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大陸英雄戦記  作者: 悪一
砂漠の嵐
313/496

東部戦域

 オストマルク帝国とキリス第二帝国の国境は、エーゲ海西海岸グライコス地方、即ち前世世界におけるギリシャと呼ばれた地域にある山岳地帯に800キロに亘って引かれている。

 しかもこの山岳地帯は生半可なものではない。最高峰スモリカスの標高は2600メートルを超え、周囲の山々も軒並み2000メートルを超える。とてもではないが軍隊が移動できる場所ではない。


 そのため、オストマルクとキリスが戦争をする場合大抵は3つの戦線に集約される。


 1つは西部戦域。アドリア海・イオニア海沿岸諸地域を巡る争い。海岸沿いであるがゆえに、海軍力の大きさも重要。


 2つ目は中部戦域。山脈の合間にある狭隘な地域で戦う。同地域最大のサロニカと呼ばれる都市が近くにあるため、戦術的にも戦略的にも重要な意味をもつ戦域だ。


 最後に東部戦域。今次戦争において最も最初に火花が散らされたハドリアノポリス周辺を巡る戦域。西部・中部戦域に比べ土地が平坦であるため、大兵力を展開しやすい。事実、現在最も兵力が投入されている地域だ。


 俺とサラとフィーネさんは、オストマルク軍務省から提供された地図や戦況図を見やりながら駅伝馬車で前線へと向かう。俺らが所属することになるクライン大将麾下の軍団は東部戦域に配置されており、エスターブルクから馬車で6日の距離にいる……はずだったのだが。


 エスターブルクを発ってから4日経った、8月18日の昼。


「案外複雑な地形なんですね、ここらへん」

「はい。おかげで過去何度もこの地形を利用したりされたりで戦線が膠着し、現在の国境が確定されました。今回の戦争ではキリスを一気に海へ追い落としたいですが……」

「領土割譲ができるかは戦果と外交しだいですかね。でも全面戦争しないでそこまで行くにはちょっと荷が重いかな……。ねぇサラ」

「なに?」

「もしサラなら、ここにいるキリス軍をどうする?」

「どれよ?」

「ここ。平原にいる敵1個旅団」

「そうね。南側は緩い山脈になってるから……」


 フィーネさんとは外交を含めた戦略を話し合い、サラとは細かい作戦や戦術を話し合う。

 情報武官であるフィーネさんは用兵学には疎い。でも軍略を覚えておけば今後の政治外交でもきっと役立つだろう。

 それと同様に、前線指揮官たるサラさんも今回は後方に立って全体を見渡す能力を磨けばもっと能力を活かせるだろう。カールスバートみたいに自分の嗅覚だけを頼りに戦っていたらこっちの心臓が持たない。


 これが3人で仲良く話し合いができればもっと楽なのだが、間に物理的に挟まれているこっちの身にもなってほしい。


 俺が溜め息を吐こうとしたその時、馬車が大きく揺れた。3人仲良く前につんのめる。馬車が急停止したのだ。

 その直後、御者が何か言っている。それ以外にも複数人の声が聞こえた。双方の口調は口論に近いが、嫌悪と言う雰囲気は感じられない。


「なにかあったんでしょうか」

「どうでしょうか……まだ前線は遠いはずですが」


 馬車は一向に進む気配はない。

 仕方ない。ちょっと降りて事情を聴いてみるか。


 というわけで、俺とサラさんが下車。フィーネさんは馬車で待機。サラと一緒に降りたのは、万が一喧嘩になっても大丈夫なように。

 でもその措置は必要なかったことを、俺は馬車から降りた瞬間気付いた。


「だから言ってるでしょう! 何を積んでいるか知りませんけど、ここはもう危険なんです!」

「いやしかし私たちも統帥本部からの命令で……」

「統帥本部だろうが軍務省だろうがダメなものはダメ!」


 無精髭を生やしたオッサンと御者が押し問答を続けている。御者は困った様子だが、オッサンはもっと困った様子だ。そんな困り顔に、俺は見覚えがあった。


「……ゼーマン軍曹?」

「だーかーらー、俺は先月曹長に昇進し……って、あれ? わ、ワレサ准尉殿?」

「あぁ、やっぱりそうだ! お久しぶりですね!」


 ヘルゲ・ゼーマン軍曹改めヘルゲ・ゼーマン曹長。

 ラスキノ出身のオストマルク帝国軍人。ラスキノ独立戦争の時、当時軍曹だった彼と一緒にラスキノで戦った。一緒にラスキノ市街を観光したり、リンツ伯と会談の場を設けたりしたものだ。


