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大陸英雄戦記  作者: 悪一
砂漠の嵐
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帝国開戦

 大陸暦638年8月8日。

 それが、オストマルク帝国とキリス第二帝国との間に何度目かの紛争が始まった日付……とされている。というのもこの紛争、何かしら明確な形で始まったというわけではない。


 事の発端は、7月25日のエレナ・ロマノワ皇女亡命事件である。

 エレナ皇女は、キリス第二帝国内部にてかなり声高にオストマルク帝国と東大陸帝国宰相セルゲイ・ロマノフの危機を叫んだ。


「オストマルク帝国は着々とセルゲイと繋がりを得ており、キリス第二帝国の寿命は日を追うごとに短くなっている。あの国が狙っているのはシレジア分割などではなく、もっと経済的に旨味のあるキリス第二帝国であるのだから!」


 と。

 元々キリス第二帝国が、オストマルクと東大陸帝国の関係を疑っていたのだから、この皇女の言葉がキリス上層部の人間に受け入れられるのに時間を要さなかった。


 キリス第二帝国皇帝バシレイオスⅣ世もその例外とはなり得ない。彼はエレナ皇女の言葉を信じた、というより、信じたかった。本当であることを願った節がある。


 オストマルクから東大陸帝国の皇族が亡命してきたという不審な点について指摘する者もいたが、それが多数派となることは終ぞなかった。日々高まるオストマルク脅威論に対抗できる、何らかの証拠があるわけでもなかったからである。


 8月4日。

 バシレイオスⅣ世は帝国全土にある布告を発した。


「来たる脅威に対処するため、帝国全土に戒厳令を布告する。軍は速やか且つ適確に臨戦体制を敷き、この脅威に備えるべし。全国民も、これに協力し、かつ帝国の義務を果たすことを切に願うものである」


 即ち、戦時体制の移行である。

 オストマルクという巨大な帝国に対して、当面はキリス第二帝国1ヶ国だけで立ち向かわなければならない。そして東大陸帝国や、神聖ティレニア教皇国の介入を防ぐためにも、限定的且つ短期的に決着をつけることが望ましいとされた。


 こうして着々と戦争への準備が進んだのであったのだが、キリス上層部にとって予想だにしなかったことが現場で起きてしまった。


 8月8日。

 オストマルクとの国境に位置する、キリス領ハドリアノポリスに駐留する警備隊と、中央から派遣されたキリス第二帝国軍、総数5000名が国境を厳重に警備していた。

 しかし実質はどうあれ、形式的にはまだ戦争していない両国は交易を続けている。ハドリアノポリスもその例外ではなく、オストマルクからの商人を受け入れていたのである。


 それが、誰かにとっての悲劇の始まりだった。


 同日朝8時30分。オストマルク帝国の商人の一団が、ハドリアノポリスを訪れた。平時なら珍しい話ではなかったが、準戦時となった現状においてはそうではなく商人は詰問を受けた。


「……どこの国から来た?」


 ハドリアノポリス駐在の警備隊に所属するとある下士官が、商人に対して横柄な態度に出る。いつものハドリアノポリスでは入国証を持っている商人に対する詰問は少なく、またあったとしてもへりくだった態度に出ることが多い。

 元々仲の良い両国ではなかったため、商人はこの下士官の行動に対して多少の苛立ちを覚えたのは仕方のない事である。


「オストマルクだ。見りゃわかるだろ」

「なるほど、オストマルクか」


 喧嘩腰の商人に対し、下士官は横柄な態度をやめない。それどころか、


間諜(スパイ)が荷物に紛れ込んでいる可能性がある。徹底的に調べろ!」


 と部下に命令した。

 準戦時体制下においては仕方ないことかもしれないが、つい先日まで客人として扱われていた国で唐突にこんなことを言われてしまった方としては、苛立ちを超えて怒りが込み上げてくるものである。


「おい! なにをしているんだこの野郎! 汚い手で商品に触るんじゃねぇ!」

「こちらは正当な権利を行使しているだけだ! それとも何か隠したいのか!」

「そうじゃねぇ! お前らの態度が気に食わないだけだ!」


 こうして一商人に対して始まった軍の詰問が、喧嘩に発展し、そして他の商人の一団を巻き込んでの暴動に近い形になるのに1時間を要さなかった。


「オストマルクの間諜スパイめ!」

「キリスの豚野郎が!」


 罵詈雑言と拳と初級魔術が飛び交う中、ついに中央から派遣されたキリス帝国軍の将官が決断する。


「鎮圧せよ! 抵抗する者は殺して構わん!」


 暴動が戦争に変わった瞬間である。


 キリス第二帝国の公式声明によれば「商人に偽装したオストマルクの工作員が警備隊に対して暴力を振るったため、やむなく武器を使用しこれを鎮圧した」とされる。


 キリス第二帝国側としては、これで開戦の名目は出来た。

 即ちオストマルク帝国との戦争は、あくまでオストマルク帝国の侵略行為に対する正当防衛である、と放言出来たのである。


 しかしこの暴動に参加した商人はいずれもただの商人であった。少し気が短いという以外は特に何も変わらない、初級魔術を使える程度のオストマルク国民だった。


 武器を持たない無防備なオストマルク帝国臣民に対して、キリス第二帝国軍は武器を持って鎮圧しようとした。あまつさえそれをオストマルク帝国の責任なのだと言い放ち、防衛行動と称して国境を越えた。


 この事を知ったオストマルク帝国臣民と皇帝が怒りに沸いたのはむしろ当然のことである。


 キリスとの国境に位置し、ハドリアノポリスから30キロの地点にあるオストマルク帝国領スビレングラートに駐留するオストマルク帝国軍3000名は、進軍するキリス帝国軍に対して直ちに邀撃行動を開始。



 オストマルク帝国軍とキリス第二帝国軍は、スビレングラードとハドリアノポリスの中間地点カピタン平原で遂に衝突、戦端が開かれた。

 両軍兵士が雄叫びを上げ、詠唱し、槍を突き出し、剣を交わす。


 そしてそれは、第七次オストマルク=キリス戦争開幕の鐘の音でもあった。

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