ってどういうこと!?
俺の疑問を余所に、簡易的な天幕によって作られた仮称マテウス師団の司令官執務室(?)に到着する。とりあえず中から怒号が聞こえるとか悲鳴が聞こえるとかはない。
ゼーマン曹長が先に中に入り、マテウス准将に面会の許可を貰う。なのだが、天幕の中からはちょっと声が漏れ聞こえる。
『それは本当か! すぐにお通しするんだ早くしろ!』
いくら天幕に遮音性がないとはいえ、ここまでハッキリ聞こえるとなるとその人間性を疑う。外に人がいることがわかってるんだからもうちょっと抑えろよ。
数秒して、ゼーマン曹長が出てくる。とりあえず面会の許可が取れたのは漏れ聞こえたのはいいのだが、なぜか彼は苦笑い。
「……マリノフスカ少佐、どうか気を付けてください」
「え? 私?」
「はい」
嫌な予感というかフラグがビンビン立っている。ゼーマン曹長のこの忠告と、先程のマテウス准将の声、フィーネさんの反応、そしてマテウス准将の父親の「できた息子ではない」という言葉。
「……サラは俺の後ろに立ってて」
「あんたからそんな言葉が出てくる日が来るなんて夢にも思わなかったわ」
それは俺も思ったが状況が状況である。後なるべく声を出さないようにしてね。
サラを背後に立たせて、俺が先陣を切る。
「入ります!」
「……………………うむ」
偉く反応が遅かったのは気のせいだ、その筈だ。
天幕をくぐり執務室の中に入る。天幕と言うこともあって中は簡素な作りで狭いが、その中の中心には不釣り合いなほどに豪華な執務机があり、そして、
「やぁ異国からの綺麗な御嬢さん、お待たせしたね。私は栄えある帝国の名門マテウス家の三男、ハインツ・アルネ・フォン・マテウス准将だ。どうかハインツと呼んでほしい。ついでにその男もようこそ」
前半は明らかに爽やかイケメンボイスを捏造した声で言い、そして最後の一文だけは超低音の地声。
「さぁ御嬢さん、私と旅に出よう。やはりここは定番のティレニアが良いかな!」
「「………………」」
「おっと、そこの男邪魔だ。なぜそこにいる帰れ。私は綺麗な赤髪の女性とランデブーをするのだ」
いやお前が帰れ。土とかに。
『大陸英雄戦記3』進捗報告。
編集さん経由でニリツ大先生のフィーネさんのラフ(?)が届いたときの作者「フィーネさんはいいぞ」