「あぁ、こんなところでお会いできるとは……! あ、ということはそこにいるのはマリノフスカ准尉殿ですな!」


 ゼーマン曹長は感激したのか、俺とサラに握手を求め、大きく手を上下に振る。なんだか大好きなアイドルと出会った熱烈なファンみたいだ。


「えぇ、そうです。それとゼーマン曹長」

「なんです?」

「私たちはもう『准尉』ではありませんよ」

「あ、これは失礼を! お恥ずかしながらシレジア王国軍の階級章は覚えていないもので……今は少尉でありますか?」

「いえ。『少佐』です」

「………………こ、こここここは失礼いたしました!」


 俺が階級を告げると、ゼーマン曹長は敬礼するのではなくその場で土下座し謝罪した。なにもそこまでしなくても、と思いつつもこの反応をする理由がわからなくもないとも思った。

 なにせ2年前まで准尉だった子供が再会したら少佐なのだ。4階級昇進って何回戦死したんだよ、って話である。曹長と少佐は5階級も違うから、階級を間違えるなんて下手をすれば左遷ものである。


「大丈夫ですよゼーマン曹長。そんなに畏まらないでください」


 彼は現在34歳、対する俺は17歳。ダブルスコアなのだ。そんな人間に敬語を使われさらに土下座されるとなると、結構背中がむずむずする。何度やられてもこればっかりは慣れない。

 しかしゼーマン曹長はそこまで割り切れないらしく、


「い、いえ。そんなことはできません。ワレサ少佐殿に対する非礼を詫びる意味でも、小官は敬語を使い続けます!」


 非礼を詫びる意味でもタメ口で話してもらいたいのだが、いつまでも土下座を続けるゼーマン曹長に対してこれ以上の説得は不可能と考えた。


「まぁ、ゼーマン曹長がいいのならそれで……」


 無理強いもできまい。


「ところで少佐殿。なぜシレジア王国軍たるあなたがここに?」

「オストマルク軍である曹長もラスキノにいたじゃないですか」

「つまりオストマルクに反旗を翻すと言うことですか!?」


 いやラスキノの時と事情が全くと同じとは言ってないので。


「違いますよ。観戦武官兼軍事顧問です」

「なるほど……。えーっと、そちらの……」


 そちらの、と言ってゼーマン曹長は続きを言わない。サラの方向を見たっきり何も言わない。惚れたのかな? と思ったら違った。


「……私も少佐よ」


 単に階級がわからなかっただけのようだ。


「失礼。マリノフスカ少佐殿もワレサ少佐殿と同じということでしょうか?」

「えぇ。まぁ、私はついでだけど」


 あと馬車の中にもまだ人がいるわよ、とサラは続けた。


「承知しました。ということは、既にどの部隊へ赴くかも?」

「はい。クライン大将麾下の軍団司令部に軍事顧問として派遣される途中でした」

「クライン大将閣下の……!」

「御存知なので?」

「御存知も何も、小官はクライン軍団所属です!」


 またか。なんという運命のめぐり合わせ。いやもしかしたらリンツ伯がそこまで根回ししたのかもしれない。


「なるほど。ではクライン大将閣下のところまで案内してほしいのですが」


 顔見知りがいると言うのなら話は早い。さっさとクライン大将閣下の下へ行こう。

 しかし対するゼーマン曹長の顔は優れない。何か言いにくそうに、口をごもごもとさせているだけだ。


 ……思えば、ここにクライン大将指揮下のゼーマン曹長がいるのはおかしいか。本来ならばクライン軍団はここから馬車で2日の距離にいるはずなのに。


「曹長、いったい何があったんです?」


 ここは前線からまだ遠いはずの場所。馬車を乗り継ぐたびに戦況を再確認していたから、俺らが持っている情報が古いってことはないはず。でも、ゼーマン曹長からの言葉は違っていた。


「実は……キリス帝国軍が、大規模な迂回奇襲攻撃を仕掛けてきたのです」


 やはり戦況と言うものは、刻一刻と変化するものらしい。

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