夕陽の中で
事が事なのでマヤさんに伝えないわけにもいかない。サラには悪いが、夕飯はもう少し後だ。
「……ということらしいので、マヤさんはクラクフに残留です。具体的にいつになるのかはわからないのですけども」
「…………そうか」
意外や意外、マヤさんの反応は淡白だった。もっとこう、「殿下あああああああ! なぜ私を置いていくのですかああああああああああ!!」と泣き叫ぶのを期待エフッエフッ想像してたのだが。
「なんかあったんですか、マヤさん」
「そうだな。君が2人の女性を侍らせているのが気に食わないと言ったところかな」
「もうその話はよしてください」
そもそもそう言う風に仕向けたのはマヤさんな気がする。最終的な意思は俺だけどさ。
「って、今はそれ関係ないですよね?」
「ばれたか。さすが特別参与殿だな」
「隠すのが下手過ぎるんですよ。何があったんですか」
事が重大であれば、最悪の場合俺のオストマルク行きは中止になる。マヤさんには吐いて貰わないと。
「……いや、やめておこう。これはまだ機密だからね。言えないんだ」
「機密?」
「あぁ、そうだよ。もっとも、君が得意な分野の方の機密じゃない。だからというわけではないが、そんなに警戒しなくても良い」
ならいいのだが。
「まぁ、ともかくマヤさんはクラクフ残留です。私はフィーネさんから……と言うより、オストマルク帝国より要請あり次第現地に赴く予定です。表向きはシレジアとオストマルクの武官交流になりそうですね」
「そこにいるサラ殿はどうするんだい?」
「えっ?」
そこにいる、ということは近くにいるということ。俺が振り向くと、確かにそこにはサラがいた。ついてくるなとは言わなかったから別にいいのだが、ついてくるならついてくるで何かひとことあっても良いじゃない。
「私はユゼフと一緒に行くわよ」
「え、あ、いやあのサラは第3騎兵連隊としてエミリア殿下の護衛をするんじゃ……」
「連隊長に任せるわ。1個連隊の近衛兵と、それに親衛隊もいるし」
「それもそうだけどさ……」
まぁ、1個連隊の近衛兵と親衛隊を押し退けてエミリア殿下を排除できる勢力が現れたら、確かにサラ1人がついてきたって一緒か。それに第3騎兵連隊の連隊長であるミーゼル大佐は優秀と聞く。なら大丈夫……かな?
いや、でも万が一ということもあるか。サラやマヤさんをエミリア殿下の傍に置かないとしても、対策を打たないわけにはいかない。あとでそれ用の作戦を練ってマヤさんに渡しておくかな。
「話はそれだけかな?」
「あ、はい。そうです。すみませんマヤさん、面倒事押し付けて」
「いいさ。どうせ君たちの方が面倒なことをするのだろう?」
確かに、戦争は面倒だ。できればしたくない。
「じゃ、私は残ってる仕事の片付けに戻るよ。君はそこのイライラを隠せないでいるサラ殿の相手をしっかりしたまえ」
「…………」
もう一度サラの方を見ると、マヤさんの言う通りわかりやすくイラついているサラの顔があった。
「ユゼフ」
「はい」
「お腹減ったわ」
「わかりました」
これじゃどっちが料理を提供する側なのかわからないな。
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初級学校にいるユリアを迎えに行き、そして俺とサラとユリアの3人で夕食の材料を求めて市場を歩く。八百屋に行けば、収穫したばかりの野菜を手に取って吟味する。肉屋に行けば、燻製にされた豚肉をどれほど買うかを思案する。
時にユリアに物をあげたり、サラが俺に意見を求めたり。なんていうかアレだな。完全に……いや、やめておこう。これ以上は恥ずかしい。
「ね、ねぇユゼフ」
「ん? どうした?」
「な、なんだか……親子みたいよね、これ」
やめて言わないで! せっかく自らを制して考えないようにしてたのに! 恥ずかしいじゃん!
「いや、まぁ、俺もそう思うけども……」
「うん……」
自分で言っといて顔を真っ赤にして黙るのはやめていただきたい。会話が続かなくて気まずくなる。
「で、でも、まだ本当の親になるのは早いわよね?」
「そ、そうだな」
サラは俺を殺そうとしているに違いない。なぜこんなに恥ずかしい思いをしているのだろうか。街中で。
「そんなことより、ユリアがどっか行っちゃったぞ」
「あっ……と、雑貨屋のとこにいるわね」
サラは持ち前の視野の広さで奔放な養子を見つける。迷子になるならまだしも誘拐されては困るので、さっさと団体行動をしないといけない。
「ユリアとは手を繋いだほうがいいんじゃないか?」
「……うん。でもその前に」
そう前置きして、そして相変わらず顔を赤く染めているサラが手を差し出してきた。
「ちょっとでいいから、私と手繋いでくれる?」
「……お、おう」
女子と手を繋いで歩く。
男なら誰もが夢見るシチュエーションであるが、そんな悠長なことが言えないくらいには緊張してたと思う。サラも同様のようで、2人してガチガチに固まってた気がする。
結局俺とサラはその場から動けず、雑貨屋の陳列商品に興味を失ったらしいユリアの方からこちらに近づいてくるまでそれが続いた。
そしてユリアは戻ってきて早々、こう呟く。
「顔まっか」
当たり前だ。こんなことをしてて平気な顔をできる奴がいたら紹介してほしい。
「たぶん、夕陽のせいだと思うよ」
そんなつまらない、ベタベタな言い訳を言ってしまうくらいには、だいぶ混乱していたと思う。
その後、サラの官舎でサラとユリアと共に夕飯を取った。無論、サラの手料理なのだが……意外と言えば失礼だが出された料理は不味くはなかった。まだまだ改善の余地はあるが、卵に殻は入ってなかったしサラも怪我せず料理できていたので、まぁ満足すべきだろう。
……ユリアの長きにわたる劣悪食生活に遂に終止符が打たれたと思うと、なぜか目頭が熱くなった。
「なに泣いてんのよ」
「サラの料理が美味しくて、つい」
「……そ、そうなの」
ユリアの成長が楽しみである。
主人公が幸せすぎてつらい




